5・岸海斗という少年からの手紙。
「いやー先生、絶好調ですね!
漫画は売れてるしアニメ化もしたし、
収入もすごく増えてスマホに買い替えられたし。
次は家でも買っちゃいますか!」
アパートの部屋に呼び出した担当の木村くんが、
テンション高く話しかけて来た。
あたしは机に座り原稿用紙に向かったまま答えた。
「ううん、お金は他に使う予定があるから。」
「先生、マジメかっ!」
あっ、コレは、
ふざけた会話のやり取りしたかったパターンか。
「けど先生、前回の話もオモシロかったッスね!
イサムがイサムーンに変身しようとしたのに、
何日も履きっぱなしのパンツなの思い出して、
ちょっと躊躇するとか引きニートっぽくて良かったでッス!」
あたしは無意識に顔を上げて彼の方を見た。
若くて茶髪でチャラい感じの見た目に、
紺色スーツがチグハグなのがむしろ木村くんらしい。
「君ってさ、
意外とマジメだしあたしのファンだよね。
毎回作品の内容ちゃんと読んでくれてるもんね。」
苦笑しながら言うと、
彼は明るい茶の頭をかきながらクシャッと笑った。
「はい、ファンですよ!
だから有名漫画家になって欲しくて、
新人だった時色々言っちゃいましたが。
余計なお世話でしたよね。
先生は自分の信念を押し出して叶えちゃったんですから。」
バツが悪そうに言う彼に、
あたしは顔だけでなく体も向けて答えた。
「いいよ、良かれと思っての事だって分かってるから。」
ホッとした表情になった担当編集くんは、
サッと紙袋を4つも差し出して来た。
「ファンと言えばファンレター。
とりあえず持てるだけ持って来ました!
まだまだ会社にありますよ〜。」
大きめの袋にこんなにいっぱい…。
なんてありがたい事だろう。
あたしはそれらを受け取り、
まるでクジでも引くかのようにズボッと手を入れ、
1枚だけ取り出してみた。
裏を返して差出人を確認してみると、
拙い字で「岸海斗」と書かれていた。
子供の字だろうか。
あたしはそっとレターナイフで封を開け、
2通の便箋を取り出した。
1通目は先程の拙い字が並んでいた。
「SEI先生へ。
はじめまして、ぼくは岸海斗といいます。
今は自立しえんしせつで生かつしています。
しせつの先生がきょかしてくれたので、
えんざいヒーローイサムーンはよんでます。
ずっと大ファンでしせつに来るまえからよんでました。
心のささえで元気をもらってます。
先生、ぼくは今8さいちょっとなのですが、
1年くらい前におやをころしたらしいです。
けどおぼえていません。
おぼえていないせいなのか、
みにおぼえがないせいなのか、
ぼくにはその実かんがありません。
こんなぼくでもいつか、
イサムーンにへんしんするイサムみたいに、
自分と他人をすくえる人になれますか?
ぼくはそういう人になりたいです。
これからもえんざいヒーローイサムーンを、
おうえんしてます。」
2通目は達筆な大人の字だった。
「SEI先生はじめまして。
私は自立支援施設所長の大内と申します。
先生の作品は私も大好きで応援しております。
そして物語のテーマも良いものだと感じております。
さて、岸海斗くんの手紙は許可を出すために、
私も目を通しております。
この施設に入所している子供たちは少なからず、
心に傷を負っています。
海斗くんもその1人です。
自分や他人のため心を癒し救う決意をすることは、
更生への重要なファクターだと考えております。
もしもご迷惑でなければ、
彼の手紙へのお返事を頂けませんでしょうか?
不躾で無理なお願いかと存じますが、
どうぞご検討の程よろしくお願い致します。
お読み頂きましてありがとうございました。
住所✕✕県◯◯市〜」
目から勝手に涙が溢れ出て止めようがなかった。
あたしは心のどこかで、
自分が一番不幸なんじゃないかと思っていた。
そう思わないとやってられなかったんだ。
けれどなんて傲慢だったのだろう。
もっと辛い思いをしている子供がいたなんて。
ううん、もしかしたら生きている人間みんな、
それぞれの苦痛や困難を体験し、
日々足掻いているのかもしれない。
あたしには、
全ての人を救うことは難しいかもしれないけど。
それでも自分と今目の前で救いを求めている子供の、
助けくらいは出来るかもしれない。
難しいかもしれないが何もしないよりマシじゃないか。
「あの、先生、どうしました?」
木村くんが困った表情でこちらの顔を覗き込んで来た。
あたしは俯いていた頭をガバっと上げて、
手の甲で濡れた頬を拭いながら口を開いた。
「木村くん、
出版社で話し合いの機会を作って欲しい。
いくつか伝えなくてはいけない事や、
念のため合意を取る必要がある案件がある。」