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第七話 鎮魂(たましずめ)の鳥⑤

「ふうさ……封鎖⁉ えぇっ、出られないんですか⁉」


 緑青の目を見開いてカーヤは机に身を乗り出す。

 ギルド長は懐から取り出した葉巻を加えて、火石(かせき)を近づけた。

 葉巻から白い煙が上る。


「街道に怪我をした聖獣が出た」

「――聖獣狩り、いえ、売買のほうですか?」


 幻獣は神が生み出したものだ。なかでも聖獣は神の使者として加護を授ける存在と言われている。

 畏敬や崇拝を捧げるものが多いなか、罰当たりにも彼らを商品として取り扱う組織があるらしい。

 文献にも、子を取り戻そうとしたリンキが命を落とし、向こう五百年ほどその土地は荒野となったことが記載されている。一度足を踏み入れれば原因不明の激痛に襲われて生きながら体が腐り落ちたという。


 それが六百年ほど前にあった、聖獣売買が表面化した出来事だ。

 単に狩りが行われたのならば、これも重罪ではあるのだが、傷ついて弱った姿を見せるとは考えにくい。報復ならば傷が癒えてからするくらいの知能はある。

 しかしそれをしなかった。傷の治療を後回しにしてでも人前に出てこなければならない理由があったと考えるほうが妥当だ。


「嬢ちゃん、詳しいな。その通りだ」

「幻獣に関する書物や論文は読み漁りましたので。この街で売買が行われる予定であり、子か配偶を取り戻すために、聖獣から街へ警告かなされた、ということですか?」

「そうだ。今日中に手がかりを見つけて報告に行かなきゃならねぇ。ならねぇのに、なんだって害獣なんて出てきてやがる……!」


 全くだ。カーヤは内心同意した。

 災厄をもたらす魔獣は滅多に姿を現さない。ここ数十年、目撃例はなかったはずだ。

 それなのに、合わせたかのように出てきたのは。


「魔獣も売買の対象で、あれの子が捕らえられている……? …………まさか、そんな馬鹿なことを言いませんよね……?」


 カーヤは思いついたままに口にして、現状、否定できる要素がないことに気がつき顔色を変える。

 もしもそれが事実なら、いったいどれほどの被害がこの国に降りかかるのだろうか。

 部屋に重い沈黙が降りた。


「最悪の事態を想定しておくしかねぇな」


 乱雑に頭を掻いたギルド長は葉巻手で握りつぶし、立ち上がった。

 執務台の上にあるカス入れに葉巻の残骸を落として振り返る。


「嬢ちゃんも来い。街中をしらみつぶしにでも探さなきゃいけねぇ」

「わかりました」


 ずんずんと進んでいくギルド長の後ろを小走りで追いかける。

 二階の廊下にまで一階の喧騒が響いていた。

 ざわめきと、誰かの怒鳴り声が聞こえる。


「いつまで待たせるんだ! 赤旗に関する説明があるつったのはギルド長だろう⁉ こうしている間にもいつ聖獣の報復があるともしれねぇのに、悠長なこと言ってんじゃねぇ!」

「そうよ。ただでさえ街の封鎖で家族が不安がってるのに、その上で赤旗なんて、街が混乱一歩手前なの、わからないわけじゃないでしょう」

「うるせぇぞ、お前ら!」


 受付スタッフの男性に詰め寄っていたのは、大剣を背負った黒髪の男性と、細身の双剣を腰に佩く赤髪の女性だった。

 そんなふたりを一喝しながらギルド長が表に出た。

 カーヤもその後を追って群衆に交ざる。


「焦るのは分かるが、待ての一つくらいできるようになれ。赤旗は俺もさっき聞いて詳細の確認をとってたんだよ」


 ギルド長の目が向けられた。

 それに追従した視線がいくつも突き刺さる。


「お前、さっきの……!」

「害獣の名は言えないが、見つけたら旱魃を引き起こすやつだ。気になるやつは幻獣大全の……何巻だ」

「第三巻十八番です」

「そう、そいつを見ろ。ただし名を絶対に呼ぶな。もしお前らが声を聞いたとしても絶対に答えるな。姿を探すな。目をつけられているのはこの嬢ちゃんとその相方の二人。こんな状況でなければ彼女から提案があったようにエテ砂漠に向かう援助をするところだが、そうはいかない」

「聖獣の相手と同時にそんな厄介な魔獣も相手にしろと?」

「そうだ。今回の聖獣売買の露見にあわせたかのような害獣の出現。推測であることは否めねぇが、そういうやばい魔獣の売買も行われている可能性も念頭に置け」


 ギルド内が大きくざわついた。


「最優先はあの青いたてがみを持つ狼の子だ」

「えっ!」


 カーヤの叫びに再び視線が集まった。

 興奮を隠しきれない目でカーヤはギルド長に問いかける。


「怪我をした聖獣というのはセアナトのことなのですか? いるのですか、セアナトが!」

「知ってんのか、嬢ちゃん」

「青いたてがみを持つ狼は他にいませんから」

「その情報、どこで得た?」


 カーヤは目を瞬き、ギルド長の執務台に積み重ねられた本の山に納得した。

 分からなかったから夜通し調べていたのだろう。


「セアナトは幻獣大全に記載はありません。その存在はランテ平原近くの村に口伝で伝わる聖獣です。姿を見た者が少ないため、学術的には実在の確認ができていないも同義なのです。そのため、聖獣全書の伝承編、ランテ地方の項目にも、そういう存在がいるらしい、としか記載されていません」


 言い切るや否や、マヌエラがギルドの奥へ消えた。恐らくその情報の裏付けをとるために確認に行ったのだろう。

 ただ、彼らは時間が惜しいと言っていた。その調査を待つ時間も苦しいことだろう。それならば、先に伝えておかないことがある。


「捜索時の注意点があります。セアナトは傷ついた少年を癒やしあるいは捨てられた赤子を育てる心優しき聖獣と言われています。そして、拾い子でも子は子なので、彼女の言う“子”が狼とは限りません」

「まじか」

「あの子、まさか全部覚えてるのか?」

「幻獣大全でも五巻あるだろ、あれ以外にも覚えてるとか化け物だろ」


 囁きあう声がいくつも聞こえた。

 今はそんなことに気をとられている時間はないのに。


 今まさにこのときも幻獣たちが苦しんでいるのかも知れないと思うと、怒りがふつふつと湧いてくる。


 ぱん、と乾いた音にカーヤははっと我に返った。

 両手を打ち合ちならした音に静寂が戻り、視線がギルド長に集まる。


「こっちでも確認は行うが、それを待ってる時間は惜しいだろ。聖獣がいると言ったのなら、この街に確実にいる。説明は言っていると思うが、最低でも二人で行動しろ! 見つけたら即報告、早まった真似はするな! 聖獣の子については、そういうこともあるかもしれねぇと思って、どんな違和感も見逃すな! 馬鹿な奴らのせいで俺たちの故郷が滅ぶなんてことを許すんじゃねぇぞ!」

「「「「お――――!」」」」


 気合いの入った幾重の叫びが空気を震わせた。


「シャルル! セリーヌ! いるか!」


 瞬く間に建物から人がいなくなるなか、人の流れに逆らってひと組の男女が前に出た。

 大きな斧を背中に背負う、筋骨隆々とした女性が、腕を組んで真正面からギルド長を見据える。


「なんの用だい、ギルド長」

「厄介事でしょうか」


 柔和な笑みを浮かべて、物腰やわらかに男性が問う。

 今後についてギルドと相談すべく残っていたカーヤは手招きをされて、とことことギルド長に近づいた。


「こいつの依頼に同行を頼むわ」


 その言葉にカーヤは二人を見た。二人もカーヤを見る。 

 たしかに、この男性の穏やかさならば、突然教会にお邪魔して話を通すにしても印象が良いはずだ。そして女性のたくましさは、キオラモンが生まれるきっかけとなった遺体の回収と運搬にはうってつけと言えよう。


「お二人が引き受けてくださるならば有り難い話ですが、よろしいのですか?」


 カーヤはギルド長に視線を戻して訪ねた。

 彼はひとつ大きく頷いた。


「かまわねぇ。魔獣聖獣問わずなら、そのキオラモンも捕獲の対象になり得る。万が一を考えて、大人数での対応をしろ」

「なるほど。――そう言う意味では私も相方も囮にはなれますね」


 カーヤの一言にギルド長がすぅっと目を細めた。

 思い至らなかったわけではないようだ。


「それは最終手段だ」


 忌々しげに告げられた言葉に、カーヤは確かに、と頷いた。

 手を打てる手段があるうちは、手札は一つでも残しておくべきだ。


「だが、念のために通れるようにお前には手紙をしたためおく。なにがどう転ぶかわからねぇからな」

「それならば、キオラモンのことが片付きましたら、私たちはセアナトのもとに向かいます」

「事情は把握しました。お嬢さん、なにもそう自らを犠牲にしようとする必要はありませんよ」


 やわらかな口調で窘める男性にカーヤは首を横に振って否定する。

 そして両手で頬を包んで満面の笑みを浮かべた。


「セアナトを一度見てみたいのです。叶うことなら、食いちぎられない程度に一回噛まれてみたくて。あ、爪でつつかれるでもいいんですけど」

「は……?」


 強ばった顔で男性二人が凝視してくるのに気づかず、カーヤは頬を揉んだ。

 想像しただけで頬の緩みが止められない。

 学術的に実在の確認が取れていない、文字通り幻の存在がすぐそこにいるというのに、会いに行かない理由はない。


「はははははは! 豪胆な娘だな! よろしく頼む。私はセリーヌだ」

「豪胆の一言ですませるあなたも十分に肝が据わっていますね。シャルルと申します

。以後お見知りおきを」

「カーヤです。宿にロナという相方がいますので、彼女と合流してから教会へ向かいたく思うのですが、よろしいでしょうか」


 すっと表情を引き締めたカーヤに、セリーヌが腹を抱えて笑う。

 それが不思議でならず、盛んに目を瞬かせていると、セリーヌは片手を上げて大きく深呼吸をした。


「すまない。馬鹿にしたわけではないんだが……トゥリオ、面白い娘さんの護衛は任された」

「…………すまんが、よろしく頼む」


 頭を抑えて手をひらひらと振るギルド長に深く頭を下げて、カーヤは二人とともにギルドを後にした。


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