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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第3章

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メガネ・オン・メガネっ娘(後編)

「はい、モチコ。このメガネ使っていいよ」


 ミライアはべっ甲柄のメガネを外すと、モチコの顔に近づけた。

 モチコの黒ぶちメガネの上に、重ねてかけようとする。


 これじゃあメガネ・オン・メガネだ。

 変だけど、ミライアのメガネには度が入っていないので、こうするしかない。


「では先輩のメガネをお借りします。……あ、名前が刻まれてますね」


 魔導メガネを通して魔導書の表紙を見ると、マナで書かれた文字が浮かび上がってきた。

 魔導書にマナで所有者の名前を刻むのは、よくあることらしい。


 そこには薄く発光する文字で『M・アシュフォード』と記されていた。


「アシュフォード……。先輩の名前ですか?」

「ん? ああ、それは私の父親の本なんだ」

「お父様の……。っていうか、先輩の名字を初めて知りました」


 そう言いながら、本を開いてみる。

 表紙にはタイトルらしきものは書かれていなかった。

 いったいこの魔導書には何が書かれているのだろう。


 どきどきしながら最初のページの1行目を確認する。

 薄い光を放つ文字が、目に飛び込んできた。


 そこには、


『牛ふんいい匂い』と記されていた。



「……はぇ?」


 思わず変な声が出た。なんだこれ。

 とりあえず続きを読んでみよう。


 2行目は『八百山(やおやま)連峰にいる牛。身体は翠色。ふんは虹色。なぜか良い匂い』とあった。

 さらに『分かっていても嗅ぎたい。何度も』と続く。


 意味が分からない。

 何のメッセージだろうか。実は暗号とか?


 混乱しながらも、他のページを見てみることにした。

 適当に真ん中あたりのページを開く。


 きらきらと光るマナ文字で、

『漆黒の大森林にある石碑に落書きを発見。リンゴの絵』

『だが、すぐ下に『みかん』と刻まれている。レア度、星1つ』と綴られていた。


 これもわけわからん。

 パラパラとページをめくってみたが、どこを見ても同じような謎文章だった。


 無表情ながらも、困惑して本を開いたまま固まるモチコを見て、ミライアが笑い出す。


「ふふっ。やっぱりそうなるよね」

「先輩……これは何の本なんですか……?」

「これは、なんというか……。私の父親が書いたメモをまとめた本、かな」

「メモ?」


 よく分からないことばかり書いてある変な魔導書。

 この文章を書いたのは先輩のお父様だという。


 お父様って、変な人なのでは……?

 と思ったが、流石に失礼なので口には出せずにいると、ミライアが先に口を開いた。


「父親はすこし、変な人でね」


 やっぱり変な人だったッ!

 ミライアは続ける。


「ものすごいメモマなんだ」

「メモマ?」

「日々気になったこと全てをメモに記録する。見たもの、聞いたもの、思いついたもの、とにかく記録せずにはいられないらしい」

「なるほど、メモ魔ですか」

「まるでメモに取りつかれているみたいだよ」


 その話を聞いたモチコは、まだ見ぬお父様の姿が簡単に想像できた。

 なにしろ、最速で飛ぶことに取りつかれている先輩をいつも見ているのだ。

 さすが親子、と思ったけど言わないでおく。


 そう聞いてふたたび魔導書を流し読みしてみると、確かにメモの寄せ集めのようだった。


「父親は、何か変わったものを見かけると、必ずここに記録するんだ」

「まるで、世界の変なものコレクションですね」

「そう。だから、どこかで変わったオーラを見ていれば、必ず何か書いているはず」


 ミライアのその言葉に、はっと息を呑んだ。


 先輩がこの変な魔導書を読んでいたのは、私のため。

 モチコの泡のようなオーラの謎を解明するきっかけを探しているのだ。


 あらためて部屋の隅に積まれている本の山を眺めてみた。

 空を飛ぶことに関する本、気象についての本、エムスポーツの雑誌などがたくさんある。


 しかしよく見ると、そこにオーラに関する研究書や、魔法の発動についての学術本も多く混じっていた。


 以前ミライアは、モチコが魔法を使えるようにする、と魔女の誓いを立てた。

 先輩はあの誓いを守るため、日々努力していたのだ。



「先輩……」


 モチコは何かを言おうとしたが、何と言えばいいのか思い浮かばなかった。

 ありがとうなのか、頑張ってくださいなのか、お願いしますなのか。


 強いて言うなら、うれしいです、に近いような気もする。

 魔法が使えないこの厄介な体質に、ずっとひとりで戦ってきた。


 でも今は、ひとりじゃない。

 じんわりとした温かさがモチコの心に広がっていった。


「……先輩、私もいろいろ探してみますね」


 しばらく悩んだのち、モチコが口にしたのはそれだけだった。

 ミライアは特に気にした様子もなく、また違う本を読み始める。


 モチコは言葉に出来ないこの心の温かさを大切に感じながら、ミライアが本のページをめくる音を心地よく聞いていた。

 揺れるカーテンの隙間から、台風が去った朝の強い光が差し込んでくる。


 先輩が信じてくれているのなら、私もまだあきらめない。

 いつか魔法が使える日を目指して。


 魔窟になら、何か参考になる本があるかもしれない。

 次に行ったときに探してみようと考えながら、モチコは朝日のまぶしさに目を細めていた。

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