ひざひざひざひざひざひざひざひざひざひざ(中編)
「さて、これで整理も終わったし……。魔窟へ行くとしますか」
本の整理をなんとか終えたモチコは、いよいよ魔窟へと挑むことにした。
封が破かれた禁書も、魔窟に戻さないといけない。
片づけを最速で頑張ったおかげで、探索できる時間はまあまあ残っている。
魔窟の扉に鍵を差し込む。
妙な光沢のある金属で出来た扉が、ドゴォーンという重低音とともに動きだした。
扉が完全に開いたのを確かめてから、奥へと進む。
魔窟の中は、今日もひんやりとした空気に包まれていた。
まずは魔導ランプをつけて、持っていた禁書を本棚に戻す。
そのあとは、ランプの灯りを頼りに、いろんな本棚を探索してみることにした。
お目当ては、モチコが魔法を使えるヒントになりそうな本だ。
「ふむふむ……。どれも、なかなか面白いですなあ」
魔窟にある本は、さすがにそこらにある本とは一線を画している。
興味深い本ばかりで、ついつい手に取っては読み耽ってしまう。
そういう意味での収穫はたくさんあった。
だが、モチコの魔法に役立ちそうな本というのは、なかなか見つかるものではない。
そもそも、そんな本が存在するのかも分からないのだ。
しばらく本棚を調べていると、見覚えのある本があった。
以前に見た『魔女子とコドモドラゴン』の絵本だ。
絵本を手に取ってぱらぱらとめくってみた。
そのストーリーは、子供の魔女が、子供のドラゴンと一緒に、いろいろな魔法の力比べをして遊ぶというものだった。
開いたページから、深森に漂う霧を思わせるような神秘的な香りが漂ってきた。
一度お会いしたから分かる。
これは、奥様の香りだ。
奥様が子供のときに読んでいた絵本なのかな?
きっと大切なものなのだろう。
モチコは絵本をそっと閉じて本棚に戻した。
すると、その絵本のすぐ隣にあった本が、なんとなく目に入る。
「……マナの呼吸法?」
見慣れないタイトルだ。
気になって中を見てみると、魔法を使うときの呼吸法を解説した本だった。
呼吸の仕方によって、オーラの質や量が変化するかを研究した本のようだ。
曰く、人間はマナの大部分を、呼吸を通して口から摂取していると。
全身の皮膚からもマナを吸収できるが、それは全体の1パーセントにすぎない、とのことだった。
なるほど。なにかの役に立つかもしれない。
わずかながら、モチコの中にひらめきのようなものがあった。
しばらくのあいだ、その本を読むことにする。
ちょうど流し読みを終えたところで、勤務終了の時間となった。
モチコは本を戻し、魔窟を出て図書館を後にした。
外に出ると、夕方の空はすでに薄暗く、夏の厳しい暑さも少し和らいでいた。
お屋敷の広大な敷地のなかには、たくさんの木が生えている。
その木々のあいだを縫って歩いていくと、セミの声が聞こえてきた。
何という種類のセミかは分からないが、夕暮れに似合う、すこし寂しげな鳴き声だった。
メイド館へと戻る道の途中、林のなかに、小さいベンチがある。
モチコがその横を通り過ぎようと近づいたとき、変なものを発見した。
なにかが、ベンチの横に落ちている。
ぼろ雑巾のようなもの。
いや、雑巾にしては大きい。いったい何だろうか。
「……人間だ」
モチコが近づいて確かめてみると、それは人間だった。
正確に言えば、金色の髪で、桃色の目が2つ付いていて、黒い魔女のローブを着ている人間。
「ランラン、こんなところで何してんの」
ランランはベンチのすぐ前の地面に、つぶれたような形で転がっていた。
なんでベンチで寝ないのか。
ベンチにいたけど落ちたのか、もともと地面に転がっていたのかは分からない。
「ん……あ、モチコぉ……?」
ランランは少しかすれた声でモチコの名前を呼ぶと、だるそうに身体をよじらせた。
いつもはぱっちり開いている桃色の瞳も、今日は半分くらいしか開いていない。
夕暮れで気づかなかったが、よく見ると顔色も悪かった。
「大丈夫? ランラン、体調悪そうだけど」
モチコは起き上がろうとするランランを支えて、ベンチに座らせた。
その隣に自分も座って、ランランのおでこに手を当ててみる。
熱は無い。これは――魔力酔いか?
モチコは片手でランランの背中をさすりながら、もう片方の手でメイド服のポケットからハンカチを取り出す。
ハンカチでランランの顔についた、土や葉っぱのくずを取ってあげた。
転がったときについたものだろう。
そのとき、ランランから漂う匂いに気がついた。
ランランというか、来ているローブにまとわりついた匂い。
それは、使われていない古い井戸を覗きこんだときのような、暗く湿った匂いだった。
お世辞にもいい匂いとは言えない。
まるで長い時間、古い地下室にでも閉じこもっていたかのようだ。
「モチコぉ。添い寝してほしぃなー。なんてなー」
ランランが小さくつぶやいた。
モチコはハンカチをしまって、ベンチに座った自分の膝をポンポンと叩く。
「添い寝というか、膝くらい貸してやる。ほら寝ろ」
「ぃやあ、ありがたやぁ」
いつもより口数の少ないランランを、膝まくらの上に仰向けに寝かせる。
モチコはランランの金髪をかき分け、丸くて広いおでこを撫でてあげた。
ランランの顔色はいまだすぐれないものの、撫でられるのは気持ちよさそうだ。
黙ったまま目をつぶっているその顔を、モチコはしばらく眺めていた。
ランランは魔法学校での学年は一緒だったが、年齢はモチコの方がひとつ上だった。
モチコは学費を貯めるために1年間働いてから入学したからだ。
こういうときのランランは、やっぱり年下って感じがするかもしれない。
――ランランは、闇属性の魔女だ。
(後編へ続く)




