【第2章】4.星を操る者
学院は街の中に存在しており、街のシンボルになるほどの規模を誇っている。さすが、国内最大の学校というだけある。そして、ノエルの3倍はある高さの塀が学院を囲むように建っている。
正門には『王立魔技学院』と記されている。リラはその前に近づく。
「この学校は、この塀を起点に強い結界で守られているの。だから無用心に入ることはできないんだよ」
そう言うと、リラは青銅で出来た『王立魔技学院』の文字を上から下に撫でるように触れた。
すると、文字は溶けるように消え、入れ替わるようにして中年女性の顔が浮かび上がる。女性の顔は目玉をギョロリと二人に向ける。
「うわっ」
思わずノエルは後ずさった。それを見て女性の顔は怪訝そうに眉をひそめ、歯並びの悪い口を開ける。
「アンタねぇ、それがレディに対する態度かい!?まったく、今どきの若いモンはどうしてこうデリカシーがないんだかねぇ!?」
ものすごい剣幕で文句を言う彼女に、リラは淡々とした調子で口を挟む。
「失礼、青銅の夫人。この学院の星に用があってきたの」
青銅の夫人はリラの全身を、舐めるように見た。
「アンタ、植物使いのリラだね?前にも来たことがあったねぇ。それで?隣のは?」
「あ、ノエル=フェルディアです」
「ふーん?……アンタ、冴えない騎士だねぇ。もうちょっとシャキっとしないかい、シャキっと!」
「え、あ、はい!」
ノエルは自分の名前を伝えただけなのに、自身の中身を見破られ、驚いて背筋を正す。それを見てリラはクスッと笑った。
「彼女はこの学校の門番なの。だからある程度、その人間の身分を見ることができて、悪意を持ってるか持っていないかがわかるんだよ」
「なるほど」
青銅の夫人は二人をじーっと見たあと、ため息をつく。
「はぁ。アンタら、学院長に許可取ってきてないだろう。残念だけど、アポなしは通すわけにはいかないよ」
「あら」
リラは少し驚いた声を出す。
「そっか。わたしたちが来ることを知らないのか……。ねぇ、夫人。もしかして学院長は――」
「おや。お客様ですね」
その時、門の向こうから少年の声がした。見るとそこには、美しく整った、まるで陶器のように白い肌に、青みがかった白銀の艶やかな髪の、不思議な雰囲気を纏う少年が立っていた。薄いグレーの瞳を持つ、切れ長の目の彼は、二人に優しく微笑んでいる。
リラはその少年を見ると、どこか見覚えのあるような雰囲気に小さく首を傾げた。ノエルが口を開く。
「あの、君は?」
そう聞くと、少年は右手を胸の前に当てて上品に頭を下げた。
「ただの使いです。さぁ、中へどうぞ」
その言葉に、青銅の夫人は片方の眉を上げると、溶けるように消えていき、同時に門がゆっくりと開いた。青銅は再び王立魔技学院の文字に変わる。
少年は「どうぞ」と二人を招き入れた。
二人は少年を訝しながら、言われた通り敷地に足を踏み入れる。
すると、途端に街特有の雑多な音が消え、敷地の中に学生たちが忽然と現れた。驚くノエルに少年が説明する。
「学院を取り囲む結界は内外を分けるためのものでして、外界からはこちらの様子や音は一切見えも、聞こえもしないようになっております。ただいまの時間は休み時間で、学生たちは各々自由に過ごされております」
学生たちは黒のローブを羽織っており、男子学生は赤のネクタイ、女子学生は赤のリボンを身につけている。
正門から校舎の玄関まで伸びている道は石畳で続いており、左右には学生たちが噴水を囲んで勉強や雑談、魔法の練習や剣での模擬戦などを行なっている。
ノエルはその様子を憧れの眼差しを向けた。
「いいなぁ。入学していたら俺もこんな風にしていたんだろうなぁ」
「こちらに来られるのは初めてなのですね。剣を携えていらっしゃるようですけど」
少年はノエルに言うと、ノエルは頷いた。
「ああ。俺は騎士養成所で育ったから」
「そうですか」
二人の他愛のない会話に割って入るようにリラが口を挟んだ。
「わたしたち、とある人たちに用があって来たのだけど」
「ええ。存じていますよ」
リラの言葉に、少年は静かに微笑む。
「リラ様」
「え?」
そして、少年は石畳を進み、校内へと入るための大きな門をゆっくり開けた。
「うわぁ!」
ノエルは歓喜の声を上げる。大きなガラスから日の光をいっぱいに浴びた校内は、まるで魔法のようにキラキラと輝いている。天井はどこまでも高く、ステンドグラスの色鮮やかな光を反射している。
「すごい!」
二人が天井を見上げていると、少し離れた場所から少年の声がした。
「おーい!こちらですよー」
右手側の廊下に続く手前で、少年は二人を待っていた。二人は少年のもとに行く。
「ここは広いですからね。迷子にならないよう、しっかり着いてきてくださいな」
先ほどよりも少年は明るく話す。ノエルは、雰囲気が違っていることに多少の違和感を覚えながらも、何も言わずに後に続いた。
学院は少年の言う通り、ものすごく広い建物だった。何度も角を曲がり、何度も扉を抜け、たくさんの教室を横切って行く。その途中で少年が場所の説明をしてくれていたが、正直ノエルには覚えられる気がしなかった。
入学していたら確実に迷子常習犯になっていただろうな、と内心思っていた。
「さぁ、こちらですよ」
中庭を通り抜け、階段を登った先の塔の中へ少年は入って行く。中は、上へと続く螺旋階段が巡られ、その先は暗く、闇に包まれている。
「上るには骨が折れそうだな」
ノエルがそう呟くと、少年は振り返って笑みを見せた。
「大丈夫ですよ」
そうして、少年は真ん中に伸びる太い柱の前まで行くと、人差し指で二度ほど、軽く柱の表面を叩いた。
すると、小さな四角い切り口が現れ、背中に大きな翼の生えた大鷲のような生き物の置物が中から出てきた。少年は、その置物に顔を近づけ何かをささやく。その後、ノエルとリラを見る。
「さぁさぁ、急いでこちらへ」
その言葉と同時に、塔全体が動き出すような低い地響きが聞こえ出した。少年は早足で階段に登る。ノエルとリラも続く。
「この塔には魔法がかけられているんですよ。ほら、上を見てください」
言われた通り上を見る。すると、先ほどまで暗闇が続いてた上階は深い霧で包まれ始めていた。
そして、ガタン!と強い音がしたかと思うと、突如、階段が自動で上へと動き始めた。
「すごいな」
ノエルが関心していると、隣でリラは肩をすくめた。
「セキュリティ魔法ね」
徐々に三人は霧の中へ入って行く。思わずノエルは目を閉じて息を止めたが、すぐに霧は晴れ、次に目に飛び込んできたのは魔法で作られた美しい星空だった。
「おぉ!」
一気に幻想的な空間へと変貌する。そして、三人が上りきると階段は動きを止めた。奥を見ると、星空の中にひとつの扉があった。
少年は扉をノックする。
「入りなさい」
中からしわがれた声が返ってくる。少年は二人に一礼し、扉を開けた。
ノエルはその部屋に足を踏み入れる。そして、その部屋を目にして、思わず息を呑んだ。
壁一面にはさまざまな書物でひしめき合い、星図や大きな羅針盤、天球儀など、その部屋はいわゆる『天文』に関するもので埋め尽くされている。中央には書物などを書くための広いデスクと座り心地の良さそうな椅子が置かれており、この部屋の天井部分も星空が広がっていた。
ノエルはゆっくりと中へ入り、その後に続いてリラも入る。部屋の奥の、段差を上がった少し高い位置に、窓から昼の空を眺める一人の人物がいた。
長く伸びた白髪と白いひげ。そして、星の装飾があしらわれた長いローブをゆったりと着こなしている彼は、細く小さな目をこちらに向けた。
「ヌシらは……」
リラが一歩進み出た。
「久しぶりだね。テオルダン」
テオルダンと呼ばれた人物は、リラを見て少し沈黙したあと、思い出したように言った。
「おぉ。リラか。久しぶりじゃな」
テオルダンは足元に気をつけながら、段差を降りて二人に近づいた。そして、しわだらけの手でリラの手を握る。
「おヌシは何も変わらないのぉ〜」
続いてテオルダンはノエルにも手を差し出した。
「おヌシは……」
「は、はい。ノエル=フェルディアと申します」
ノエルは手を出し握手を交わす。
「フェルディア……フェルディアというと、王国近衛兵の」
「はい。父が近衛兵として王国に務めています」
「そうかそうか」
テオルダンはとても嬉しそうに細い目をさらに細めた。
「もう会えないと思っていたよ、リラ」
「わたしも。青銅の夫人がわたしたちが来ることを知らなかったから、てっきり学院長があなたから変わったのかと思ったよ」
「え、学院長!?」
さらりと言ったリラの発言に、ノエルは驚く。そんなノエルを見てテオルダンは笑った。
「いかにも。ワシはこの学院の学院長をしているセオナス=テオルダンじゃ。いやはや、ヌシらが来るのは予見しておらんくてな。他の者に用があったのではないか?」
「あぁ、なるほど。そういうことか」
「どういうこと?」
ノエルが首を傾げると、リラはテオルダンを手のひらで示しながら言った。
「テオルダン学院長は世界でも数の少ない星の魔法の使い手・星術師なんだよ。星を使った特別な魔法を使うことができて、中には自分の少し先の未来を予測することができるの。でも、それは自分自身のことしかわからないようだね。わたしたちが用があるのはあなたではないから」
「す、す、ステラマンサー!?ウワサで聞いたことがありますが、そんな高度な魔法を使う人が本当にいたんですね」
ノエルは驚きを隠せずにそう言った。リラの言う通り、星術師は魔法使いの中でも数えるほどしかいない。
星術師は、星を読み、行く先の未来を占う占星術師の、さらに上を行く魔法使いで、星の力と自身の魔力を融合した特殊な魔法を使うことができる。
しかし、特別な力を持つため、星術のほとんどが禁じられた魔法として登録されており、使用者自身も満足に全てを使うことは許されていない事実もある。
「それに、彼はアルカ・ルメンの持ち主でもあるの」
「アルカ・ルメンというと、オーディスから与えられた大魔法使いを意味する特別な称号……」
ノエルはテオルダンの胸元に光る、金の首飾りを見た。その瞬間、反射的にノエルは片膝をついて頭を下げた。
目の前にいる老人は星の魔法を扱う上に、世界から認められた大魔法使い。ノエルは額に冷や汗を浮かべながら謝罪をする。
「も、申し訳ございません。大魔法使い様だとは知らず、無礼な振る舞いを……!」
「ノエル、大丈夫だよ」
リラが少し慌てたように言った。テオルダンはそれを見てハッハッハと大きな声で笑う。
「なんと礼儀正しい子じゃ。リラよ、ヌシは優秀な弟子を取ったな」
「いや、全然弟子じゃないから……。もう、ほら、ノエル。彼に敬意は必要ないから、立って」
「ふむ。敬意が必要ないは、ちと言い過ぎじゃなかろうか?」
あからさまにテオルダンが悲しそうな顔をすると、リラは、ジトっとした目で彼を見た。
「何?古代遺跡に不法侵入してたようなヤンチャさんを敬う必要がどこにあるって言うの?」
「リラよ、もうそれは何十年も前の大昔じゃよ……」
トホホ、と言った感じでテオルダンは肩を落とした。見た目が少女と老人は、まるで友人同士のように話す。その光景にノエルは少しだけ、不思議だな、と思った。
「して、今日は何用かね?ヌシが尋ねてくれるのは実に80年ぶりじゃろう」
「「80年!?」」
ノエルとリラが声をそろえる。あまりに長い時間会っていなかったことを知ってノエルは驚いた。しかし、ノエルはともかく、なぜリラが驚いているのだろうか?本人ではないか。
リラは目をぱちくりさせながらテオルダンに聞いた。
「え、80年って、あなた、何歳……?さすがに人間の寿命超えてない?」
「ホッホッホ」
「ま、まさか……禁術を……」
「ホッホッホ。失礼な」
リラはテオルダンの煮え切らない返事に肩をすくませると、ため息を一つ吐いた。
「まぁ、あなたは昔からそんな感じだものね。それで、今日は彼の剣を直してほしくて来たの」
「ふむ、剣か」
リラがノエルに視線を向けると、ノエルは腰の剣が収められている鞘と、懐から剣先を包んだ布を取り出す。
「あなたの使役している彼らに頼みたいの。こういうこと、得意でしょ?」
「彼ら?そういえば、さっき星に会いに来たって……」
ノエルが聞く。
「そう。彼は使役している星がいるんだよ」
「えっ、し、使役している?」
「ホッホッホ。使役などしておらんよ。あの子たちは、ワシの友人なんじゃ。それに、厳密には星ではない」
「え?」
ノエルが首を傾げると、テオルダンはノエルとリラの後ろに向かって声をかけた。
「のぉ。カスティルよ」
二人が振り返る。すると、そこには先ほどの少年が立っていた。少年はニコニコと笑みを浮かべてながら言う。
「はい。テオルダン様」
「君はさっきの」
ノエルが言うと、今度は、少年の声が背後から聞こえた。
「はい。案内役を務めさせていただきました。ノエル様」
ノエルが驚いて振り返る。すると、テオルダンのさらに後ろの方に少年が立っていた。胸に手を当てて背筋を正している。ノエルは先ほど声がした、出入り口の扉の方を再度見るが、そこにはもう誰もいなくなっている。
「瞬間移動?」
しかし、その瞬間、さらに隣から声がする。
「いいえ、瞬間移動などという」
「特別なものではございませんよ」
隣を向けば、またすぐ別の場所から声が続く。
部屋のあちこちに少年が現れては消えを繰り返し、さまざまな方向から声が聞こえてくる。
「うわわっ……」
ノエルが翻弄されていると、テオルダンはまた笑った。
「コレコレ。客人を困らせてはいけんぞ。すまんのぉ、ちとイタズラ好きで」
テオルダンが言うと、少年の声はピタリと止み、続いて彼の背後から二人の少年がひょっこりと顔を出した。
「わぁ!同じ顔が……って、双子?」
身長や体格など、全てに至るまで似ている少年が二人、前に進み出る。リラがとても怪訝そうな表情をして言った。
「なぜ人間なの」
その言葉に、少年二人は、イタズラっぽい笑みを浮かべた。一人は歯を見せて、もう一人は上品に。
テオルダンがリラに言う。
「おヌシはいろいろな知識を持った魔法使いじゃが、星に関するところはからっきしじゃのぉ」
「別に」
リラはその話はしたくないというように目を伏せる。テオルダンもそれ以上続けることはせず、二人の少年に言った。
「二人とも、挨拶を」
すると、二人はそれを合図に背筋を正すと、それぞれ片手を胸にあてる。互いの動きは一切ズレることなく正確に、そして鏡のように対となった動きをした。そして、ノエルから向かって左の少年が口を開く。
「僕の名前はカスティル」
右の少年が続く。
「僕の名前はポルセア」
そして、二人は優雅にお辞儀をし、同時に言う。
「「我らは『星獣』ございます」」
二人の白く華奢な身体がゆっくりと姿勢を正し、前を向く。その瞬間、二人の足元から光の粒子が溢れだすと、それは全身を包み、大きさを変え、やがてそこには人ではない、二頭の大きな狼が現れた。
青みがかった白銀の美しい毛並みは、先ほどまでそこにいた少年たちの美しい髪色を彷彿とさせる。
ノエルはその光景に驚きの声を上げた。
「すごい……!星獣は神話などで聞いたことがありましたが、実在していたんですね。俺、初めて見ました」
テオルダンは二匹の頭を優しく撫でる。
「彼らは本来であれば『神話の世界でのみ生きるのが役目』だったんじゃよ」
「えっ。そう、なんですか?」
「ああ。だから、今は星獣だとバレないように人間に姿を変えておるんじゃ」
「なるほどね」
そう応えたのはリラだった。
「わたしが以前会ったのはこの狼だったから。人間の姿で会うのは初めてね」
二頭は返事をするように喉を小さく鳴らすと、再び少年の姿へと変身する。左のカスティルが口を開いた。
「はい。その節は大変お世話になりました。僕らがこの世界にいることは、みんなには秘密ですからね」
「なので」と、右のポルセアが、先ほどまでとは打って変わって、冷たい表情でノエルを見つめて言う。
「このことはどうかご内密に。あなたはリラ様が連れて来た方。心配ないかとは思いますが……。万が一、お約束を守れないようですと、あなたには星の裁きを受けてもらいますよ」
ノエル様――。と、二人の少年は氷のように鋭い視線で言った。ノエルは二人から殺気を感じ、身体をこわばらせる。それにテオルダンが気づいて二人を制した。
「その辺にせんか。星の裁きなど、縁起でもない」
その言葉に二人はパッと表情を明るくし「冗談ですよ」とイタズラっぽく笑って見せた。冷たい殺気は嘘のように消えている。
「それで、お直しされたい剣を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、ああ……」
ポルセアの言葉に、ノエルは手に持っていた折れた剣を差し出した。二人の少年はそれぞれ折れた剣と剣先を受け取る。
「欠片もなるべくすべて、集めてくれていますね?」
カスティルの問いにリラが「ええ」と応える。
「彼らが直してくれるの?」
剣の様子を詳しく見ている二人のそばで、ノエルがリラに聞く。
「ええ。彼らはいわゆる『星の使い』だから、テオルダンと同じ、星の力を使えるんだよ。その中でもカスティルとポルセアが得意としているのは『物体の修復』と『修復対象の記憶を読み取る』こと」
「対象の記憶を読み取るって?」
「その物体の時間経過を辿ることができるの。あなたの剣だったら、どんな風に作られて誰の手に渡って、何故折れてしまったのか、折れてから現在までどのくらい時間が経っているかがわかる」
「へぇ」
「それがわかるから、その物体の本来あるべき姿を知ることもできるの」
「あるべき姿……」
「その物体が剣ならば『剣としてのあるべき姿』に戻せる。それ以上戻してしまうとただの鉄の塊になっちゃうからね」
「戻す……って、それって」
「そう。彼らはその物体が生み出された瞬間の時間まで、物体の時間を戻すことを修復って言っているんだよ」
「じ、時間を戻すって、そんなことが本当にできるのか」
ノエルがリラに聞くと、それに応えたのはテオルダンだった。
「人間には不可能じゃよ」
彼はノエルを真剣な眼差しで見つめた。
「魔法はイメージの世界じゃ。強く『在れ』と念じ、思い描くことで、初めて、その何もない空間にエネルギーが生まれる。強く願えば、死者を生者に変えることも、時を戻すこともできると思う者も多い。じゃが、それでもそれらが不可能なのは、それがこの世界の理じゃからよ」
「理……」
リラも同意するように頷く。
「そう。どんな魔法も、世界の『不変の性質』を変えることはできない。まぁ、でも、星術はそういう話しを超越してしまう秘術がたくさんあるようだけど」
リラが鎌をかけるようにテオルダンに言うが、彼は長い髭を優雅に撫でながら笑って誤魔化す。
「ワシが知る前にオーディスが禁術にしとるわい」
そんな三人にカスティルとポルセアは声をかけた。
「皆さま、これから修復作業に入りますよ」
「秘術ですので、テオルダン様以外はこの場からお立ち退きをお願いいたします」
そうしてノエルとリラは部屋を後にした。部屋を出る時、ノエルがカスティルに聞いた。
「どのくらいで直るかな」
「詳しい日程は僕らにもわかりかねますけど、たぶん遅くとも明後日には」
「普通の鍛冶屋なら5日はかかるのに、結構早いんだな。助かるよ、ありがとう。……あ、でも、それならどこかで宿を取らないと……」
ノエルが呟くと、それにテオルダンが反応した。
「おぉ、それなら、この学院の寮部屋を使うといい。ほとんどは相部屋になっておるが、個室もあるでの。使ってない部屋くらいあるじゃろう。そこへ泊まって行くといい。ワシから寮職員へ伝えておこう」
「なんか、やけに気前がいいんじゃない?」
リラが怪しむ様子でそう言うと、テオルダンは神妙な面持ちでノエルとリラに近づいた。
「実は、おヌシらに頼みたいことがあっての……」
その言葉にリラが「やっぱり……」と面倒くさそうな顔をする。
しかし、剣を直してくれて、さらに泊まる場所まで与えてくれるのだから、ノエルには断る理由はなかった。
「わかりました」
明らかに嫌そうな顔をするリラの隣で、ノエルは爽やかに依頼を引き受けるのだった。