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第九話「真名の鼓動」

翌日。

僕はまだ学院の医療区画、魔力安定室の寝台にいた。


天井は静かだが――

胸の奥では、昨日より深く沈むような痛みが続いている。


嬢は胸の内で光の揺れを抑えながら、

ずっと僕から離れようとしない。


『……昨日より、針が“生きてる”……

 レインの器を探るように動いてる……』


僕は無意識に胸を押さえた。


「……分かるよ。

 なんか……じわじわ痛みが増してる」


嬢が眉を寄せる。


『ねぇ……昨日の揺れより、次は大きいよ。

 本当に……“名前渡す時の揺れ”になるかもしれない』


じいも報告に来る。


「坊ちゃま。

 学院長は観測者側の動きを注視しておりますが、

 痕跡呪式は“通常の進行速度の三倍”で成長しております」


「三倍……?」


「はい。

 器の深さに針が順応しているのです。

 普通の人間なら、器の浅さゆえにすぐ折れるのですが……

 坊ちゃまの器は千年に一人の深度。

 それゆえ、針が“さらに奥へ”進んでいる」


(器が深いせいで……余計に悪化してる……?)


嬢は唇を噛む。


『レインの器が深いの……ほんとは良いことなのに……

 今は、呪式のほうが調子に乗ってる……』


その時、

医療区画の扉がノックもせずに開いた。


「……アークライト」


カイルだ。


昨日より険しい顔つきで、

部屋の空気に足を踏み入れた瞬間――

彼は眉間を押さえた。


「……ッ、またかよ。

 ここだけ……空気が歪んでやがる」


僕は息を飲む。


嬢が胸の中で肩をすくめる。


『……レインの周り、魔力が勝手に脈打ってるせい。

 アンタが悪いんじゃないよ……』


カイルは遠巻きに僕を睨むように見た。


「なぁアークライト。

 正直に言えよ。

 お前……何を“隠してる”?」


「隠してなんか――」


「嘘だな」


食い気味に言い切られた。


「お前、昨日から普通じゃねぇ。

 誰もいねぇ方向見て喋ってんの、何度か見た。

 廊下でも……お前の周りだけ“ビリッ”と魔力が軋むし……

 ここも……気配が濃すぎて吐き気がする」


嬢が胸の中でムッと膨れて叫ぶ。


『レインのせいじゃなくて、わたしの光が……!』


もちろん彼には聞こえない。


カイルはさらに言う。


「……昨日の執事もそうだ。

 見た目だけ普通の青年で……

 気配は化け物みたいに濃い。

 あんなのが、お前の周りに当然みたいに立ってた」


じいは後ろで無表情だが、

カイルはその存在に寒気を感じているようだった。


「アークライト……

 “俺たち普通の召喚士”とは違う領域に

 お前、足突っ込んでるだろ」


僕は否定できなかった。


嬢が胸の奥でぎゅっとしがみつく。


『……レイン……嫌われてる……

 ってこういうのなんだね……』


カイルは吐き捨てるように言った。


「……忠告してやる。

 もしお前が“あっち側”に行くつもりなら……

 俺の前からは消えてくれ。

 もう、近づくな」


そう言って乱暴に扉を閉めて出て行った。


嬢は胸の中で小さく震える。


『……レイン……

 怖いって思われたんだ……

 アンタのせいじゃないのに……』


僕は苦笑しながら答えた。


「……仕方ないよ。

 僕の器が揺れれば……周りの人は不安にもなる」


嬢は目を伏せ、

僕の胸にそっと額を寄せた。


『……レイン。

 次の揺れ――来るよ。

 カイルの反応でわかった。

 アンタの器、もう“外”にまで波が漏れてる……』


じいも深刻な声で言う。


「坊ちゃま。

 嬢の支えだけでは、もう長く持たないでしょう。

 揺れが来れば――抑えきれません」


嬢は震えた声で言った。


『レイン……

 ほんとに言わなきゃだめ?』


僕は息をのみ、嬢を見つめる。


嬢は唇を噛みしめ、

涙を堪えながら僕の胸に身を寄せた。


『……次の揺れが来たら、

 わたし……アンタに“名前”渡すから』


胸が熱くなる。


『こんなタイミング、ほんとは嫌なんだよ……?

 もっと綺麗な場所で……ちゃんと式して……

 アンタが笑ってる時に渡したかった……

 なのに……こんな苦しい時に……!』


僕はそっと胸に触れる。


「嬢……」


嬢は涙を浮かべて言った。


『でも……死なれるよりずっとまし。

 アンタを守れるなら……

 わたし、何だってする』


――その瞬間。


胸の奥で、

針が“脈打つ”音がした。


“ボウン……ッ!”


嬢が顔を上げる。


『来た……!!

 レイン、揺れるよ!!』


視界が歪み、意識が引きずられる。


嬢の声だけが、はっきり聞こえる。


『レイン!!

 次の鼓動が来たら――

 真名なまえ渡すから!!』


そして――

世界を揺らす“二度目の鼓動”が迫っていた。


胸の奥が――破裂しそうだった。


“バクンッ……バクンッ……!”


器そのものが震え、

血流とはまったく違う“別の脈動”が体の中心を揺さぶってくる。


嬢が胸へ飛び込み、

必死に光を押し返していた。


『レイン!! 意識、こっちに向けて!!

 針が……器の“核心”に届こうとしてる!!』


視界が薄暗くなり、

耳鳴りがして、

体が寝台から落ちそうになる。


僕の胸に押し当てた嬢の手が震えていた。


『お願い……耐えて……!

 わたしの光が届くまで……!』


(……嬢……)


………でも、もうだめだ。

嬢の光が届いているのに――

針はどんどん奥へ刺さっていく。


器が、軋んだ。


“ミシ……ッ”


嬢はその音に顔色を失った。


『っ……!!

 ダメ!! このままじゃ器が裂ける!!』


じいが緊迫した声で告げる。


「嬢! 坊ちゃまの器が限界値を超えます!

 光の支えだけでは……!」


『分かってる!!』


嬢はレインへ顔を向け――

震えながら言った。


『レイン……聞いて。

 わたし、もう“支えるだけ”じゃ止められない……』


目が真剣で、涙で濡れていた。


『次の大きな揺れが来たら、器……壊れちゃう。

 だから……だから……』


僕の胸元に触れながら、

嗚咽をこらえて続ける。


『レイン……

 アンタに――

 わたしの真名、渡すね』


その瞬間、

胸の痛みよりも強い“衝撃”が走った。


(……真名を……)


嬢は震えながら笑った。


『ほんとはね……

 もっと綺麗な場所で渡したかったの。

 式用の魔法陣とか……

 花とか……

 そういうの全部準備して……

 レインが、ちょっと照れながら受け取るのを……

 楽しみにしてたのに……』


涙がぽろりと落ちる。


『でも……もうそんな余裕ない。

 アンタ死んじゃうもん……

 それだけは……絶対嫌……』


僕は震える手を伸ばし、

胸の上の小さな光を包む。


「嬢……

 僕は……君を信じてるよ」


嬢は息を呑み、

その顔が崩れる。


『……レイン……』


「君が渡したいと思ってくれるなら……

 僕は喜んで受け取る」


嬢は震えながら頷いた。


『……うん……

 ありがとう……レイン……』


ーーその時。


“ドクンッ!!”


器が破裂するような衝撃が襲ってきた。


嬢が叫ぶ。


『来た!! 最大揺れ!!

 レイン、意識こっち!!

 アンタの器が今、開いたの!!』


僕の視界が白く染まる。


嬢の輪郭が溶けるように揺らぎ――

光の中で“本当の姿”が見え始めた。


透き通った髪。

涙で濡れた瞳。

繊細なのに、世界の理を抱えたような気配。


(……綺麗だ……)


嬢は泣きながら微笑んだ。


『レイン……

 聞いて……

 これがわたしの――』


光が一点に収束する。


『**真名しんめい**だよ』


嬢が口を開いた。


『――――――――』


その名が響いた瞬間。


僕の器が、

内側から“光で満たされた”。


崩れかけていた器の縁が、

真名の光で縫われ、

補強され、

深さを保ったまま新しい境地へ広がっていく。


針は弾け飛び、

胸の呪式が霧散する。


嬢は僕の胸の上にそっと降り立つ。


『レイン……

 これで……わたしはアンタの“精霊”じゃなくて……』


僕は息を吸い込み、

光の中で宣言した。


「――僕の、“あるじ”の精霊だね」


嬢の目から、涙がこぼれた。


『……うん……!

 わたし……アンタの精霊……

 アンタのもの……!

 これからずっと……そばにいるから……!』


僕は微笑んだ。


「こちらこそ……よろしくね、嬢」


光が静かに収まり、

名前契約が――完了する。


じいは深く頭を下げた。


「嬢……

 そして坊ちゃま……

 これにて、真なる契約の成立です」


だがその瞬間。


世界のどこか遠くで――

“影”が動いた。


《……真名契約の光……!》


《……主の器が目覚めた……!!》


《……回収……しなければ……》


嬢が表情を硬くする。


『レイン……

 観測者、動いた……!』


僕は胸の奥に刻まれた嬢の名を感じた。


もう――恐くない。


「来るなら来ればいい。

 嬢が僕と一緒にいてくれるなら……

 僕は負けない」


嬢は涙を拭って笑った。


『うん……主様……!』


――世界が、新たに動き始めた。


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