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第6話「揺らぐ器、近づく影」

 中庭は、静けさとはほど遠かった。


 精霊が暴走しかけた時に残した魔力の“揺らぎ”が、まだ空気の粒を震わせている。

 敏感な者ほどその異常を察し、ざわついた風のような違和感を覚えるだろう。


「アークライト! 今の反応はなんだ!」


 監視官の鋭い声が飛ぶ。

 精霊は僕の肩にしがみつき、小さな光の体を震わせた。


『やば……完全に怪しまれてる……!

 お願いレイン、変なこと言わないでよ……!』


(変なこと言うつもりはないけど……!)


 特務官が近づく。


「昨日に続き二度目だ。偶然ではあるまい。説明できるか?」


「……できません。僕にも何が起きたのか……」


 その瞬間――

 コツ、と硬い足音。


「……またお前かよ」


 振り向くと、カイルが立っていた。

 僕を見た瞬間、彼の眉間に深い皺が寄った。


「ここに来た途端、胸の奥がざわついたと思ったら……やっぱりお前だ、アークライト」


(相変わらず……いや、今日はさらに刺々しい!?)


『あー……これ、レインの“器”に反応してるね。

 めっちゃ敏感体質だよこの人』


(器……?)


『説明はあとで!』


 カイルは特務官へ向き直る。


「さっきの揺れ……“嫌な波形”がありました。

 昨日と同じ。……いや、もっと濃かった」


「ほう。何か心当たりでも?」


 問われたカイルは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……昔の“召喚暴走事件”で兄が死んだ時の波形に、少し似ていた。

 気のせいならいいけどな」


 その言葉に精霊が小刻みに震えた。


『……やっぱりレインの“器の揺れ”に気づいてたんだ、この人。

 精霊のわたしが混ざる前から』


(つまり……僕と会った初日から?)


『そう。アンタの器って、生まれつき“大きいくせに不安定”だから……

 敏感な相手には“ざわつき”として伝わるの』


(だから……ずっと冷たかったんだ……)


 カイルは僕を睨みつけた。


「お前の周りにいると……本当に気分が悪い。

 ……危険な匂いしかしないんだよ」


(本音が重い!!)


『まあ嫌われるよね〜これは』


(フォローして!?)


「カイル。お前も監視に加わってもらう」


 特務官の言葉にカイルは露骨に嫌そうな顔をした。


「……は? なんで俺がこいつの面倒を――」


「適任だ」


「チッ……」


 しかし近づき、僕の胸元を掴む勢いで言う。


「聞けアークライト。

 お前がまた変な揺らぎを起こしたら、俺が真っ先に止める。

 ……遠慮しねぇぞ」


(これ……脅しだよね!?)


『うん、完全に脅し。でもちょっとだけ優しさ混じってる』


(混じってるの!?)


「……ミーナに心配かけんなよ」


 その一言だけ声が少し柔らかく、すぐに背を向けて去っていった。


 精霊は僕の肩で深いため息をついた。


『レイン……アンタ、生まれつきの“器”が揺れてるせいで、

 カイルとは最悪の相性だよ。

 あの人、揺れを本能的に“恐怖”として感じてる』


(僕……怖がられてたんだ……)


『そう。でもアンタのせいじゃない。

 “器が大きい者の揺れ”は、敏感な人ほど怖いものなの』


 僕は返す言葉を失い、ただ精霊を見つめた。


『……名前、言おうとしたのになぁ。

 また邪魔された』


(知ってる……)


『でも絶対言うから。焦らないでね』


 その光は、夕陽に少し溶けるように揺れていた。


 中庭の喧騒が消え、風だけが通り抜ける。


 ベンチに腰掛けると、精霊は僕の手のひらへそっと降りてきた。


「……さっきの、大丈夫だった?」


『うん……でもちょっと怖かった。

 名前ってね……精霊にとってすごく重いんだよ』


「重い……?」


『うん。

 名前を渡すのは、“存在そのもの”を預けるのと同じ。

 だから……本気で信じて、覚悟してる相手じゃないと渡せない』


 精霊は胸元の光を抱くように俯く。


『レインに渡してもいいって、思ったんだけど……

 言おうとした瞬間、アンタの魔力が強く反応して……

 ちょっと暴れそうになった』


(僕のせい……?)


『違う。

 アンタの器が……“優しすぎる”の。

 名前に触れようとした時の揺れが……その……照れる……』


(照れる!?)


『黙れ! 言わせないでよ!』


 精霊は慌ててそっぽを向いた。


『とにかく、今の状態で名前を渡すと……

 わたしの波がアンタの器に強く混ざりすぎちゃう。

 だから……タイミングは、もうちょい後で』


「わかった。待つよ」


 ふっと精霊の光が和らいだ。


『ありがと。……レインは優しいね』


(……っ)


 


 その時――。


「レイン・アークライト。学院長室へ来てもらえるかな」


 柔らかいが芯のある声がした。

 魔力管理主任だ。


「昨日から“第三の観測者”が学院に入っている。

 魔力の流れを外部から観測している存在だ」


(第三の観測者……?)


『なにそれ!? やばい匂いしかしない!!』


 主任は僕をじっと見つめた。


「観測の反応は、君の周囲にだけ強く出ている。

 そして……君の魔力の“奥”に、まだ見えない層がある。

 普通の召喚士には存在しない深さだ」


『ほら……やっぱりアンタ、ただの適性ゼロじゃない』


(それは……嬉しいのか怖いのか……)


『どっちもでしょ』


 主任は優しく手を差し伸べるように言った。


「レイン君。

 君自身のためにも話を聞かせてほしい」


 精霊が僕の肩に乗り直し、ふわっと光を寄せた。


『レイン、大丈夫。わたしはアンタの味方だよ。

 名前は……絶対あとで言うから』


「……ありがとう」


 僕は立ち上がり、学院長室へ向かうその声を背に受けながら歩き出した。

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