メガネ・オン・メガネっ娘(前編)
タワーでの仕事を終えたモチコは、ミライアの家にやってきた。
肩にかけていたトートバッグをおろして、食事の準備に取りかかる。
「モチコ、今日の荷物もずいぶん大きいね」
「はい。これを持ってきたので」
そう言って取り出したのは、やや大きめの鍋。
モチコがミライアの家に来るたびに、少しづつ調理器具が増えていく。
殺風景だったキッチンは、いまやだいぶ賑やかだ。
「今日はこの鍋で、パスタを茹でます」
「お、いいね。楽しみ」
今日のメニューはクリームパスタだ。
まずはベーコン、ほうれん草、しめじを刻んで炒める。
そこに小麦粉と牛乳を足す。
すると、とろみが出て、いい感じのクリームソースになる。
さらにチーズと、ニンニクをすりおろしたものを入れ、味をととのえる。
濃厚なクリームとニンニクのいい香りが広がった。
これでソースは完成だ。
「よし、次は麺だね」
持ってきた大きめの鍋にたっぷりお湯を沸かし、スパゲッティを茹でる。
沸騰したお湯の中でわっちゃわっちゃと揉みあっている麺たち。
その様子を眺めていると、後ろから視線を感じた。
振り返ると、あぐらをかいて床に座ったミライアが、こちらを見ている。
「私が料理をしていると、先輩はいつも見てますよね」
「ああ。モチコが料理するところを見るのが好きなんだよね」
「そ、そうですか」
見られること自体は、別に嫌では無い。
でも、ミライアの言葉がなんとなく恥ずかしいような、嬉しいような、変な感じだ。
「……まあ、別にいいですけど」
ごにょごにょと呟きながら鍋の方へ向き直す。
茹であがったパスタをクリームソースの入ったフライパンに投入して、再び火にかけた。
良い感じのとろみが出るまで煮詰まったところで完成だ。
出来上がったパスタの皿をミライアへ手渡し、モチコも床に座る。
ミライアと向かい合って顔を合わせると、いただきます、と声を揃えた。
ミライアはフォークでパスタをからめ取ると、お皿の端で器用にくるくると巻いていく。
きれいに巻かれると、それをすっと口に運んだ。
少し味わったあと、視線をモチコに向けて言う。
「おいしい。クリームパスタ、おいしい」
おいしい、2回いただきました。
気に入ってもらえたみたいだ。
そのあとも丁寧にひとくち分ずつパスタを巻き取っては、おいしそうに食べていた。
ミライアが3口目を食べるところまで見届けてから、モチコも自分のパスタを食べ始めることにする。
うん、おいしく出来てる。
ベーコンの旨味がクリームソースに溶け出していて、コクがある。
ほどよくニンニクも効いていい感じ。
味を確かめ終えてパスタの皿から顔を上げると、ミライアはもう半分以上食べ進めていた。
そこで、ミライアと目が合う。
「モチコは、私が食べてるのを、いつも見るよね」
「えっ?」
そう言われて思い返すと、確かに見ているかもしれない。
作った料理の反応が気になるのもあるが、それよりも思い当たる理由がある。
自分が作ったものを先輩が食べるのを見ていると、謎に心が満たされるのだ。
そう気づいたものの「先輩が食べてるところを見るのが好きです」とは、なんだか恥ずかしくて言えなかった。
なんて返事をしたらよいか悩んで、モジモジするだけだ。
そんなモチコを見てミライアは満足したようで、それ以上は聞いてこなかった。
「モチコのつくる食事はいつもおいしい。ごちそうさま」
「あ、はい。おそまつさまでした」
食べ終わってモチコが洗い物を始めると、ミライアはいつものように本を読み始めた。
食器を洗う水の音に、ときおり本のページをめくる音が重なる。
いつも通りの穏やかな時間だ。
だが、モチコが洗い物を終えてミライアの方を見ると、ひとつだけ、いつもと違うところがあった。
「先輩、メガネ持ってたんですね」
ミライアがメガネをかけて本を読んでいた。
べっ甲柄のメガネは、形は大きめだがフレームは細くてスマート。
ミライアによく似合っていた。
「ああ、メガネが必要な本を読む時だけね」
「メガネが必要な本……?」
その言葉に、モチコはひとつ心当たりがあった。
思わず身体を後ろにのけ反らせる。
「うっ!? もしかして、魔導書ですか……?」
「そう。でも大丈夫。危険なやつじゃないから」
「そ、それならいいですけど……」
魔導書というのは、魔法が込められた本のことだ。
よくあるのは、本を勝手に開かれないように、カギのような魔法が施されているもの。
なかには、スクロールを何枚も束にしたような、超強力な魔法を発動させるものもある。
「先輩、魔導書なんて持ってたんですね。一体いくらで買ったんですか……?」
「モチコって、いつもお金を気にするよね」
「いやいやいや! それじゃあ私がケチみたいじゃないですか。先輩の周りにやたらと高級品が多いだけです!」
「ははは。この本が高級品かは分からないけど、危険なものではないよ。モチコも読んでみる?」
「私のメガネじゃ読めないですよ」
魔導書は、文字自体が魔力で書かれていて、専用の魔導メガネがないと読むことが出来ない。
お屋敷の魔窟でも魔導書らしきものは見かけた。
でも、専用のメガネを持っていないし、どんな危険な魔法が込められているか分からないので、未だに触れられずにいたのだ。
「モチコは魔導書を読んだことないの?」
「ないですよ。魔導具店の厳重なケースに飾られているのを見たことがあるくらいです」
大金持ちになったら買ってやるぜ、と思ったりしたものだ。
ミライアは持っていた魔導書を閉じると、モチコに差し出した。
受け取ってみると、見た目よりもずしりと重く感じる。
質感から明らかに高価なものだと分かり、それがいっそう重く感じさせているのかもしれない。
いや、別にお金ばっかり気にしている訳じゃないけど。
「はい、モチコ。このメガネ使っていいよ」
(後編へ続く)




