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海に還る

作者: 澄川あや

前作より恐くないです。私としてはほのぼのとしたお話だと思うのですが、書いている途中 何度も消えました。ホラー。保存って大事。

「遅くなった」

 予定では15時のフェリーで帰る予定だったが、親戚に引き止められ乗り遅れてしまった。陽がある内に帰れるのだから問題ないが、出来れば早く家に帰りたい。

 私は墓参りの為に島へ帰った。船着き場で一時間に一便しかないフェリーを待つ。島の待合室は狭いし、自販機すらないがエアコンがついているだけでも有り難い。

 瀬戸内海といえば穏やかな海、ぽっかりと浮かんだ島々。温暖な気候。およそ海難事故とは無縁の、のんびりとした美しい光景に見えるが、操舵が難しい海らしい。

 釣り人の事故もよく聞くし、漁師の事故も耳にする。

 お盆は嫌いだ。お盆の前後は特に空気が重い気がする。この時期の海は嫌いだ。潮の香りに何かが澱んだ臭いが混ざる。息がしにくくなり、胸に圧迫感を感じる。よくないものが凝縮され、引きずられそうになる。

 昔からお盆近くに水場へ近づいたらいけないと言われるのは、きっとそういう意味もあったのだと思う。もちろん、この現代社会には理解されにくいから言わないけれど。

「息苦しい」

 空気が重いせいもあるし、気が滅入っているのかもしれない。このしんどさを訴えても、きっと夏バテだと言われてしまうのは少し悲しい。

 細かい字がよく見えるとか、少し遠くまで見えている程度の差しかないのに、イタい人扱いされたり、気を引こうとしていると思われるのは辛い。けれど証明出来ないだから語らない方が正解なのだろう。

 見える人が集まっても、見え方だって人それぞれで、それが正解とか不正解とか言われるのが不思議だ。

 同じ物を見ていても、見方によって違う見え方をするのにどうして画一的に見えるのが正解になるのだろう。


「お姉さん、辛気臭い顔してるね~」

 突然、彼は私の前に立ち、話しかけて来た。動きやすそうな長袖の上下を着ている20代くらいの都会的で爽やかな男性だった。手足も長く、顔もイケメンである。なるほど、これが醤油顔かと納得する。生憎、都会的な知り合いはいないので、私は無視をし本を取り出した。だか、彼は怯んだ様子もなく私に声をかけ続ける。

「もうすぐ凪になるよ。俺は夕凪を見に来たんだ」

 夕方はまだまだ先だよと反射的に答えようとして、携帯電話を見る。危なかった。うっかり応えるところだった。外に出たら彼の興味を引くものがあるかもしれないと考え、暑いけれど外に出る事にした。フェリーの乗船開始時間はあと二十分ある。隣の島からフェリーがこちらに向かっているのが見えた。

 乗船券を用意し、叔母からのお土産をまとめ、列に並ぶ。イケメンもそれに習って並ぶ。しばらくするとゆっくりとフェリーが入り、船員と係員がロープをつないで着桟した。

 船員と係員の指示に従って降船が始まった。一階が車両甲板で二階が乗客室という昔ながらのフェリーだ。まずは車が出る。二階から降りる客に、危ないけん、ゆっくりなぁと声が響く。全員が降りたら、乗船が始まった。私は係員に券を切ってもらい乗り込む。じゅうたん席の角をキープし、本を読む。一時間の船旅なので、ゆっくり寛いでいると醤油顔のイケメンが隣にやってきた。

「お姉さん!昼の瀬戸内海もいいね!」

 彼は興奮した様子で話す。私は彼の方を見ることなく、本を読み続けた。それでも彼は怯んだ様子もなく、ご機嫌に話し続けた。気にしたら負け、私は荷物から水筒を取り出しお茶を飲んだ。ほうじ茶の香りで少しリラックスする。

「お姉さん!」

 醤油イケメンが差し迫った声で私を呼んだ途端、ゾワリと良くない感じに襲われた。

「………!」

 伸ばした左足首に長い髪が絡み付く。吐き気と恐怖が喉まで上がった。私は貴重品を荷物から取り出しポケットに入れ、懐紙に包んだ清め塩と御守りを握りしめて、フェリーの後ろの甲板へ向かう。前の甲板と違い、人がいなかった。

 昔のフェリーの甲板なので、鋼鈑に緑色の滑り止めが塗装されたものだった。少しだけなら大丈夫かな?掃除道具持ってくればよかったと反省をしながら懐紙を開く。御塩を本当に少量舐め、左肩の少し下、右肩の少し下、背中、髪が絡まったままの左足首、右足首と塩をかける。髪が怯んだ所で右手の指をピンと伸ばし、手刀を作る。

「一線、一線、一線」

 小さな声と動きで、三回、結界の重ねがけをする。髪がピクピクしながら消えた。私はウェットティッシュで塩を片付け懐紙に包む。醤油イケメンは客室の陰からこちらを伺っている気配がした。私は彼の横を素通りし、荷物のあるじゅうたん席へ戻った。足を伸ばし、お茶を飲む。

 疲れた。体力がごっそり持って行かれた気がする。

「お姉さん、ごめん。悪いとは思ってる」

 醤油イケメンは最敬礼をする。もちろん私は彼を見ない。

「俺、舞台俳優やっていて、彼女は雑誌のモデルやった時のファンで、実家に帰ろうとしたら待ち伏せされていて……」

 彼は色々と話していたが、私は疲れたので体育座りをし、膝の上に頭を乗せて少し休む事にした。

 目を閉じ、状況を整理する。


 醤油イケメンは俳優兼モデル。道理でイケメン。都会はすごい。匂いもサンダルウッドの落ち着く香りがする。爽やかで後光が差して見える。瀬戸の夕凪を見たい。

 髪の女性が苦手。憎んではいないけれど嫌っている。私を髪の女性の盾にしたいと思っている。

 髪の女性は、多分、亡くなっている。悪霊にはなっていないけれど、時間の問題。ものすごく醤油イケメンに執着している。その執着心が一線を超えないといいと思う。

 面倒だし、困る。私は何も力になれない。出来れば、その道のプロにお願いしてほしいと本気で思う。でも彼は私を盾にすることをあきらめないだろう。とりあえず、瀬戸内海の夕日でも見てもらって、お役御免になろう。夕凪になるかは知らない。


 もうすぐ本土に着桟するとアナウンスがあり、私は携帯を確認した。まだ五時で日没まではもう少し時間がある。

 本土の待合室、ターミナルは島と違い立派で、なんと飲食店もあれば、コインロッカーもある。

 私は下船してすぐにロッカーに荷物を預け、コンビニでカップ酒を買った。

 醤油イケメンは髪の女性にみつからないよう、私についてきた。私はターミナルから少し離れた砂浜で風が凪のを待つ。カップ酒(開封済)を置き、白いビニール袋を敷いて砂浜に座る私は、立派な飲ん兵衛に見えるだろう。悲しい。


 瀬戸の夕凪は多くの観光客に人気のある風景である。条件のあった夕方に風が止まることがある。風が止まり、波が止まり、海の水が鏡のように夕日を映して紅く輝く、その美しい風景が人々の心に残るのだ。

 私は早く、早くと祈った。お盆の前後一ヶ月の海は危険なのだ。特に夜は来るものではない。今だって、海から何かの強い力を感じるし、気を抜いたら髪の毛が砂浜から生える。

「帰れ」

 私は線を引き、追い返す。


 太陽がオレンジ色になった頃、彼は私の横に立った。

「昔、両親と旅行に来て感動したんだ」

 彼はそう言って泣いたあと、足元に生えてきた髪を鷲掴みし、引きずり出した。女性の姿が露になる。

「迷惑かけたし、これくらいはしていくよ。こっちは殺されたんだし、手荒だけど良いよね」

 彼は女性を引きずり海に放り投げた。砂浜に太い線が描かれる。白い手が女性を掴み、見えなくなった。

「俺も還るよ。じゃあね」

 彼は海水と砂浜の合間で手を上げて別れを告げた。

サンダルウッドは白檀です。

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