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台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに  作者: にしのくみすた
第1章

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夜明けの誓い、宙を舞うスカート(前編)

 キッチンの前に立ったモチコは、まず何があるのかを確認した。


 小さい流し台に、ひとくちの魔導コンロが置かれている。

 コンロの上には、取っ手のついた小さい鍋。

 流し台の端を見ると、ガラス瓶に白い百合の花が挿してある。


 引き出しを開けると、塩の入った小瓶が見つかったが、他には本当に何もない。

 調理器具どころか、スプーンやフォークやお皿すらなかった。


「本当に、野菜をそのまま食べていたんですね……」


 モチコは呆れたようにつぶやきながら、コンロの上にあった鍋のフタを開けてみる。

 鍋の中には、ジャガイモがいくつか、生のままで入っていた。

 よく見ると、そのうちのひとつに、誰かの歯型が残っていることに気づく。


 ……これは絶対、ミライアが試しにかじってみた跡だ。


 どうやらこの鍋は、料理をするためにある訳では無いようだ。

 硬くてかじれなかった野菜を、とりあえず入れておくために存在しているらしい。

 ミライアがジャガイモをかじったあと、この鍋に入れている姿を想像したら妙に可笑しくなり、モチコは心の中で小さく笑った。


 

 後ろを振り返ると、ミライアはさっきと同じ場所であぐらをかいて座っている。


「どう? 何か料理できそう?」


 呑気に聞いてくるミライアに文句を言っても仕方がないので、モチコは気を取り直して出来る限りやってみることにする。


「さすがに気の利いたものは作れませんが、あるものでやってみます」

「お、やったね。楽しみにしてる」


 ミライアの声を背に、モチコは鍋から一度ジャガイモを取り出す。

 鍋に浅めに水を入れてコンロに置く。

 この魔導コンロは、魔力を少し流すと着火する仕組みになっているタイプで、あまり火力は出ないが便利なので広く普及している。


 モチコは魔法は発動できない体質だが、魔力をわずかに練ることは出来る。

 このコンロのように、魔力を練って流せばよいだけの道具であれば、使うことができた。


 モチコはコンロに火を着け、鍋の水が沸騰するまでのあいだに、ジャガイモの中から小さいものをいくつか選んで水洗いする。

 それらを鍋の中に放り込むと、フタをしてしばらく待った。

 そのあいだ、ミライアは何をするでもなく、モチコが料理をしているのを眺めている。


「モチコは、まだ眠くないの?」

「さっきタワーで少し寝たので、今は眠くないです」

「それなら良かった。いつもは昼間に働いているんだよね?」

「はい。グランシュタイン様のお屋敷で、メイドをしています」

「おお、そうなんだ」


 ミライアが少し驚いたように言った。

 あの大きなお屋敷で働いていると聞けば、大なり小なりみんな驚く。


「あそこでメイドなんて、大変でしょ」

「お屋敷は大きいですが、そのぶんメイドの数も多いですし。みなさん親切なので、楽しく働いていますよ」

「ふーん」


 たわいもない会話をしていると、程よく時間が経った。

 コンロの火を消して、鍋のフタを開ける。

 蒸したジャガイモのいい香りが、湯気と一緒に立ち上ってきた。

 黒ぶちメガネが湯気で少し曇る。


 鍋のお湯を跳ねないように気をつけながら捨て、今度は水を入れてジャガイモを冷ます。

 触れるくらいに冷めたところで、モチコは鍋ごと持ってミライアの近くに座った。

 

「完成です。これくらいしか、出来る料理が無かったですけど」

「ありがとう。いい匂いがするね。早く食べよう」


 モチコは鍋を、ミライアとモチコのあいだの床に置いた。


「この時期の新じゃがは、皮のまま食べても美味しいと思います。剥いてからでも、お好みでどうぞ」

「よし、さっそく頂くとしよう」


 ミライアは鍋からジャガイモをひとつ手に取り、手で皮を剥こうとしている。

 皮の部分は触れる程度に冷めていたが、内側はまだ熱く「あちっ」という声が聞こえた。

 そのあと、どうやら皮を剥くのは諦めたらしく、皮ごとかぶりつき始めた。


 モチコもジャガイモをひとつ取り、小さな口でそのままかぶりつく。

 蒸し加減はバッチリだ。

 ジャガイモは程よく柔らかくなっていて、心地よい歯ごたえで、皮ごとかぶりつくことができた。

 中はまだ熱く、噛んだ断面から、湯気とともに芋の香りが広がる。

 噛むとほくほくした食感がして、新じゃが特有のさわやかな甘味を感じられた。

 皮の香ばしさも良いアクセントだ。


 ふとミライアの方を見ると、なぜか一心不乱にジャガイモを咀嚼していた。

 右手で持っているジャガイモが、まだ食べている途中にもかかわらず、左手でも別のジャガイモを握ってスタンバイしている。

 モチコの視線に気づくと、顔を上げてひとこと。


「……ジャガイモ、美味い!」


 とても無邪気な笑顔でそう言った。


「ふふ。口に合ったなら、よかったです」


 モチコはそう答えながら、美人の笑顔というのは最強だな、と思った。

 この笑顔を、ミライアのファンクラブのメンバーに見せてあげたいものだ。

 見たらきっと絵画にして飾ったあげく、毎日祈りを捧げるんじゃないだろうか。



 ふたりでジャガイモをかじりながら、モチコは気になっていたことを質問する。


「ミライアさん……って、今後は何と呼べばいいでしょうか?」

「え? 呼び方?」

「はい。相方になるのに『ミライアさん』というのも他人行儀すぎるかと思いまして」

「なんでもいいよ。好きに呼んで」

「う、うーん……」


 好きに呼んでいいと言われても、いきなり名前を呼び捨てにするのは、落ち着かない気がする。


「じゃあ、ミライア先輩、とかですかね……」

「うん。それでいいよ」


 ミライアは本当に特にこだわりはないらしく、それよりもジャガイモに夢中だった。

 美味しそうに食べてもらえて何よりだ。


「では、先輩……。よければ私の分のジャガイモも食べませんか?」

「え、いいの?」

「はい。味に飽きてきたら、塩を振るのもおすすめです、先輩」


 そう言ってモチコは、この部屋に存在する唯一の調味料である塩の小瓶を、ミライアの前に置いた。

 ミライアはその後も、塩を振ったり振らなかったり、皮を剥いたり剥かなかったりしながら、ジャガイモを楽しんでいた。

 結局、全部で6個あったジャガイモのうち、モチコが食べたのは1個。

 残りの5個はミライアの胃袋に収まることになった。



「ごちそうさま。ああ、ジャガイモって、料理するとこんなに美味しいのか」


 満足そうにミライアが言う。


「全然たいした料理はしてないですけど、喜んで頂けたなら嬉しいです」

「さて、お腹もいっぱいになったところで、ちょっと聞いてもいいかな?」


 ミライアが少し真面目な声で言った。


(後編に続く)

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