【第2章】10.秘めた想い
メルアへの疑念が増してしまい、ノエルとリラは沈黙のまま音楽室を後にした。
メルアが存在しない者だとするなら、やはり彼女は物語の中の人物なのだろうか。
「ノエル」
リラが呼び止める。ノエルは足を止めてリラを見た。彼女は真剣な顔を向けて言う。
「ここからは別行動をしよう」
「え?」
突然の申し出にノエルは思考が停止した。リラは制服のローブをひらりと翻し、背を見せる。
「わたしはわたしで調査を続ける。ノエルも、気をつけて」
「え、気をつけてって?ちょ、リラ!」
リラはノエルの制止を聞かずに、彼とは反対の方向へ歩いて行った。取り残されたノエルは伸ばしかけた手をゆっくりと下ろす。そして、拳を握った。
「気を、つけて……」
ここから先の調査は危険を伴うと、リラは示したのだろうか。
「でも、どうして」
ノエルは呟く。
「どうして君は、危険だとわかったんだ……?」
理由すら教えてくれなかった。いや、いちいち理由を聞かないとわからない自身に、ノエルは悔しそうに歯を食いしばった。
自分では彼女をサポートすることも、守ることもできない。自分は彼女よりも遥かに後ろにいる存在だ。当たり前だと思う頭の隅で、それでもやはり悔しさがあった。
ノエルは、自身が何度も屈辱を味わってきていたせいで、悔しさを表に出さないように、笑顔でいられるようにわざと振る舞っていることを自覚していた。
リラといる時はなるべく笑顔を見せて、少しでも彼女のサポートができたらと心の底で思っていたが、その関係を構築するには力も足りず、日が浅かったのだろう。無意識のうちに感じていた差を、ノエルはこの時ようやく自覚したのだった。
「腕も脳もない俺なんか、頼りないよな……」
ノエルは前髪をかきあげながら、小さく苦笑した。
「あれ、ノエルさん?」
その時、ノエルを呼ぶ別の声が聞こえた。振り返るとそこには本を片手に持つリアンセがいた。ノエルは咄嗟に笑顔を取り繕う。
「リアンセ!お疲れ様。もう今日は授業ないんだろう?」
リアンセはノエルを見て嬉しそうに頬を上げた。
「はい。今日は実技もなかったのでちょっと気が楽でした……。ノエルさんは、どこかへ?」
「あぁ……そうだ。リアンセ、メルアを見てないか?」
「メルアですか?僕も今日は見てないですけど、たぶん学院の裏にある煌見池にいますよ」
「カガミイケ……。学院の裏というと、森の?」
「そうです。森を抜けた先に綺麗で大きな池があるんです。街の景色とは違った景色が楽しめて、メルアはそこがお気に入りなんですよ」
「そうか。よければその場所を教えてもらえないかな」
「はい、それはもちろん。あ、でもそれなら一緒に行った方が早いかもしれませんね」
「え、でもリアンセはこのあと何か予定はないのか?」
「図書室に用はありますけど、全然急ぎじゃないので」
「リアンセがいいなら、お願いしようかな」
「もちろんです」
快く引き受けたリアンセに、ノエルは「ありがとう」と応えた。
学院の玄関ホールまで行くと、そこには街へ出掛けるため私服に着替えた生徒たちがたくさんいた。他の生徒たちも各々自由に午後の時間を過ごしているようだ。
「森の奥の池は人気なんです」
正面の門とは別の、森へ入る脇道を通りながらリアンセがそう説明してくれた。
「確かに、木々に囲まれた綺麗な池ってすごく居心地がいいよな」
ノエルも森の空気を吸いながらそう返す。すると、リアンセは、ふふっと笑った。
「それだけじゃないんですよ」
「え?」
リアンセは天高く伸びる大木を見上げながら言った。
「木々や水だけじゃなく、吹き抜ける風や鳥の囀り、虫の鳴き声、あらゆる自然が僕たちを癒してくれるんです。だから、人気なんです。この学院の生徒たちは血気盛んですからね」
皮肉っぽく笑うリアンセをノエルは優しく見つめて言った。
「リアンセはやっぱりすごいよ」
「え?」
「君は当たり前にある、世界の大切なことに気づける目を持っている。それは実はすごいことだよ」
そう言うノエルの横で、リアンセは視線を落とすと困ったように笑う。
「そんなこと……」
ノエルはすかさず言う。
「あっ、ダメだぞ、リアンセ。自分を否定しちゃ」
「えっ……」
リアンセは足を止めて、ノエルを見た。ノエルはニヤッと笑って言った。
「すごい、って言われたらなんて返す?」
ほらほら、と調子よく笑うノエルを見て、リアンセは顔を赤らめながら呟くように言った。
「ありがとう……ございます」
「よくできました」
ノエルは、くしゃっとリアンセの髪を掻きながら頭を撫でた。
「わっ、の、ノエルさん……!」
リアンセは恥ずかしそうに、ぎごちなく笑った。ノエルはそんなリアンセを見て、心が温かくなった。他の生徒が、すれ違い様にノエルたちを見ていく。リアンセはとうとう恥ずかしくなって、ノエルに促すように言う。
「ほ、ほら、行きましょう。……ところで、リラさんとは一緒じゃないんですね」
ドキン、とノエルはなぜだか冷や汗が流れた。別に喧嘩などしてるわけではないのに、なぜか少しだけ後ろめたい気持ちが生まれた。
「あぁ、うん。リラは別で用があってさ」
「そうですか。リラさんってちょっと話しかけづらくて、どう会話したらいいかと思っていたんですよね」
「確かに、リラって基本的にポーカーフェイスだもんね」
「悪い人ではないのはわかるんですけど、僕みたいな人見知りにはハードルの高い人です」
リアンセの言葉にノエルは思わず笑った。
「そっか。じゃあ、とっておきのことを教えてあげるよ」
「とっておきのこと?」
「うん。実は、リラはああ見えて食欲旺盛なんだ」
「ええ!?」
リアンセは驚いて声を上げる。その声に驚いて、鳥の羽ばたく音が響いた。ノエルは笑う。
「意外だろう?」
つられてリアンセも小さく口角を上げた。
「は、はい……。全然想像がつきませんね。リラさん、たくさん食べる方なんですね」
ノエルはリラとの短い旅を思い返しながら言った。
「そうだよ。リラはああ見えて、実はよく笑うし、よく食べる。……古い友だちのことも大切にしていて、感謝を忘れない人で。魔法の腕も確かだけど、剣も強くてさ。あと、他人の剣を折ったらちゃんと謝れる」
「えっ、他人の剣を?」
「あっ、いや、なんでもない。こっちの話!」
ノエルは慌てて首を横に振った。自分のいない場所で自分の失態の話をされるのはいい気持ちはしないだろう。ノエルは、あまりペラペラと余計な話をしないようにと、心に念を押した。リアンセもその様子を見て、クスッと笑うだけで追及は避けてくれた。おそらくリアンセにはおおかた、気づいているのだろう。
「それにしても、ノエルさんはリラさんのことを、とても慕っているんですね」
気を利かせてか、リアンセが話を振った。ノエルは、その言葉にまたもドキンとする。
「そ、そうか?慕ってるってほどじゃないと思うけど……。リラとは、まだ出会ってそれほど時間は経ってないし」
「えっ、そうだったんですか?それにしては仲が良いですね」
ノエルは、苦笑いをしながら頬を掻いた。
「うーん。どうだろう。仲が良い……友だちってわけではないと思う。少なくとも、リラにとっては。俺たちは、ただ目的が同じだったってだけで……」
そう言いながらノエルの歩みはゆっくりと止まった。リアンセは不思議そうに足を止めてノエルを見る。ノエルは、忘れていたことを思い出していた。
――俺たちは、友だちでも仲間でもない。ただ、俺の剣を折ったリラが、お詫びに直し屋を教えてくれただけだ。
「そうだ。今回のことが解決したら……」
依頼が完了したら、もう彼女とは共に旅をしないんだ。リラは、今回の依頼の、違和感の正体に近づいているようだった。きっと明日には解決するだろう。そうなれば、リラとの旅も――。
「明日が最後……」
「ノエルさん?」
ずっとうつむいたままのノエルを心配してリアンセが声をかけた。ノエルは、ハッと顔を上げると咄嗟に笑顔を浮かべる。
「あ、すまない。ちょっと考えごとしてた。話しの続き……なんだっけ?」
リアンセは小さく笑う。
「ノエルさん、リラさんのことがお好きなんですか?」
「えぇ!?」
今度はノエルの大声に、驚いた鳥たちの羽音が響く。ノエルは反射的にリアンセの肩を掴んで小さく低い声で言っていた。
「そういう話を男同士でするのはどうなんだ?」
「へ?そこですか?……いや、男同士でも女の子の話しはするんじゃないんですか?……したことないけど……」
「ふぅん?」
ニヤリとノエルは不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ、リアンセ」
「はい?」
「リアンセは、メルアのこと、好きなのか?」
「へぇっ!?」
リアンセは耳まで真っ赤に染めて裏返った声を出す。すれ違う生徒たちは、いよいよ「うるさいな……」と怪訝そうな顔を見せ始める。しかし、そんなことに気を回してる余裕はなく、リアンセはノエルに言った。
「そ、そんなことないです!」
「本当か〜?それにしては顔が赤すぎると思うんだけどなぁ?」
ノエルはからかうように笑った。リアンセは首を大きく横に振って無言で必死に否定を繰り返した。ノエルはその様子を見て笑う。
「ごめんごめん。リアンセが女の子の話ししていいって言うからつい」
「まったく、僕の話しなんていいじゃないですか。面白くないですし。それに……」
ふと、リアンセは顔を少し曇らせたのをノエルは気づいた。
「それに?」
リアンセはため息をつきながら言った。
「クラスの人によく言われるんです。それ。メルアが授業に出ずに僕のところにいるせいで、彼女を悪く言う人もいますし……。正直、好きかどうかなんて、外野に関係ないんだからほっといてほしいです……」
リアンセの辛そうな顔を見て、ノエルは彼の心を傷つけしまったと反射的に膝をついていた。
「すまない!」
「え、ノエルさん!?」
慌ててリアンセがノエルに近づく。ノエルは頭を下げて言った。
「君やメルアが学院からどんな目で見られているのか考えずに、無責任な話題を振ってしまった。申し訳ない」
「ノエルさん……」
自分の心と真摯に向き合ってくれているノエルに、リアンセの心は少しだけ救われた感覚を覚えた。そして、リアンセはノエルの肩にゆっくり手を置きながら言った。
「顔を上げてください。ノエルさんは、誠実な方なんですね。ひとつだけ、教えてください」
「あぁ。何でも聞いてくれ」
ノエルもゆっくり顔を上げて応える。その瞬間、リアンセは、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「リラさんのこと、お好きなんですか?」
「えぇ!?」
ぱっとリアンセはノエルから離れると「さっきのお返しです」と笑って見せた。どこまでが冗談なのかわからなかったけれど、リアンセはそこまで思い詰めている様子はなかった。
「ほら、もう少しで湖ですよ」
そして駆け出すリアンセの後ろ姿を、ノエルは、してやられたというように笑いながら見つめた。
最初に出会ったときとはまるで違うリアンセの姿に、きっと本当の彼はとても感受性が豊かで、たくさんの表情を見せてくれる子なんだろうとノエルは思った。そして、その姿はすでにメルアは知っていた。彼を魅力的に感じる気持ちを、ノエルもわかる気がした。
「ノエルさーん!」
遠くでリアンセが手を振ってる。ノエルは、手を振り返すと駆け出した。
リアンセについて少し進むと、その先は一気に視界が開け、穏やかな風が身体を吹き抜けた。
眼前には大きな池が広がっており、見上げると、池から少し離れた場所に学院が大きくそびえ立っているのが見えた。
「へぇ。ここから学院の裏側が見えるんだな」
「はい。と言ってもここから見えるところは教職員の生活棟や学院長室で、生徒が校舎から煌見池を見れる場所は少ないんです」
「つまり、ここで悪さをする生徒がいないか見張る目的があるってことだね」
「あはは……。確かに、夜中に抜け出した生徒を見つけるスピードは早いので、そうかもしれません」
ノエルは目線を学院から池へ向けた。もう日が傾き始めているせいか、生徒の数は少なく見える。ノエルはメルアの姿を探したが、目の届く範囲では彼女を見つけることはできなかった。
「メルアはいないようだな」
ノエルがそう言うとリアンセもメガネを指で押し上げながら辺りを見渡す。
「そうですね。まぁ、彼女はなんというか、神出鬼没なところがあるので、探してればあっちから来ると思いますけど……。急用だったんでしょうか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど。ちょっと彼女と話したいことがあってさ」
「そうですか。なんだか、お役に立てなくてすみません」
頭を下げるリアンセにノエルは小さく笑った。
「そんなことないよ。ここに連れてきてくれてありがとうな。……それにしても、なんだかこの景色見覚えがあるような」
「そうなんですか?」
ノエルは改めて目の前に広がる池を見つめた。最近、この景色に似た場所に来た気がする。しかし、思い返してみようとするが上手く記憶の糸は繋がらなかった。
「もしかしたら気のせいかもしれないけどね」
そう付け加えるノエルのことをリアンセは追及はしなかった。そして、リアンセはあることに気づく。
「そうだ。僕、この本を図書室に返さないといけなかったんだ」
ノエルはリアンセが抱える本を見て言った。
「そうだったね。付き合ってくれてありがとう。良ければ一緒に図書室に行こうか」
「とんでもないです。でも、ぜひ図書室までお願いします。もしかしたらそっちにメルアはいるかもしれませんし」
「あぁ……」
彼女のよく訪れる場所にどれだけ足を運んでも会えないのは、彼女はまったく別の場所にいるからだろうか。どこかで入れ違いになっている可能性や、すでにリラと出会っている可能性もある。けれど、ノエルはどこか心の奥が引っかかっている感じを受けた。
なんだか、まるで俺たちを避けているかのような……。
浮かんできた嫌な予感をノエルは振り払った。
煌見池から図書室まではだいぶ距離があり、日はすでに半分以上沈み、空はほとんど群青色に染まっていた。
「ノエルさん、ありがとうございました」
図書室で本の返却手続きを終えたリアンセは丁寧にノエルに頭を下げた。
「こちらこそ、今日はありがとう」
「結局、ここにもメルアはいませんでしたね」
「そうだな。……リラもいなくなったきりだし……」
「僕、これから寮へ戻りますがノエルさんも一緒にいかがですか?」
リアンセは、一人のノエルを気遣ってそう声をかけてくれたが、ノエルは申し訳なさそうな顔を見せた。
「誘いはありがたいんだけど、リラが心配だから彼女を探してから行くよ。悪いな」
「いいえ、わかりました。それじゃあ僕はここで……。メルアを見つけたらノエルさんに会うよう伝えておきますね」
「あぁ。ありがとう」
そうしてリアンセはお辞儀をすると図書室を出て行こうとした。その時、ある疑問が浮かんできて、ノエルは咄嗟にリアンセを呼び止めていた。
「リアンセ」
「なんでしょうか」
リアンセは足を止める。彼にずっと聞きたいことがあった。しかし、それを聞いてもいいものか……。声をかけたものの、一向に口を開かないノエルに、首を傾げる。ノエルは覚悟を決めたように、ぐっと拳を握ると口を開いた。
「リアンセの読んでいた本……満月に歌うって言う本のことなんだけどさ」
「え?はい……」
「あの本に出てくるヒロインの……メルア……っていう人物と、こっちのメルアって……似てないかと思ったこと、ない?」
「え、うーん……。たしかに、そう言われれば似てると思いますけど……」
リアンセは少し考える仕草をしたが、だんだんとほんのり頬を赤く染めていった。ノエルが疑問に思っていると、リアンセはうつむいて、限りなく小さな声で言った。
「ほ、本よりも、ずっと美しい子ですよ……」
「……!そっか、そうだよな」
ノエルがそう応えるとリアンセは「へへ……」と照れ笑いをして去って行った。
「そうだよ。彼女を偽物だって決めつけるにはまだ早い」
それはノエル自身に言い聞かせるようだった。
「それにしても、リラはどこに行っちゃったんだろう」
ノエルはもう一度、図書室を見渡してみる。二階にも足を運ぶが、人の気配はない。
考えられるとしたら学院長室だろうか?
そんなことを考え始めたことに気づくと、ノエルは慌てて頭を振った。
「リラに頼ろうとしちゃダメだ。俺は俺のできることを」
「二階に誰かいらっしゃる?」
不意に、階下から聞き覚えのある声が聞こえた。ノエルは慌てて階段まで行って顔をのぞかせる。
「すみません!います!」
そこには昨日も声をかけてきた、図書室の管理をしている老婆がいた。
「あらま!アンタ、昨日もいた子ね。まったく、本の虫になるのは止めないけど、時間くらいは守ってほしいわね」
「あの、まだ時間じゃないと思うんですけど……」
ノエルがそう言うと老婆はピシャリと畳み掛ける。
「今日は授業が早く終わる分、図書室も閉まるのが少し早まってるのよ。アンタ、先生の話し聞いてないね?まったく、若い人はこれだから」
「す、すみません!すぐに出ます!」
ノエルは急いで階段を降り、老婆の横を頭を低くして通った。その時、図書室の扉を勢いよく開く音が響き、続いてリアンセが血相を変えて飛び込んできた。
「ノエルさん!大変です!」
「り、リアンセ?」
ノエルはリアンセを見る。老婆は、いよいよ顔を怒りで歪ませ始めた。
「まっ!なんて乱暴な入り方なの!?それに、もう締める時間ですよ!さっさと出て行かないと……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ノエルは、リアンセが慌てた様子を見て異変を感じ取り、老婆を遮った。走ってきたのか、肩で荒く息をしているリアンセにノエルは声をかけた。
「大丈夫か?一体どうしたんだ?」
ノエルが顔をのぞくと、リアンセは手に持っていた一枚のメモを渡した。
「これ……さっき、寮へ行く途中で偶然メルアに会ったんです。そしたら、メルア、泣いていて……。どうしたのかと話しを聞こうとしたら、このメモを渡されて」
ノエルはメモを受け取って開く。そこには小さな字で丁寧に書かれていた。
『さよなら。今までありがとう。――メルア』
ノエルの額に冷たい汗が滲む。
「どういうことだ?どうして……」
リアンセも、呼吸を整えながら言う。
「僕にも一体何が起こってるのかわからなくて、ノエルさんならわかるかもしれないと思って」
このタイミングでメルアからのこのメッセージということは、考えられるのはノエルたちが彼女の正体を知ろうとしていることをメルアは知っているということだ。
でも……。と考えが巡る前にノエルはリアンセに聞いた。
「リアンセ、メルアがどこへ行ったかわかるか?」
「それが、声をかける暇もなく走って行ってしまって……。こんなメモを渡すってことは校舎にはいないのかもしれません」
「誰にも気づかれない場所……」
「煌見池です」
突然、静かな声が割って入った。二人は驚いて声の聞こえた方を見る。すると、そこにはいつの間にかカスティルが立っていた。彼はノエルを見つめて再度言う。
「煌見池です。」
ノエルは、眉をひそめる。
「……どうしてわかるんだ?」
この土壇場での登場。まるで裏で糸を引いているかのようで、ノエルはどこか嫌な感じを受けた。リラが彼らを疑っていた気持ちがなんとなく分かった気がする。
しかし、カスティルはいつもの明るい調子とは打って変わって、とても真剣な表情で真っ直ぐノエルを見つめている。
「煌見池に、彼女はいます」
強く、そう言った。ノエルはカスティルを見つめる。彼らには何か裏があるのかもしれない。けれど、今は彼の真剣さを信じようと、そう決め、ノエルは頷いた。
「わかった。行こう、リアンセ」
「はい!」
そして、二人は急いで図書室を後にした。
走り去る二人の背中を、カスティルは扉が閉まるその瞬間まで、しっかりと見送った。