メガネ・オン・メガネっ娘(後編)
「はい、モチコ。このメガネ使っていいよ」
ミライアはべっ甲柄のメガネを外すと、モチコの顔に近づけた。
モチコの黒ぶちメガネの上に、重ねてかけようとする。
これじゃあメガネ・オン・メガネだ。
変だけど、ミライアのメガネには度が入っていないので、こうするしかない。
「では先輩のメガネをお借りします。……あ、名前が刻まれてますね」
魔導メガネを通して魔導書の表紙を見ると、マナで書かれた文字が浮かび上がってきた。
魔導書にマナで所有者の名前を刻むのは、よくあることらしい。
そこには薄く発光する文字で『M・アシュフォード』と記されていた。
「アシュフォード……。先輩の名前ですか?」
「ん? ああ、それは私の父親の本なんだ」
「お父様の……。っていうか、先輩の名字を初めて知りました」
そう言いながら、本を開いてみる。
表紙にはタイトルらしきものは書かれていなかった。
いったいこの魔導書には何が書かれているのだろう。
どきどきしながら最初のページの1行目を確認する。
薄い光を放つ文字が、目に飛び込んできた。
そこには、
『牛ふんいい匂い』と記されていた。
「……はぇ?」
思わず変な声が出た。なんだこれ。
とりあえず続きを読んでみよう。
2行目は『八百山連峰にいる牛。身体は翠色。ふんは虹色。なぜか良い匂い』とあった。
さらに『分かっていても嗅ぎたい。何度も』と続く。
意味が分からない。
何のメッセージだろうか。実は暗号とか?
混乱しながらも、他のページを見てみることにした。
適当に真ん中あたりのページを開く。
きらきらと光るマナ文字で、
『漆黒の大森林にある石碑に落書きを発見。リンゴの絵』
『だが、すぐ下に『みかん』と刻まれている。レア度、星1つ』と綴られていた。
これもわけわからん。
パラパラとページをめくってみたが、どこを見ても同じような謎文章だった。
無表情ながらも、困惑して本を開いたまま固まるモチコを見て、ミライアが笑い出す。
「ふふっ。やっぱりそうなるよね」
「先輩……これは何の本なんですか……?」
「これは、なんというか……。私の父親が書いたメモをまとめた本、かな」
「メモ?」
よく分からないことばかり書いてある変な魔導書。
この文章を書いたのは先輩のお父様だという。
お父様って、変な人なのでは……?
と思ったが、流石に失礼なので口には出せずにいると、ミライアが先に口を開いた。
「父親はすこし、変な人でね」
やっぱり変な人だったッ!
ミライアは続ける。
「ものすごいメモマなんだ」
「メモマ?」
「日々気になったこと全てをメモに記録する。見たもの、聞いたもの、思いついたもの、とにかく記録せずにはいられないらしい」
「なるほど、メモ魔ですか」
「まるでメモに取りつかれているみたいだよ」
その話を聞いたモチコは、まだ見ぬお父様の姿が簡単に想像できた。
なにしろ、最速で飛ぶことに取りつかれている先輩をいつも見ているのだ。
さすが親子、と思ったけど言わないでおく。
そう聞いてふたたび魔導書を流し読みしてみると、確かにメモの寄せ集めのようだった。
「父親は、何か変わったものを見かけると、必ずここに記録するんだ」
「まるで、世界の変なものコレクションですね」
「そう。だから、どこかで変わったオーラを見ていれば、必ず何か書いているはず」
ミライアのその言葉に、はっと息を呑んだ。
先輩がこの変な魔導書を読んでいたのは、私のため。
モチコの泡のようなオーラの謎を解明するきっかけを探しているのだ。
あらためて部屋の隅に積まれている本の山を眺めてみた。
空を飛ぶことに関する本、気象についての本、エムスポーツの雑誌などがたくさんある。
しかしよく見ると、そこにオーラに関する研究書や、魔法の発動についての学術本も多く混じっていた。
以前ミライアは、モチコが魔法を使えるようにする、と魔女の誓いを立てた。
先輩はあの誓いを守るため、日々努力していたのだ。
「先輩……」
モチコは何かを言おうとしたが、何と言えばいいのか思い浮かばなかった。
ありがとうなのか、頑張ってくださいなのか、お願いしますなのか。
強いて言うなら、うれしいです、に近いような気もする。
魔法が使えないこの厄介な体質に、ずっとひとりで戦ってきた。
でも今は、ひとりじゃない。
じんわりとした温かさがモチコの心に広がっていった。
「……先輩、私もいろいろ探してみますね」
しばらく悩んだのち、モチコが口にしたのはそれだけだった。
ミライアは特に気にした様子もなく、また違う本を読み始める。
モチコは言葉に出来ないこの心の温かさを大切に感じながら、ミライアが本のページをめくる音を心地よく聞いていた。
揺れるカーテンの隙間から、台風が去った朝の強い光が差し込んでくる。
先輩が信じてくれているのなら、私もまだあきらめない。
いつか魔法が使える日を目指して。
魔窟になら、何か参考になる本があるかもしれない。
次に行ったときに探してみようと考えながら、モチコは朝日のまぶしさに目を細めていた。




