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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた


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5/9

台風のよる、魔女高らかに。(前編)

 台風はすぐそこまで来ていた。


 モチコとミライアを乗せたホウキが、台風へと向かっていく。

 雲を避けるために左右に大きく揺れながらも、スピードは緩めることなく飛び続けた。


 いよいよ雨が降りはじめたが、雨避けの魔法のおかげで、服も身体も全く濡れることは無い。

 ただ、バチバチと雨粒が身体に当たる感覚だけは残っていて、打ちつける雨の激しさを感じる。

 さらに、そんな雨の音をかき消してしまうほど、荒々しい風の音がそこらじゅうに轟いていた。

 

「風の、音が、すごい……!」


 声を大きくして言うモチコに、ミライアが返す。


「台風の叫び声だ。もうかなり近いよ!」


 叫び声、という表現はぴったりだと思った。

 まさに魔物が叫んでいるような、低くて、大きくて、恐ろしい風の音。


 雨避けの魔法は、ある程度の風も防いでくれる。

 この魔法が無ければ、強風のなかで目を開けてはいられないだろう。

 そもそも、ホウキから落ちずに乗っていられるかどうかすら怪しい。


 今も実際に吹いている風の強さのうち、半分以上は魔法が弱めてくれている実感があった。

 とはいえ、魔法でも防ぎ切れない風は身体に吹きつけてくる。

 先ほどから聞こえる恐ろしい風の音も、魔法で防いではくれないようだった。



 目の前に現れた大きな雨雲を避けるため、ホウキが右へ傾く。

 さらにその先にあった別の雨雲を避けようと、今度は左へと傾く。


 最初は左右に揺られて、右往左往していただけのモチコだったが、だんだんコツを掴んできた。

 ホウキの動きに合わせて、モチコも自分の身体をタイミング良く左右へ傾ける。

 すると、ホウキは今までよりも、滑らかな曲線を描いて飛ぶようになった。


「いいね。君、空を飛ぶセンスあるよ」


 そうミライアに言われたモチコの心は、複雑だった。

 空を飛びたいという夢を抱きながらも、魔法の才能がなくて挫折した自分。

 全てを諦めかけたところに突然この魔女が現れて、一緒に空を飛び、しまいにはセンスがあるだなんて褒められた。

 変な日に、変な魔女と出会ったものだ。


 そんな複雑な気持ちのなかで、少しだけ、モチコの心は弾んでいた。

 飛ぶセンスを褒められたから、という訳では無い。

 この変な魔女――ミライアから褒めてもらえたことが、なぜか嬉しかった。

 モチコはそのことに気がついて、照れ隠しで答える。


「まさかミライアさんが、こんなむちゃくちゃな飛び方をするとは、思ってなかったです」


 実際、ミライアの飛び方はかなり特殊だ。

 とにかく信じられないほどに速い。

 方向転換する時も、ほとんどスピードを緩めない。

 かといって乱暴という訳でもなく、風の流れを見ながら大胆に美しい曲線を描いて飛ぶ。


 ミライアの飛んだあとには、まるで稲妻が夜空を翔け抜けたように、黄金色の軌跡が輝いていた。

 まさに“疾風迅雷の魔女”という二つ名の通りだ。


 魔法使いの中で、二つ名を持っている者はごくわずかにしか存在しない。

 特定の魔法について、特別に優れていると人々に認められた場合にのみ、二つ名が与えられる。


 モチコは今夜のフライトを通して、ミライアが特別な才能を持った魔女であることを実感していた。



 それから、ホウキはいくつもの雲のあいだをくぐり抜けていった。

 最後に大きな雨雲を避ける。

 そして、ついにふたりはたどり着いた。

 ――台風だ。


「うわっ!! 大きい……!」


 思わず叫んだモチコの瞳には、そびえ立つ巨大な塔のような雲が映る。

 雲の塔は遥か上空まで続いているようだが、高すぎて一番上までは見えない。

 ただ、上のほうには雲が広がっているようで、全体的には何となくキノコのような形をしているようだ。

 今回の台風はシグナル4。

 中くらいのレベルの台風だと聞いていたが、それでもこんなに大きいのか。


「あと少しだけ、近づく!」


 ミライアの声がして、ホウキがやや下を向いた。

 暗くてはっきりとは分からないが、海面らしきものが見える。

 ホウキは雲でできた塔の根元に向かっているようだ。


 吹きつける雨粒がバチバチと全身に当たって痛い。

 猛烈な風に思わず目を細めるが、もう風がどちらから吹いているのかも分からなかった。

 轟々とした恐ろしい音が四方八方から襲ってきて、ビリビリと身体を震わせてくる。


 視界いっぱいに広がる巨大な台風と、正面で対峙する。

 こんなものに人間が勝てる訳がない! という思考が、本能的にモチコの頭の中を埋め尽くした。

 

「撃つよ!」


 声がして、モチコはミライアの方を見た。

 ミライアは右手をまっすぐ前へ伸ばし、その手にはスクロールが握られている。

 それは台風の方向へ向けられていた。


 スクロールの文字が青白い光を放った、その直後。

 ばすん、という音がして、スクロールから青い光の矢が放たれる。

 青い光は高速で夜の闇を切り裂いた後、台風の根元あたりの海面へ消えていった。


「わっ!? まぶしい!」


(後編へ続く)

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