シークレット
ガーネットの知らない世界。
たぶん、物語ならありふれた話だろう。
愛してくれた両親が亡くなり、叔父夫婦が父の跡を継いだ途端厄介者扱いをされるなどと。
叔父は出来の良かった父が居なくなって清々したと自分を跪かせて、その上にまるで人を椅子のように腰を下ろしてそんなことを言ってきた。
それだけではなく、叔父は持っていた杖で器用に顎を持ち上げて来て、
『顔は彼女に似ているな』
舌なめずりする声に、鳥肌が立った。
叔父がずっと母に横恋慕をして、父がいない隙に手を出そうとして屋敷から追い出された話を思い出してしまったのだ。
自分は叔父にいいように扱われるのかと悔しくて、怒りが込み上げてきたのを必死に耐えた。
幸いなことに叔父は子供に手を出す気はなかったのだろうが、おそらく成長期が来たらそう言う対象にされるのも予想できた。
叔母は叔父のかつての想い人の息子というだけで自分を嫌った。食事を容赦なく抜き、貴族令息であるはずの自分に下働きの真似事をさせる。
気まぐれに食事を用意したと思ったら食事をひっくり返して駄目にしたのを這って食べろと命じてきたと思ったら実際に行う自分の頭をヒールで踏みつけてくる。
それでも食事が食べられる物であるのはましだ。
叔母はどこからか取り寄せた薬を料理に混ぜて来て、その薬で苦しむ自分を見て楽しむ遊びを繰り返した。
下剤、筋肉弛緩剤。睡眠薬。毒という名の薬の数々。
媚薬を飲まされたこともたびたびあった。もっとも成長期が来ていないから効果は期待したほどなかったようですぐに飽きていった。
生きるのに疲れていた。たぶん、死にたくなったのだろう。川に落ちたのは。別に自分から落ちたわけではなかったのだが、落ちたと気付いた時に足掻けば多分、何かに掴まって無事だっただろうけど、そんな気力が湧かなかった。
『っ大丈夫!! 助けるからっ』
だからこそ、驚いた。自分のために延ばされる手。声。ぬくもり。
両親が亡くなって以来もたらされたことないそれ。
信じていいのか裏切られないか。
信じたい気持ちと裏腹に、今まで自分を傷付けることに愉悦感を感じている人たちに囲まれていたので、信じることを警戒していた。
何か信じることが出来る理由があればまだいいと求めたのは当然だろう。【推し】というよく分からない言葉を理由にされたのにはさすがに困惑したが。
取り合えず【推し】……好きな存在に似ているからという理由ならそれを利用させてもらおうと……都合が悪くなったらこの場所から逃げればいい。偶然でも川に落ちたことで叔父夫婦と縁を切れたんだ。二回目を行うことに躊躇いは無くなっていた。
叔母のように毒を盛られたら困るからと料理を覚えた。拾った人……ガーネットはかなり馬……お人好しで毒を警戒して料理を覚えようとしているのに、
『やりたいことが見つかってよかった』
と柔らかい笑みを浮かべていた。
ガーネットの作る料理は彼女の【魂の記憶】に残っていた料理の再現らしく。知らない物が多かったが、最初食べさせられた時に毒を警戒しつつ味を確かめたので再現は可能だった。
いつでも出ていけるように彼女を利用して覚えていく知識。彼女は全く分かっていないようだが、【魂の記憶】が蘇った人間はその知識をこの世界の文明を発達させると言うことで重宝されるのだ。
流石に【魂の記憶】を持っていると偽ることは出来ないが、彼女の知識を利用すれば生活も楽になるだろう。
利用するために彼女からいろんなことを学んだが、警戒一つもせずにやすやすと教えてくる様に心配になってきた。その頃には認めたくないが【情】が生まれてきたのだろう。彼女が町に降りていくと彼女の売りに来たものを正規の値段よりも安く買いたたこうとする輩が多いので何度そいつらを脅したものか。
それなのに全くそんなことに気付いていない彼女に呆れてしまうが……見捨てることは出来なくなっていた。
それと同時に、彼女の【推し】に対する想いが不快になった。自分を通して【誰か】を見ているのが嫌だと思ったので、酒のつまみを用意して、お酒に弱いと言っていた彼女を酔い潰して、【推し】の話を聞いた。
「う~んとね~。【推し】はね~。髪の毛を肩で切り揃えていてね~。人間不信で、水魔法が得意でね~」
「ガーネットさんは【推し】と結婚はしないの?」
「あはっ。しないよ~。【推し】は拝む対象。【推し】が幸せになれるように手を貸したいけど~、そう言う対象にするのもおごかましいおこがましいというか~」
その言葉にある企みが浮かんだ。
「――じゃあ、結婚相手の希望は?」
それに対しての返答を心の中にメモしたのは当然だろう。
「ガーネットさん」
柔らかい口調で頼りがいのある男性。
一人称も僕から俺に変えた。
彼女の【推し】と被りたくないので水魔法ではなく炎魔法の腕を磨く。赤い炎よりも青い炎の方が熱が高いと聞いたのでそれを目指して。
食事は料理方法からこだわるように、ガーネットは【魂の記憶】の影響か食に対してどん欲だ。胃袋から口説けと酔っていたガーネットが言っていたから実践してみたのだ。
自分なしでは生きられないように。
「ね、ねえ、アイオライト。学園に……」
学園を進めてくるガーネットの言葉を躱し、丁重に断る。
学園に入っている間に虫がガーネットにちょっかいを出してこないとは限らないではないか。
男として意識させる。伴侶として当然の立場になる。
学園は遠回りにしかならない。
…………第一、学園の名前がガーネットの言っていた【推し】の通っていた学園の名前と同じだ。ガーネットの【魂の記憶】にある【異世界転生】の物語で好きな世界に転生するという【テンプレ】があるとか。
もし、その【テンプレ】だとしたら……。
「ガーネットさんの話だと魔王とか世界の危機に立ち向かうという世界に転生するというのもあるそうだけど、ガーネットさんの好きな【推し】の世界は学園内の恋愛だと言っていたから問題ない」
遥か古の昔には魔王という存在も勇者という存在もいたようだが、おとぎ話扱いで真実かどうかもあやふやだ。そんなのが復活する設定だったらガーネットの不安を消し去るために入学したかもしれないが、そうでないのなら放置でいいだろう。
学園の生徒達の恋愛騒動よりもガーネットの方が大事だからとその【もしも】を切り捨てたのだった。
青いけど、黒い。




