【第1章】2.その友情に押され
「よおーーーーー!ノエル!」
足取り重く歩くノエルが騎士団の演習場付近を過ぎた時、背後から明るい声と同時に勢いよく誰かが肩に寄りかかってきた。
「うわ!……なんだ、カイじゃないか」
サラサラとした綺麗な赤髪に左頬に剣の擦り跡がある、ノエルより少し歳上の青年。彼は名をカイ=フレイゼンと言う。
ノエルと同じ王国騎士団『紅牙団』に所属してる他、剣の腕は相当に強いことで知られている。
ここで騎士団を紹介しておこう。
このヴェルシオン王国には王国騎士団が四つ存在する。
まず第一に、剣と狼の紋章を背負う赤の騎士団『紅牙団』は、戦場指揮や討伐部隊など主に前線で戦う団であり、ここにノエルとカイは所属している。
そして二つ目に、盾と伝説の生き物、グリフォンの紋章を背負う青の騎士団『蒼盾団』があるが、これは王都の防衛など主に守護的役割を担う団だ。
さらに三つ目には黒蛇の紋章を背負う緑の騎士団『翠影団』がある。ここは偵察や裏任務など具体的な活動内容は知られていない四つの騎士団の中でも謎に包まれた少数精鋭の団なのだ。
最後、平和を象徴するオリーブの葉と白のユニコーンの紋章を背負うのは『白紋団』で、主に戦闘支援や医療を目的とした団で、この四つがヴェルシオン王国を守る騎士団となっている。
カイは、手応えのないノエルの反応に眉をひそめた。
「なんだとはなんだよー。今朝からいないから心配してたんだぞ?」
カイはノエルの幼馴染であり、騎士団に入団したあともこうしてノエルのことを気にかけ、話しかけてくれるのだ。
「別に、カイが気にするようなことはないよ。……あっ」
ふと、ノエルはあることを思い出した。
魔王討伐の任務を与えられたということは、当然、騎士団を脱退しないといけない。そうなると団長への断りからいろいろと手続きを踏まないといけなくなる。
どうしたらいいんだろう?とカイを横目にノエルが一人唸っていると、それを察したのかカイが言った。
「そういえば、ノエルに報告があるんだ」
「報告?」
ノエルが聞き返すと、カイはノエルから一歩下がり胸を張った。
「この度、俺、カイ=フレイゼンはなんと!紅牙団団長に就任しましたー!」
「えぇ!?」
カイはノエルよりも2つ年上のため先に入団していた。新人の頃から剣の才能を余すことなく発揮し、それが認められこの度団長に上り詰めたらしい。
「すごいな!おめでとう!カイ……じゃなくて、フレイゼン団長!」
茶化すようにニヤリと笑うノエルにカイもフフンと鼻を鳴らした。
「それともう一つ」
「何?」
カイは今度はぐっとノエルの耳元に近づき声を抑えて言う。
「お前が魔王討伐の任務を与えられた勇者の証の持ち主だってことも、さっき聞いたぜ」
「えっ?そうなの?」
「ああ。聞いた時はいろいろ驚いたけどさ、まぁ、諸々のことはこっちでやっとくから。お前は気にせず、行ってこいよ」
情報伝達の速さに驚きつつも、カイの柔軟な対応のおかげで難しい手続きは踏まずに済みそうだ。
「やっと見つけた」
すると、突然ノエルとカイの後ろから冷ややかな少年の声が聞こえた。振り向くとそこにはふわふわとしたアイボリー色の髪を持ち、騎士団の一つである『白紋団』の白い騎士服を着た少年が怪訝な顔で立っていた。
「ロシェ!」
二人が同時に彼の名を呼ぶ。ロシェと呼ばれた少年は表情を変えぬまま二人に近づいた。
「まったく。カイが団長になったって聞いたからお祝いの言葉くらいかけてあげようと思ったら……。そっちの団員の人からこれ預かったんだけど?」
そう言ってぶっきらぼうに差し出したのは紅牙団団長が身につけるマントであった。
「あ、いっけね。忘れてた」
「はぁ。カイは団長としてもう少し気を引き締めたらどうなのさ。それから、ノエル」
ロシェは今度はノエルに冷たい視線を向ける。
「君、一体いつから勇者の証なんて持ってたの?僕、一言もそんな話し聞いたことなかったんだけど?」
「あれ、ロシェも知ってるのか?」
ノエルが問いかけると、ロシェはさらに不機嫌そうにし、見せつけるかのように大袈裟にその背にあるマントを翻した。
「僕も団長になったからさ。ノエルのことは各団の団長に知らされてるんだ」
「えぇえ!?」
ノエルとカイは二人揃って声を上げた。
そう、ロシェこと、ロシュア=ユリアークは王国騎士団の一つ『白紋団』に所属する最年少の団長なのだ。そして、ノエルとカイの幼馴染でもある。
彼ら三人は幼少期から共に騎士養成所で研鑽を積んだ仲である。そしてロシェは16歳入団のところを才能を見込まれ15歳で入団し16歳を迎える今年、たった一年で団長となったのだ。
「はぇ〜……。こーのちっちゃいロシェくんが団長か」
カイがロシェの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。ロシェはそれを強くはたき落とす。
「いつまでも子ども扱いしないでくれる?実力は僕の方が上なんだから。国王陛下だって、それを踏まえて僕を団長にしたんだし」
もともとこのヴェルシオン王国は年功序列が優遇されていたが、現国王イゼルドに実権が移ると、瞬く間に実力主義へと変わっていった。しかし、ただ力を持てばいいだけではなくリーダーとしての統率力や知識量、また戦況を正しく把握する能力など総合的に見て評価される。そう言う意味では史上最年少で団長の座に着いたロシェの方が、カイよりは実力は上なのかもしれない。
「ったく、相変わらず可愛げがねーなー。そもそもお前と俺らじゃ扱ってる武器が違うんだから正確な実力なんてわからねーじゃねーか」
「ふん。魔術が剣術に劣るとでも?」
ロシェが使うのはいわゆる『魔法』で、『魔法使い』という資格の他に医療や宗教を目的とした『聖職者』という資格がある。ロシェは戦闘でも魔法をメインに使うので聖職者という肩書きは持っていない。そのため、聖職者に限定された魔法を使うことは法律違反になるが、彼が団長となった由縁はその聖職者並みの救護力にある。
負傷者への手当てのスムーズさだけではなく、後方支援魔法によりそもそもの負傷者を減らすことを彼は行ったのだ。また戦況をいち早く理解し、不利な戦いにはできる限り早く撤退するよう上官へ願い入る強さも持っている。
これらの要因が重なり、ロシェは団長へと上り詰めたわけだ。
ノエルは二人が実力がどうのと話しているところを聞くたびに少しだけ胸が痛むことに気づいた。剣の腕の立たないノエルは、彼らと同じ土俵にすら立てないのだ。そしてまた、言い争っていた二人もノエルを察すると口をつぐむ。
「……それで、ノエル」
ロシェがノエルを見る。
「君は大丈夫なの」
「大丈夫って?」
「だって、いきなり魔王を討伐しろだなんて。そもそも、魔王が本当にいるかどうかも怪しいんだし」
「そうだよな」とカイも口を開く。
「確かに世界中に魔物はいて、俺らは主にそいつらを討伐したり魔物から国を守ったりしてるけどよ、あいつらって出所不明なんだろ?」
ノエルは小さく頷く。
「ただ、国王様から聞いた話によると魔物は空間の裂け目からやってくるらしい」
「空間の裂け目?まさか、異世界からきてるって話じゃないよね」
訝しげにロシェが聞く。
「異世界かどうかわからない。でも、空間が違うことだけは確からしい。そして魔王がいると思われる亀裂から強い魔力が滲み出ているみたいで、それがここから遥か西にあるそうなんだ」
それを聞いてロシェは唇に手を当てて考え込む。
「西、か……。確か、西方の森は魔物の棲みつきやすい負の魔力が溜まっている場所があるって本で読んだことがあるけど……。そんなに確証のある情報なの?」
「ああ。それを調べたのが、あのオーディスなんだ」
「オーディス……。ん?オーディスってなんだ?」
カイが首を傾げるとロシェは露骨にため息をついた。
「なんであんな大きな機関を忘れるわけ?国際魔法秩序管理機構の通称だよ」
「んがぁー、その長ったらしい名前覚えらんないんだよなぁ」
「だーかーらー、それを覚えやすくオーディスってみんなが言ってるんでしょうが!」
ついにロシェが大声を上げる。カイはいよいよまずい顔をして謝った。
「ごめんごめん。それで、そのオーディス?がなんだっけ」
「もう、僕知らないから」
ロシェは腕組みをして顔を背けてしまった。
「ごめんってば、ロシェ。だってオーディスって魔法使いの機関だろう?そう言うの、剣士の俺にはわかんなくってさ」
その言葉にいよいよ肩を震わせたロシェに、ノエルが慌てて割って入る。
「カイ!オーディスは魔法だけの機関じゃないんだよ」
「え、そうだっけ?」
「名称に魔法秩序管理って入っているけど、その部門の中には武器関係を専門にするところだってあるんだよ。それに俺たちが騎士の資格を発行してもらったのもオーディスの資格認定局からだし……」
「もういいよ、ノエル。どんなに丁寧に説明したってカイみたいな剣士バカは三歩歩けば忘れちゃうよ」
「んな!?誰が剣士バカだ!」
「カイ以外に誰がいるのさ。ほんと、どうしてこんなのが団長になれたんだか……」
頬を膨らませて怒るカイと冷ややかに呆れ顔を見せるロシェはまさしく炎と氷を思わせる。
そして、幼少期から変わらないやり取りにノエルは思わず顔が綻んだ。
「まったく、二人は相変わらずだな」
「ノエルもだろ!」「ノエルもでしょ!」とカイとロシェは声を揃えた。
しかし、声がそろった二人は互いに目を合わせ、そして先ほどとは打って変わって、三人は吹き出した。
「俺らっていつまでこんななんだか」
一番元凶っぽいカイが笑いながらそう言った。ノエルは二人に笑顔を向けた。
「なんか、元気出たよ。ありがとう、二人とも」
先程までむくれていたロシェも、少しだけ口元を綻ばせた。カイはノエルの背中を思い切り叩き、笑いかける。
「あったりまえだろ!幼馴染なんだからな!……だけど。なぁ、ノエル。無理だけはすんなよ。」
ふと見ると直前まで笑顔だったカイはとても心配そうな顔になっていた。ロシェもそれに続く。
「そうだよ。それに魔王討伐っていうのはこの国だけじゃなくて世界中の国にも影響するんだ。そんな大役をノエル一人で……」
勝ち筋が見えないどころか、まるで先ほど任務を与えられたのが幻だったんじゃないかとさえ感じてしまうくらいに、ノエルにはまだ魔王討伐の責務を与えられた実感がない。死ぬかもしれない。いや、死ぬ確率の方が高いのは本能でわかっていた。
けれど、一度引き受けた任務を放棄するほど愚かなことはしない。また、こうして心配してくれる仲間を目の前にノエルは笑顔を見せずにはいられなかった。
「大丈夫!旅をしながら仲間でも集めるよ。それに、いざとなったら二人のことも頼りにしてるしさ」
真っ直ぐな視線を二人に向けると、カイとロシェは自身が団長であることを再認識したようにハッとした。
「ああ!」
「そうだね」
風が吹き、二人のマントが大きくなびく。その背にはそれぞれの団の紋章が大きく刻まれている。
「何かあったらすぐ呼べよ!」
「気をつけてね、ノエル」
最初にあった不安はいつの間にか消えていた。二人の後押しはこの世界の何よりも信頼のできる温かい一押しだった。
「ありがとう」
そして三人が別れた後、いよいよノエルは魔王討伐のため城を後にするのだった。