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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた


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6/9

台風のよる、魔女高らかに。(後編)

「わっ!? まぶしい!」


 夜空にピカリと白い閃光が走り、モチコは思わず目をつぶった。

 光の矢が貫いていった海面のあたりで、何かが激しく光ったようだ。

 その光に続いて、ズーンという地響きのような音が聞こえた。


「よし、全速力で離脱する!」


 ミライアはそう言うと、ホウキを大きく旋回させて180度の方向転換をする。

 パチパチと何かが弾ける音が聞こえて、モチコが目を開くと、そこらじゅうにキラキラと光る塵のようなものが見えた。

 そのあと、肌にひやりとした冷気を感じて、これらが何なのかを理解する。


「凍結魔法のスクロール……!」


 ミライアが撃ったのは、周囲一帯を海ごと凍らせてしまうほど強力な、凍結魔法のスクロール。

 これで台風を弱体化させるのだろう。


 こんなに強力な魔法のスクロール、1枚で一体いくらするんだ……?

 モチコは頭の中で計算してみたが、モチコが1年間働いた分のお金を集めても、足りるか分からない。

 間違えてムダ撃ちなんかした日には、土下座したうえに、モチコ自身を丸ごと質にいれても足りないんじゃないだろうか。

 冷たくなった周りの空気よりも、その途方もない値段のほうに、身体がぶるりと震えた。



「台風へのフライトは、行きよりも帰りの方が大変なんだ」


 ミライアは続けて言う。


「台風自体は弱体化するけど、さっき撃った魔法の影響で、大気が急激に不安定になる」

「急な温度変化によって、乱気流が発生する訳ですね」

「ご名答。君みたいな賢い子、好きだよ」

「ほえっ!?」


 好き、なんて突然言われて、モチコの心はドキリと跳ねた。

 が、すぐに思い直す。

 お持ち帰り疑惑があるこの変な魔女に、これ以上油断してはいけない。

 

「では行こうか。ここからは乱気流を振り切って、全速力で翔け抜ける!」


 ミライアはそう言うと、一度大きく息を吸った。

 黄金色のオーラが濃くなったあと、一拍おいてホウキが――。

 吹っ飛んだ。

 

「おぉぉあぁあぁー!!」


 モチコの口から声にならない声が出た。

 声以外は出さずに済んだのをむしろ褒めて欲しい。


 ホウキが飛ぶというよりは、文字通り『吹っ飛ぶ』というのが正確な表現だろう。

 例えるなら巨大な弓を構えた筋肉ムキムキの戦士が、力の限り弓を引き絞ったら、弦があまりの張力に耐え切れず暴発して放たれた矢のようだった。

 さすが“疾風迅雷の魔女”の全速力だ。はやすぎ。



 猛烈なスピードで飛ぶホウキは、もはや雨雲を避けることもせず、夜空をただまっすぐに突き進んでいた。

 いくつもの雲に突入しては突き破り、雨も風も追いつくことのできない速さで飛んでいく。

 押し寄せているはずの乱気流も、ホウキの描く美しい軌跡を乱すことはできなかった。

 世界のすべてを置き去りにして、いま夜空には、ただふたりだけだ。


 ふいにホウキが右に傾き、身体も右へ倒れる。

 ミライアの姿勢はぶれずにまっすぐのままだったが、モチコは大きく右によろけた。

 そのとき。

 目に飛び込んできたミライアの姿――。

 

 モチコはこのとき見た光景を、一生忘れない。



 黄金色の光をまとって夜空を翔ける姿は、まるで不死鳥(フェニックス)のようだった。


 尽きることのない情熱が、大きな翼となり。

 遠く彼方で輝く理想が、止まない風となる。


 強い意思を宿した赤い瞳が、進むべき道を一直線に見つめている。

 口元には自信に満ちた笑み。

 この夜空の中心は、自分であると疑わない顔だった。

 

 ――この魔女はいま、高らかに歌うように空を飛んでいる!

 まるで生きていることを世界に証明しようとするように。


 その深遠な美しさから目が離せない。

 しばらくのあいだ、モチコはうまく息を吸うことも出来なかった。



 ――この気持ちは、何だろう?


 憧れでも尊敬でもなく、嫉妬とも違う。

 名前の分からないこの気持ち。


 モチコはその気持ちに今は名前をつけず、ただひそやかに、心にしまっておくことにした。

 その瞳に、高らかに飛ぶ魔女の姿だけを焼き付けて。

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