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第十話「観測者の影」

レインは魔力安定室を出され、

学院長とともに学院奥の「禁書庫」へ向かっていた。


薄暗い地下回廊。

迷宮のように続く石畳の先で、学院長が立ち止まる。


「――アークライト君。

 君は、昨日の契約で“世界の均衡”に触れてしまった」


(均衡……?)


学院長は振り返らず、

重い鉄扉へ手をかざした。


「危険だが……君はこれを知る資格を得た。

 “観測者”について説明しよう」


扉が低く唸りながら開く。


中は一面、古い紙と魔力の匂いが満ちていた。

嬢が小さく震える。


『……この部屋、嫌。

 古い“観測線”の痕跡が残ってる……』


学院長は頷く。


「観測者は、

 この世界の 魔力・魂・器 を監視し続けている存在だ」


奥の机に積まれた古文書を開き、

一枚の羊皮紙を指さす。


「まず、彼らの“目的”だ」


そこには、こう書かれていた。


『器の異常値を回収し、世界均衡を維持するための存在』


“回収”。

“均衡”。


レインは息をのむ。


嬢が小声で告げる。


『レインはね……

 器が深すぎるの。

 “千年に一度”の深さ。

 だから観測者にとっては“最危険”なんだよ』


学院長はさらに資料を広げる。


「観測者の行動原理は、

 人間の倫理に基づくものではない。

 ただ一つ――

 器が均衡を壊す前に“処理する”ことだ」


処理。


人を処理する。


背筋が震えた。


学院長は淡々と続ける。


「観測者には階層がある」


羊皮紙には、三つの紋章。

上位観測者オーバーシア

下位観測者ハーヴェスター

斥候プローブ


「君を襲ったのは“ハーヴェスター”だろう。

 だが……問題は、その“上”だ」


学院長の手が震える。


「“オーバーシア”が現界すれば、

 学院どころか都市一つ壊れる可能性がある。

 それほどの位相存在だ」


嬢も頷く。


『じい以外で、あれに対抗できるのは……いないと思う』


レインは息を呑む。


(じいは……そんなものと互角なのか?)


学院長はさらに続ける。


「観測者は国家でもなく、宗教でもなく……

 この大陸の外側から“全生命の器”をチェックする組織だ。

 規模は……我々の理解を超えている」


ふと、禁書庫の空気が震えた。


まるで“誰かに見られているような”感覚。


嬢がレインの胸にしがみつく。


『……来てる……斥候が……

 レインの器の変化を探知して……この辺りを探ってる……』


学院長は声をひそめる。


「アークライト君。

 君は契約で“器の深度”を露わにした。

 観測者から見れば、

 今の君は“最高危険度のブラックラベル”だ」


(僕は……本当に狙われているんだ)


その時、背後の空気が揺れた。


じいが姿を現し、

柔らかい笑みを浮かべながらも声は冷たい。


「嬢と坊ちゃまを狙う者がいれば……

 ほんの少しだけ“静かにして”いただくだけでございます」


学院長が震えた声で言う。


「……その“静かに”で、

 世界がひとつ消える可能性があるのだがね……」


嬢が胸の中でぽつりと呟いた。


『レイン……

 観測者は“敵”じゃない。

 でも……“味方”にも絶対ならない存在なんだよ』


学院長は本を閉じた。


「これが――

 観測者オブザーバーの概要だ」


レインは拳を握りしめる。


(……僕は逃げない)


嬢の真名が胸で脈打つ。


禁書庫を出た後、学院長は小声で告げた。


「アークライト君。

 観測者は道徳では動かん。

 器の異常値だけを見て判断する。

 君が悪であろうと善であろうと関係ない。

 “存在そのもの”が危険かどうか……それだけだ」


レインは黙って聞いた。


「ただし――

 嬢との契約が成立したことで、

 観測者は“簡単に手を出せない状態”になった」


(嬢が守ってくれている……)


『もちろんだよレイン。

 わたしの主だもん』


胸の奥が熱くなる。


学院の上空が突然、黒く染まった。


風は吹いていないのに、

空が“乾いたような音”を立てて裂けていく。


嬢が震えた。


『……あれ……斥候じゃない……

 下位観測者が来てる!!

 レインの器の“揺れ”に反応して……!!』


空の裂け目から、

黒いシルエットがゆっくりと降りてくる。


人間の形に似ているが、

存在そのものが“間違っている”。


レインの足が勝手に震えた。


(動けない……空気が……重い……!)


観測者は喋った。


《……主の器……。

 真名契約……。

 回収優先度、最上位へ変更》


嬢がレインの胸から飛び出し、

怒りの声を上げる。


『レインに触るな!!』


観測者は嬢を見ても微動だにしない。


《……不可視精霊……位相判別不能……

 干渉……試行》


観測者の手が伸びる。


その瞬間――

嬢が真名の光を放った。


『レインの器に……触るなって言ってるの!!』


光が観測者の腕を弾き飛ばす。


観測者の体がわずかに揺れ、

初めて“恐怖”の波を出した。


《……位相干渉……拒絶……?

 人間が……我らを……?》


嬢は胸を張る。


『人間じゃないよ。

 わたしの主だよ』


じいが静かに前へ歩み出る。


「坊ちゃまへの干渉。

 これより先は、“無礼”と判断いたします」


観測者の姿が震え始めた。


《やめろ……その姿で近づくな……!

 存在領域が崩壊する……!!》


じいは微笑んだ。


「“少しだけ”静かにしていただきますよ」


空間そのものが捻じれた。


観測者は悲鳴も出せず、

影のように裂けて消えた。


嬢は深く息を吐く。


『レイン……これが観測者だよ。

 強いけど……

 もっと怖いのは“上位オーバーシア”……』


レインは言った。


「来るなら来い。

 嬢がいてくれるなら……

 僕は逃げない」


嬢は照れながら笑う。


『……うん。

 主様だもんね』


じいも穏やかに微笑む。


「坊ちゃま。

 ここからが本当の物語でございます」


学院長の声が震えていた。


「観測者を退けた人間など……

 歴史上、存在しなかったのだがね……」


レインの器が静かに輝いていた。

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