第二話「 初めての戦い、そして十一等級の影」
ダスクハウンドの群れをすべて地に沈めた僕は、荒く呼吸しながら拳を握りしめた。
精霊が肩に乗り、ふわりと光の輪郭を揺らす。
『やるじゃん、レイン。弱虫のくせに、戦う時だけ顔つき変わるよね』
「弱虫は否定してくれないんだ……」
『フフッ、事実でしょ? でも――嫌いじゃないよ、そういうの』
挑発的で毒舌混じりなのに、不思議と胸が温かくなる声だった。
しかし、その余韻は長く続かなかった。
森の奥が――揺れた。
空気が凍りつくような静寂。
音が、匂いが、色が、消えていく。
『……やだ。来ちゃった』
精霊が僕の肩にしがみつく。
いつもの強気な声ではない。はっきりと震えていた。
「な、何……?」
『……黙ってて。息も潜めて。』
精霊の輪郭が小さく震える。
普段あれほど挑発的な彼女が、怯えている。
それだけで、ただならぬ存在が近づいていることが分かった。
森の奥の暗闇が、ゆっくりと “形のない揺らぎ” を見せた。
何も見えないはずなのに、そこに“存在”があると本能が理解してしまう。
身体の奥底から、冷たい刃物のような恐怖が走る。
「っ……!」
呼吸が勝手に浅くなる。
瞳が勝手に涙ぐむ。
見るだけで、心が折れそうになるほどの“圧”。
『……十一等級の……気配』
精霊の声が震えながら漏れた。
世界を創ったとされる階梯。
十一等級――神獣の格。
人、魔獣、精霊……そのどれとも違う。
存在すること自体が“災厄”とされる階層。
「なんで……そんなのがここに……?」
『アンタのせいだよ。
わたしと契約したことで……“器”として認識された』
「器……?」
『神獣たちはね、自分の“主”になれる人間を探すことがある。
でも普通の人類は器が耐えられなくて、触れた瞬間に魂が砕けちゃうの』
「僕は……?」
『アンタだけが例外。
わたしの魔力にも耐えるし、“干渉再現”なんて普通ありえないスキルを持ってる』
精霊は僕の胸をぎゅっと掴むような仕草を見せた。
『だから狙われるの。
上位存在はね――“適合する器”を絶対に逃さない』
背筋に冷たい汗が流れる。
その気配は、ゆっくり、しかし確実にこちらを見ていた。
全身の細胞が悲鳴を上げるような恐怖。
逃げたいのに、足が動かない。
『レイン……あれと今戦ったら、触れた瞬間死ぬよ。
見ただけで壊れる人間だっているくらいなんだから』
「……そんな存在が……なんで僕を……?」
『さぁねぇ。でも、“選ぶ”気なのかもね。
アンタみたいな、変で、弱くて、でも妙にしぶとい器を』
「弱いって言った……」
『事実でしょ。でも――』
精霊は僕の頬にふわりと触れた。
光の手が、切ないほど温かい。
『弱虫のくせに、逃げないところは……好きだよ』
心臓が跳ねた。
でも、すぐに気配が動く。
森の奥――黒い揺らぎがゆっくりと遠ざかっていく。
さっきまで圧倒していた存在感が、霧のように消えていく。
完全に消えたとき、僕は膝から力が抜けた。
「な、なんとか……なった……?」
『“今は”ね。
あのクラスが本気で来たら、アンタもわたしもひとたまりもないよ』
精霊は肩から離れ、僕の顔の前にふわりと浮かぶ。
『レイン。
アンタ、ちゃんと覚悟決めたほうがいい』
「覚悟……?」
『アンタ、もう“ただの落ちこぼれ”じゃいられないよ。
狙われるんだよ。世界に。神獣に。国家に。学院に。
アンタの体質は、それだけの価値がある』
僕は息を呑んだ。
精霊は照れ隠しのようにそっぽを向き、
『ま、安心しなよ。
アンタが嫌だって言っても――わたしは勝手に守るけど?』
「勝手に……?」
『そう。勝手に。
だって……アンタの魔力、わたし……』
そこで言葉が濁る。
「あの、わたし……?」
『な、何でもない!!』
光の輪郭がぶわっと揺れた。
どう見ても取り繕っている。
その小さな背中を見て、僕はようやく息を吐いた。
「……ありがとう。精霊のおかげで、僕……まだ立っていられる」
『い、いいの! アンタが勝手に強くなってるだけだし!!
わたしはたまたまそばにいるだけで!!』
いつもより声が裏返っている。
でも、その必死さに、僕は自然と笑みをこぼした。
「僕、強くなるよ」
『……え?』
「逃げたくない。
もう今日みたいに泣いたり、潰れたりしたくない。
だから――強くなる」
精霊は少し黙り、柔らかい光を揺らした。
『……いいじゃん、それ。
アンタにしちゃ頑張って言えてるよ』
「うん。ありがとう」
『べ、別にアンタのためじゃないんだけど!?
わたしの契約者が弱いと困るだけで!!』
完全に照れている。
森の外に向かって歩き出すと、空が白み始めていた。
夜が終わり、朝が来る。
その光の中で、精霊が肩にちょこんと座る。
『ねぇレイン……
これから大変だよ?』
「覚悟してる」
『じゃあ――よろしくね。
わたしの“最初の人間さん”』
僕は拳を握りしめた。
落ちこぼれだった少年が、
精霊と共に歩む新しい道を踏み出す。
まだ知らない――
この日が世界を揺るがす始まりになることを。




