第2話「秘書吉田くん ~めちゃくちゃ有能なんだけど、ちょっと辛辣すぎやしないかい?俺一応総理なんだけども…~」
~首相官邸執務室にて~
「総理、お疲れさまでした~。素晴らしい所信表明演説でしたね」
秘書の吉田くんがカップに注いだ熱い紅茶をサッと差し出してくれる。アールグレイのいい香り。一口飲む。
「憲政史上に残るんじゃないですか」
紅茶がうまい。
「お世辞はいいよ。はあ~、ほんと嫌になっちゃうよ。なんだよあの野次は。
五月蠅くって仕方がないよ。与党の連中も言ってたでしょ、あいつら。何考えてんだか…」
山盛りのクッキーのお皿をテーブルに置いて、一番小さいのをひとつ取って頬張りながら、吉田くんは微笑んだ。
「まあまあ、いつもあんなもんですよ。
それより最後の『全ての国民の皆様の、笑顔に会いたい』ってやつ、素敵でしたよ。あれ、総理が考えたんですか?」
「うん。そうだよ。ライターに頼んで入れてもらったんだ。
ママレード・ボーイってアニメ知ってるかい?あれの主題歌なんだ」
床に落ちた紙屑を拾いながら、
「知らないですよ。相変わらずオタクですね~。
じゃあ、野次のツッコミはあってるじゃないですか」
「そうだよ。あの野次はよかったんだ。誰だろうね。『笑顔に会いたい』は歌詞もいいんだよね。
焦げかけのトーストかじったら~♪
なぜか不意に胸がときめいた~♪
あ・ま・く・て、苦~い マーマレード
だけど気になる~♪」
「ずいぶんご機嫌になったじゃないですか」
拾った紙屑をゴミ箱に捨てながら、吉田くんがニヤつく。
「『マーマレード』の"ド"と、『だけど』の"だ"が重なるんだ、歌うときは。そういう歌い方になるんだよ」
時計をチラリと見て吉田くん、
「知りませんよ。そんなクソどうでもいい話。
それより総理、あと3分で岸谷前総理が来ます。きちんと対応してくださいね」
「わかってるよ…。気が重いな」
紅茶のカップとクッキーのお皿を下げながら吉田くん、
「何言ってるんですか。録音しときします?」
「うん。一応頼むよ。ばれないようにね。
あと、クッキーはもう出さなくていいよ。心が折れそうだ」
吉田くんはめずらしく少し驚いた様子で、
「はあ?もうやめちゃうんですか?
ダイエットしながらメンタルも鍛えられるから、一石二鳥だって言ってたじゃないですか。」
「そうだけども。あまりにも美味しそうだからね、そのクッキー。
目の前にあるのに食べられないなんて。このトレーニングは辛すぎるよ。負荷が高すぎる」
「なさけないな~。朝令暮改ですね。総理がそんなことでいいんですか?
でもわかりました。次からは紅茶だけにしますね。
さて、部屋の掃除も終わりましたし、あと30秒で岸谷前総理が到着します。よろしくお願いします」
「そうだな。ランチは蕎麦にしようかな。いつものお願いね。
岸谷さんも食べるかもしれないから、同じの2つで。
いや、やっぱり海老天もつけといて。ケチだと思われたら嫌だし。
吉田くんも欲しかったら頼んでいいよ。」
「わかりました。では、岸谷前総理をお部屋にお連れします」
吉田くんは微笑みながら颯爽と部屋を出て行った。