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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第2章

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モチコ回転ッ、初めての実験ッ(前編)

「じゃあいくよ〜。そのまま動かないでね〜」


 シズゥが呼びかける先には、モチコとミライアが並んで立っていた。

 ふたりの頭上で緑色の光が弾けて、身体の上に降り注ぐ。


「ほい〜。これで完了だよ〜」


 シズゥがスクロールを使って、モチコとミライアに雨避けの魔法をかけた。

 夜勤の開始時間になり、白組の4人は中央展望室(コントロールルーム)でフライト前の準備をしている。


 シズゥは、モチコの顔の前で、スクロールを2枚掲げてみせた。


「このスクロールはモッチーのぶん〜。台風に撃つ凍結魔法のやつ〜」

「ありがとうございます」


 モチコはスクロールを受け取って、制服の胸ポケットにしまう。

 すると、リサが何かを手に持って近づいてきた。


「あと、これを着けてね。モチコちゃんにあげるわ」


 リサから手渡されたのは、三日月型のイヤリングだった。

 ミライアやリサが着けているのと同じものだ。


「これで、ある程度まで離れていても、私と会話が出来るわ。頑張って作ったの」

「え? これ、リサさんが作ったんですか!?」

「そうよ。気に入ってもらえるといいのだけど」

「す……すごい。デザインもとっても素敵です。大事に使います」


 モチコは展望室のガラス窓に映る自分を見ながら、左耳にイヤリングを着けてみる。

 それは頭の動きに合わせて、キラキラと光を反射しながら、綺麗に揺れた。

 モチコの準備が整ったところで、ミライアから声がかかる。


「モチコ、じゃあいこうか」

「あ、はいっ」


 モチコはミライアの後に続いて歩き出す。

 リサとシズゥに見送られながら螺旋階段を上って、屋上展望台(フライト・デッキ)へ。

 今日は台風が来ていないので、空には少し雲があるものの、穏やかな風が吹いていた。


「よし、飛ぶよ」

「はい、お願いします」


 モチコがホウキの後ろにまたがると、ホウキはすぐに浮かんで空へ飛び出した。

 ミライアの耳の下あたりでふたつに結んだ長い髪が、風になびいてモチコの両脇を流れていく。

 モチコはその美しい揺らめきを眺めながら、このあとの予定を尋ねてみた。


「今日は何をするんですか? 台風はこなさそうですけど」

「台風のない日は、見回りをするよ」

「見回り?」

「タワーからだと、ある程度の距離までしか観測できないんだ。だから私たちが出来るだけ沖の方まで行って、台風が来ていないかをチェックする」


 そう言うと、ミライアはホウキの進路を沖の方へ向けた。


「少しでも早く台風を発見できれば、そのぶん対応する時間を確保できるからね」

「なるほど」


 ホウキがややスピードを上げる

 振り返ると、陸地の明かりがもう遠くなっていた。


「あと、見回りの合間に訓練もするよ。飛び方の練習とか」

「先輩くらい飛ぶのが上手でも、練習するんですか?」

「もちろん。日々の練習から全力を出しておかないと、本番で力を発揮できないからね」


 さすが“疾風迅雷の魔女”だ。

 空を飛ぶことに関して、妥協はないらしい。


「今日はできるだけ沖まで飛んだら、一緒にいろいろ練習しよう。あと実験もしたいし」

「実験?」

「詳しいことは後で説明するよ」


 そんな話をしていると、リサの声がした。


「――こちらタワー。ふたりとも、聴こえる?」

「聴こえてるよ」


 イヤリングから聴こえてきたリサの声に、ミライアが答える。


「モチコちゃんはどう? ちゃんと聴こえるかしら?」

「はい、聴こえています。ばっちりグーです」


 モチコのイヤリングも、問題なく機能していた。


「よかったわ。じゃあ、今夜の状況を伝えるわね」


 そう言うと、リサは今夜の気象情報を報告してきた。


「観測範囲内に台風はなし。天気は晴れ。風は南向きの微風。小さい雲は多いけれど、今のところ特に懸念点は無いわ」

「オーケー。じゃあこれから安全飛行限界(フライトライン)ギリギリまで飛んで、しばらく見回りに入るよ」

「了解。定時報告を待っているわ。モチコちゃんも頑張ってね」

「はい、がんばります」

「それでは、良きフライトを」

「良きフライトを」「良きフライトを」


 リサとの通信が終わると、ホウキはしばらく沖に向かって飛び続けた。

 タワーを出発する時には夕暮れだった空が、気がつくとすっかり暗くなっている。

 振り返ると、もう陸地はほとんど見えず、タワーの光だけが小さい点として分かるくらいだった。


「このあたりまでが、タワーと通信ができる限界だね」


 ミライアはちらりと振り返り、タワーの光を見る。


「タワーの光が目視できる距離くらいまでなら、リサの魔法で通信できる」

「こんな遠くまで……すごい魔法ですね」

「リサはシグナスの中でも特に優秀な魔女だからね。あれほどの光魔法の使い手はそういない」

「そんなすごい人なのに、あんな優しくて人柄もいいなんて。神……いや、女神なのでは」


 6つある魔法属性のうち、光魔法が使える魔法使いは数が少ない。

 ただでさえ貴重な存在なのに、さらに優秀だなんて、どれだけ引く手あまたであることか。

 ミライアも二つ名を持つほどの魔女だし、モチコはすごいチームに入ってしまったのかもしれない。


「タワーの光が見えなくなると、リサとの通信は出来ない」


 そう言われてミライアの耳元を見ると、イヤリングの光は消えていた。

 そこから先の景色は360度、海だけだった。


 今夜は月明かりがあるので真っ暗ではないが、水平線がなんとなく分かる程度の視界しかない。

 大きくて暗い海の上に、道しるべもなくホウキだけが浮かんでいて、心もとない感じだ。


「海しか見えないと、飛んでる方向が分からなくなりませんか?」

「星を目印にすれば大丈夫。北極星を目指して飛べば陸地に戻れる。一応コンパスもあるけど」


 そう言われて空を見ると、小さい雲のあいだから、たくさんの星が見えた。

 さまざまな星の位置を確認しながらしばらく飛んでいると、ふいにホウキのスピードが落ちる。


「このあたりが、安全飛行限界(フライトライン)だ」

「フライトライン?」

「これ以上沖へ行くと、空気中のマナが薄すぎて、飛行に必要な魔力が維持できない」

「なるほど」

「基本的には陸から遠ざかるほど、マナが薄くなるからね」


 ホウキは進むのを止めて空中で静止した。

 ミライアはさらに沖のほうを右から左まで確かめるように眺める。


「見える範囲に台風らしき雲は無いね。問題なし」

「こうやって台風の見回りをするんですね」

「そう。あとはときどきリサと通信が取れる位置まで戻って、定時報告を入れればオーケー」


 そう言うとミライアは、準備運動といった感じで腕を上に伸ばして、左右にストレッチした。


「よし。じゃあ、見回りの合間に、飛ぶ練習をしよう」

「どんな練習ですか?」

「今から色々な飛び方をするから、モチコは落ちないように頑張る練習」


 なにその雑な練習!?

 と心によぎったが、落ちないように頑張るしかない。


「……わかりました。がんばります」



 そのあとのモチコはがんばった。

 まさかこんなに大変だなんて。

 ミライアのホウキは、それはもうものすごい飛び方だった。


 ホウキが急発進してからすぐに急停止した。

 急カーブを延々と繰り返した。

 急上昇したかと思えば、姿勢を整える間もなく急降下していき、上下左右に容赦なく揺さぶられた。


 それでも、そのあたりまではミライアにしがみついて、何とか乗れていたと思う。

 だけど、最終的にホウキが上下逆さまになり、360度きりもみ回転し始めた時には、さすがに半泣きだった。


 そんな状態でも、数十回も続けさせられたら涙は枯れてくる。

 モチコはだんだん、諦めにも似た境地で肝が据わってきて、しだいに上手く乗れるようになった。


「モチコ、いい感じ」

「はぁ、はぁ……。さすがに34回も連続できりもみ回転したときは死ぬかと思いましたけど……」

「え、モチコ。いくつ回転したかなんて数えてるの?」

「え? 視界に空と海が交互に来るのを見ていれば、自然と分かりますよ」


 モチコの回答に、ミライアは少し考えたあと、言った。


「……いや。普通は高速回転中に、空も海も見分けられないと思うけど」

「そうですかね?」

「まあいいや。今日の練習はここまでにしよう。そろそろ夜明けが来る」


 東の空を見ると、水平線の色が変わってきていた。


「朝がくる前に、タワーへ戻るよ」


 ミライアはホウキの先を、北極星のほうへ向ける。

 そして、おもむろに謎の単語を口にした。


「モチコ、『実験』しようか」


(後編へ続く)

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