第十二話「目覚める干渉再現」
アザリエルの白い指先が、
レインの喉元へと伸びていた。
その仕草は驚くほど優しく、
しかしその気配は“死”そのものだった。
「ねぇ主の器ちゃん。
怖くないよ?ほんの一瞬、観るだけだからさぁ」
嬢が鋭い光をまとって飛び出す。
『レインに触るなッ!!』
アザリエルはにこにこしながら嬢を覗き込む。
「おーこわいこわい。
でも嬢ちゃん、それじゃ防げないよ?
僕らの干渉、色が違うからさぁ」
背後で、レインの膝が崩れかけた。
(う、あ……ッ!
胸が……裂けるみたいだ……!)
嬢が振り返り、焦りの声を上げる。
『レイン! ダメ、器が揺れすぎてる!
さっきの交差干渉のせいで……安定が――』
その時、
背後から風もなくじいが声をかけた。
「……坊ちゃまの器が“暴れ始めて”おります。
これ以上の衝撃は、命に関わります」
嬢が目を見開く。
『じい……! なんで動かないの!?
止めてよ!!二人とも来てるのに!!』
じいは苦しそうに微笑んだ。
「申し訳ありません嬢。
今の坊ちゃまの器は……
私の力の余波すら耐えられぬ状態なのです」
レインの瞳が揺れた。
(……じい……僕を守るために……?)
セティアが柔らかく笑う。
「そうだよ嬢。
じいくんは“攻撃できない”。
坊ちゃまの器が砕けちゃうからね。
だから今のじいくんは――封じられている。」
アザリエルが指を弾いた。
「そういうこと〜!
だから今なら“観測跳躍”で近づけるんだよねぇ!」
その瞬間。
二体の最上位オーバーシアの影が――
空間から消えた。
レインは“何も見えなかった”。
移動ではない。
疾走でも瞬間移動でもない。
**彼らは “空間に存在する座標ではなく、
レインの“位置情報そのもの”を観測し、
そこに“出現した”。」**
嬢が絶叫する。
『観測跳躍……!!
やばい、じいでも追えないやつ!!』
気づいた時にはもう遅かった。
アザリエルは、
レインの真正面に立っていた。
「――つかまえた」
セティアも微笑む。
「もう逃げられないよ。
主の器……悲しまなくていい。
回収はすぐ終わるから」
嬢が結界を張るが――
黒いノイズのようにひび割れた。
『なっ……!? なんで……!』
アザリエルが笑う。
「嬢ちゃんの結界は“この世界の理論”でしょ?
僕らは“観測理論”なんだよ。
防げるわけないじゃん?」
レインの胸が激しく跳ねた。
(嬢が……押されてる……
僕は……また何もできないのか……?)
アザリエルの指がレインの喉へ触れ――
その瞬間、
レインの心臓が
一度だけ鋭く脈打った。
嬢が叫ぶ。
『レイン、触れられたら――!』
が――
レインの身体から
紅紫の光が爆発した。
重く、濃く、
嬢の魔力とも違う異質の波動。
嬢が震え声で呟く。
『……なに……この……波動……
レイン……あなた……
わたしの位階の一部を……再現してる……!?』
アザリエルが驚愕する。
「はぁ!?
ちょ……待って!?
君、人間だよね!?
なんで観測側の干渉をコピーできてるの!?」
レイン自身は理解できていなかった。
ただ胸の奥が、
嬢の真名と共鳴している。
(これ……僕の……力……?
いや……嬢の……?
でも……両方じゃない……)
嬢が叫ぶ。
『それだよレイン!
それが……あなたのスキル……
“干渉再現”!!
相手の魔力構造に触れた瞬間、
強制的に読み取って……
自分の器で“模倣”する……!!』
レインの光がアザリエルの腕を弾いた。
「おっと……!?」
セティアまで目を見開く。
「……これは……驚いた。
不完全だけど……
上位干渉を“拒絶”した……?」
レインは今にも倒れそうな身体で言った。
「……嬢に……これ以上……触るな……!」
アザリエルが一歩退く。
「……今、僕に“拒絶”した?」
セティアもため息のように呟く。
「人間がオーバーシアを拒絶……
これは前例がないね」
嬢は涙を浮かべ、震えながらレインを見る。
『レイン……!
本当に……あなたが……?』
レインは答えた。
「僕は――
嬢の主だ……!」
その一言で光がさらに強くなり、
アザリエルの影が後退する。
セティアが静かに言った。
「なら……全力で取りに行こう」
アザリエルがにやりと笑う。
「そうだねぇ。
拒絶されたなら、余計に欲しくなるし」
二体が再び“観測跳躍”を仕掛けようとした瞬間――
空間が、深い黒に沈んだ。
嬢が息を止める。
『じいが……
本気の一歩手前……!』
レインも悟った。
(じいが……怒っている……
あのじいが……本気で……!)
アザリエルとセティアの顔から笑みが消える。
「……なんだこれ」
「まさか、あなた……
“解放”する気?」
じいの声は静かで、深く、世界の底から響いた。
「――嬢の主に触れたこと。
万死に値しますな」
地面が震えた。
空が凍った。
世界が屈服した。




