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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第2章

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突撃!先輩の晩ごはん?(後編)

「ふー。どっこいしょっと」


 ミライアの部屋に入ると、モチコは抱えていた重たいトートバックを、どかっと床におろした。


「モチコ、ずいぶん荷物が多いね」

「ふっふっふ。先輩、よくぞ聞いてくれました」

「まだ何も聞いてないけど」


 ミライアの返事には構わず、モチコは上機嫌でリュックの中身を出して、床に広げ始める。

 最初に出てきたのは食材。

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギなど、日持ちする野菜を中心にいくつか。

 あとは少しの牛干し肉とパン。


「まだまだこれだけじゃないですよ」


 楽しそうに言いながらモチコが取り出したのは、いくつかの小さいビンだった。

 ビンの中には、胡椒などの調味料やスパイスが入っている。

 それから小さいナイフ、小さい鍋とまな板。

 小さなお皿とフォークとスプーンのセットが2つずつ。

 リュックから取り出しては、ひとつずつミライアに説明していく。


「このお鍋は絶妙な大きさで、お鍋にもフライパンにもボウルにも使える、とても偉いやつです」

「おお。モチコはいろいろ持ってるね」

「今回買い足したものもあります。あ、これ全部先輩の家に置いていきますから」

「え? うちに?」

「はい。食器も食材も1回ではとても運べないので、少しづつ増やしていきます」

「ははっ。そのうちこの家がお店になりそうだね」


 そう言いながらミライアも楽しそうに笑う。

 おしかけ料理人モチコは、さっそくご飯の支度に取りかかった。


 まずはいくつかの野菜を、ナイフでカットする。

 牛干し肉をスライスして、持ってきた偉い小鍋の上で焼いていく。

 ミライアはあぐらをかいて床に座りながら、モチコが料理をするのを眺めていた。


「あ、いい匂いがしてきた」


 ミライアのつぶやきが聞こえ、小さな部屋に肉の焼ける匂いが広がった。

 肉に火が通ったら野菜も一緒に炒め、さらに色々なスパイスと、刻んだトマトを加えて煮込んでいく。


「モチコは料理するの好きなの?」

「好きですね。以前は飲食店で調理をする仕事もしていました」


 モチコは鍋をかきまぜる手を止めずに答えた。


「へえ。魔法学校に通いながら働いてたの?」

「いえ。この街の魔法学校に入学する前は、北の王都にいたので。そのころの話です」

「王都のお店なら、世界中の美味しい食材が集まりそうだね」

「はい。そのお店とは今でも手紙でやりとりをしていて、ときどき珍しい食材とかを送ってくれるんです」


 スライスしたパンを、コンロの火でさっとあぶり始める。

 パンに焦げ目がつけば、これで完成だ。

 香ばしい匂いとともに、モチコはミライアの方へ振り返った。


「お待たせしました、晩ごはんの完成です。もう朝ですけど」


 テーブルが無いので、出来上がった料理を床に並べていく。

 トーストされたサンドイッチと、野菜を煮込んだスープ。

 モチコも床に座ると、両手を合わせた。


「いただきます」

「よし、いただきます」


 ミライアはまず、サンドイッチを手に取った。

 両手でサンドイッチを掴んで顔の前まで持ち上げてから、色んな方向に傾けたりしている。

 どこから食べるか迷っているようだ。


 しばらく悩んだのち、最終的にはど真ん中を選んだ。

 いちばん具が多いところから、大胆にかぶりつく。

 しゃく、という気持ちのいい音が小さく聞こえた。

 トーストしたてのパンをかじる音だ。


 ミライアが口を大きく開けてかぶりついたので、サンドイッチはもう3分の2くらい欠けて、三日月みたいな形になっていた。

 ひとくちが、モチコよりも倍以上は大きそうだ。

 その豪快な食べ方には不思議と品があって、美しさを感じられるくらいだった。


 ミライアは欠けたサンドイッチの断層を見つめたまま、しばらく黙々と咀嚼している。

 大きなひとくち分を食べ終わると、とてもよい笑顔で顔を上げた。


「……うまい!」

「ふふ、よかったです」


 モチコはサンドイッチの端の部分から小さくかじりついた。

 こんがりと香ばしいパン、ちぎったレタス、スライスしたタマネギとチーズ。

 そして牛干し肉が、いいバランスだ。

 いい具合に塩気が効いている。

 ちょっと奮発して、いいバターを買ってきたのが正解だったかもしれない。


 ミライアは食べかけのサンドイッチを一旦お皿に置くと、スープの器を手に取った。

 スプーンですくって口に運ぶ。


「おお。このスープ、すごいスパイスが効いてる」

「ふふ。それはスープカレーといいます」

「へえ。美味しいなあ。食欲がわいてくる香りだね」


 スープカレーの具はジャガイモ、ニンジン、カボチャ、ナス。

 それと牛干し肉も少し入れた。

 どの具材もちょうどよく煮えていて美味しかったが、特にナスがいい感じ。

 油で揚げ焼きにしてから、熱いままカレースープで煮込んだおかげだ。

 スープの味が染みているうえに、食感もしっかりしていて食べ応えがあった。


 王都のお店から送ってもらったスパイスをブレンドした、食欲をそそるカレーの香り。

 スープを飲むと、トマトベースの酸味の中にスパイスが効いて、身体が内側からじんわりと温かくなる。

 ミライアはナスを大事そうにゆっくり嚙み締めてから、スープを飲み干していた。


「ごちそうさま。とても美味しかったよ」

「よかったです。片づけは私がやりますから、先輩はくつろいでいてください」


 モチコは食器を持って立ち上がり、流し台で洗い物を始めた。

 部屋のカーテンは閉まっているが、カーテンが風で揺れるたびに、隙間から光が差し込んでくる。

 もう朝日は完全に昇ったようだ。

 夜勤明けの人間には、ちょっとだけ目にしみる朝の光。


 窓の外には、ようやく起きて動き出した人々のざわめきを感じる。

 それとは対照的に、この部屋のなかは静かだった。

 のんびりと食器を洗う水音だけが響く。

 そのなかにときおり、紙がこすれるような音が聞こえて、ミライアが本を読み始めたのが分かった。


 洗い物を終えたモチコは、ミライアの方を見た。

 ミライアは床であぐらをかいて座り、本を膝の上に置いて、ちょうど伸びをしているところだった。

 少し後ろにのけぞって両手を上に伸ばすミライアの、白い首筋があらわになる。

 ふいに目に入ったその美しい首筋に、わずかに汗が浮かんでいた。

 そのつややかな輝きに、モチコはドキリとする。


 いつも涼し気で、汗ひとつかかないミライアだが、スープのスパイスが効いたのだろう。

 なんだか、いけないものを盗み見てしまった――。


 そんな気がして、伸びが済んだミライアと目が合ったとき、モチコは反射的に視線を思いっきりそらしてしまった。


「あれ? モチコ、どうしたの?」

「……な、なんでもないです!」

「いや、今のはさすがになんでもなくないでしょ」


 ミライアが不思議そうに尋ねる。

 モチコはごまかすために話題を変えた。


「せっ、先輩って……なんですか?」

「ん?」

「えーと……好きな食べ物とか!」

「え、好きな食べ物? うーんなんだろう」


 我ながら急カーブすぎる話題の振り方だったが、運のいいことに先輩は気にせず乗っかってくれた。


「特にないかな。なんでも美味しく食べられるし」

「そ、そうですか」


 モチコとしては話題を変えたかっただけなので、特に答えは求めていなかった。

 でも、ミライアは思いのほか真剣に考えてくれたようだ。

 そのあとさらに悩んだ末につぶやく。


「……いや、ジャガイモ」

「えっ、ジャガイモ?」

「この前モチコが作ったやつ。美味しかったから、好き」


 この前のは、ただジャガイモを茹でただけだ。

 料理とは言い難いけれど……。

 それでも、自分が作ったものを気に入ってもらえたのは嬉しい。


「ふふ。またジャガイモで何かつくりますね」

「それは楽しみだ。でも、今度はモチコが好きなものを食べてみたいな」

「私が好きなものですか? ……うーん、なんでしょう? なにか考えてきますね」


 そのあと、ミライアは制服のまま床にころがり、本を読みながら寝てしまった。

 モチコはそばにあった毛布をかけ、前回と同じようにミライアを起こさずに、静かに家を出た。


 外はすっかり朝になっている。

 これから慌ただしく仕事に向かう街の人々とすれ違いながら、モチコはのんびりと帰路についた。

 次は先輩に、何の料理を作ろうかな。

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