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第六話 鎮魂(たましずめ)の鳥④

 部屋に入るやいなやカーヤは窓に近寄り、目を閉じながら光避けの布で窓を覆う。

 そして背負い鞄を下ろし、中身をベッドの上にひっくり返した。

 鞄の底から出てきた小瓶とつけペンを手に取り、紙を広げる。


 その間、ロナは燎を両手に分けて、右手の炎を消した。

 落ちた光明の中でロナはカーヤに近づいて尋ねる。


「何をなさるのです?」

「魔獣よけの香の代わり。見つかったのは私たち。だけど私たちはまだ()()()()()()()()()

「ぐぐー」


 窓の外から声が聞こえた。

 カーヤは紙に素早くペンを走らせる。


『他の人があれを見つけてるのもだめ。あっちが見つけ返したら条件は成立するらしい。だからまずは私たちから遠ざける』


 なるほど、とロナは納得した。

 誰かがグゥを見つける前に、魔獣が近寄れないようにする。

 インクで描かれていくものを見てロナが息を飲んだ。


「わたくしはなにも見ておりませんわ」


 そう言葉にして、ロナは紙を照らすよう差し出した手はそのままに顔を背けた。

 カーヤはちらりとロナを見上げて小さく笑う。


 やはりロナは知っているらしい。

 機密と知った以上、墓場まで持って行くのが筋なのだろう。だが、街、下手すればシェデス国を巻き込んだ旱魃になるくらいなら、カーヤは機密だろうと知識は使う。

 要は口外せず知らない人に見られねばいいのである。

 機密だとは知らなかった頃に覚えた魔動結界の魔法陣を描き終えて、カーヤはペンを置いた。


 ころころと転がるそれをロナが掴むのを横目に、カーヤは魔法陣に魔力を乗せる。

 魔法陣が淡く白い光を放った。


「ぐぅぅぅぅぅぅ!」


 苦しそうに鳴いたそれの声が、ふつりと消えた。

 カーヤは胸をなで下ろし、床に座り込んだ。

 たぶん、成功したのだろう。


「これで、ひとまずは大丈夫と思って良いのかしら」

「うん。明日の朝一でギルドに走って状況報告に行くから、ロナは宿の人に、赤旗が立つ可能性があると伝えて」


 グゥのように旱魃を引き起こし、あるいは水害を起こし、はたまた大戦を招くものが現れた時にはギルドの屋根に赤旗が立つ。

 それは、ほぼ対抗不能な魔獣が近隣にいることを街の人たちに知らしめる、各国共通の旗印だ。


「それが終わったら一度帰ってくるから、教会までは同行して、依頼を他の人に引き継がせる。その後はすぐに街を離れて、大街道をさけつつエテ砂漠に向かう。ロナ、申し訳ないけどあなたも一緒に」


 本当ならば依頼を完遂したかったが、面倒な相手に目をつけられてしまった以上、街に長居することは得策と言えない。

 エテ砂漠は生態調査及び効果範囲を確かめるために、グゥのような厄災をもたらすものの検証が行われた土地と言われている。

 数十年前にも、別の魔獣であるが、彼の地まで誘導して討伐したという記録があった。その際、農作物への被害は最小限に抑えられている。

 

 それを同じことをしようとカーヤは考えていた。

 というか、それ以外にできる対処がない。


「当たり前ですわ。私たちのせいで街の人たちを苦しめるわけにはいきませんから」

「うん。……夜明けまであまり時間はないけど、少しでも休もう」


 カーヤは鞄に荷物を放り入れる。割れ物だけは丁寧に布に何重にも包んで鞄に押し込む。

 物言いたげな視線には気づかなかったことにして、カーヤはベッドサイドに座り込んだ。


「横にならないのです?」

「横になったら起きられる気がしません」

「確かに、起こせる気がしませんわね」

「でしょう」


 朝が弱いことはカーヤ自身も自覚している。

 普段ならばともかく、この緊急事態に悠長に寝られるほどの図太い神経をカーヤは持ち合わせていない。

 被害が自分だけならば嬉々としていくらでも付き合うのだが。


「おやすみなさい、カーヤ」

「うん、おやすみ。ロナ」


 ベッドに横になったロナと就寝前の挨拶を交わして、カーヤは瞼を閉じた。








 早朝。眠い目をこすりながらカーヤはギルドに来ていた。

 昼間は姿を隠しているのだろう。あの鳴き声は聞こえない。

 近くにいないのだろうけれど、念には念を入れて、あれの名前は出さない方針でなんとか緊急事態を伝えなければならない。


 ――のだが。

 早朝と言うこともあり、ギルドの内部は混雑していた。

 受付は依頼の受注で埋まっており、人が並んでいる。あれの生態がよく分かっていない以上、あまり時間を掛けたくない。


 だが、勝手に赤旗ものの魔獣がいたからよけてくれと叫ぶわけにもいかない。

 その判断を下すのはギルド長でなければならないのだ。


 逡巡して、カーヤは背に腹は代えられないと、関係者以外立ち入り禁止、と書かれた立て札の横を通り抜けた。


「おい、嬢ちゃんが奥へ入ったぞ!」

「なんですって⁉」


 後方が騒がしくなる。

 二階へ続く階段を駆け上り左右を見渡す。

 左手に、ギルド長室と書かれた看板が天井からつり下がっているのを見つけた。


「あなた、待ちなさい!」


 階段下から聞こえた声に顔だけ振り返り、カーヤは答えた。


「罰はあとで受けます! ギルド長への緊急報告が先です!」


 廊下を走って部屋の前に立った。


「緊急といっても、手順はちゃんと踏みなさい!」


 もっともな指摘に、それでは遅いのだと心の中で返す。

 扉を拳で叩く。どんどんどん、と重い音が響く。


「ギルド長、いらっしゃいますか!」


 もう一度叩こうとした手を横から掴まれた。


「いい加減になさい!」


 カーヤはキッと女性を睨みつけた。

 目の下に隈ができているが、それでも端麗な顔立ちは顕在だった。

 だが、後ろでひとつにひっつめて丸く括られている栗色の髪が、一房ぷらんと揺れていて、いい加減に見える。


「あの混雑が捌けるのを待っていては遅いのです!」

「それはこちらで判断します。ただでさえ忙しいのに」

「朝っぱらうっせぇぞ」


 乱暴に部屋の扉が開かれた。

 カーヤとスタッフの女性は口を閉ざして顔を巡らせる。


「申し訳ございません、ギルド長」


 ぼさぼさ頭の、無精髭を生やした壮年の男だ。彼も目の下に隈を作っており、服もすこし寄れていて、疲労が滲んでいる。

 カーヤは隣の女性を一瞥した。


 ――もしかしたら、自分の報告の他にもなにか問題が生じているのかもしれない。


 二人の疲労困憊な様子にカーヤは初めて思い至った。

 すっと視線を下げると、彼女が前に組んだ手の甲に、カーヤと同じ夜間行動許可印が見える。


 害獣のこと……いや、それならばすでに赤旗が立っているか、何かしらの警告が放たれているはず。

 恐らく、夜に備えて早めに眠っている間に問題が起きたのだ。

 とはいえ、カーヤが報告しなければならないことも今後に関わる重大なものだ。


 カーヤはギルド長に視線を戻すと頭を下げた。


「早朝から申し訳ありません。単刀直入に報告しますと、昨夜、害獣に目をつけられました」

「あ?」

 

 顔を上げたカーヤは左手を胸の上に置いて、夜間行動許可印を示した。

 青灰の瞳に生気が宿り、眠たげだった顔がすっと引き締まる。


 害獣は目撃情報があればその後最低七日は監視期間に入る。討伐が確認されれば翌日にでも警戒は解かれるが、今回の相手はそもいかない。

 聞く体制に入っている今のうちに、とカーヤはたたみかけた。


「対象は私のほかに相方がもう一人。まだ見つけてはいませんが旱魃を起こす類のものです。ただ、昨日受けた依頼がまだ完遂できていないため、手の空いている者に引き継ぎたく思います」

「見つけてねぇのに、旱魃を起こすと判断した理由は?」

「幻獣大全第三巻の十八番をご覧ください。あれは見つけてはいけないのです」

「入れ。マヌエラもだ」


 男の促しに応じてカーヤはギルド長室へ足を踏み入れた。

 執務台に置かれていた分厚い書物の一つが、来客用の机にどんと置かれる。

 座れというように指し示されたソファ。カーヤはギルド長の向かいに腰を下ろした。

 マヌエラは机の横に姿勢を正して佇む。


「十八つったか。えぇっと……」

「名前は口にしないでくださいね? 昨夜の時点であれに見つかったのは私たち二人だけなので」

「あー……確かにこいつぁ()()()()()()


 ギルド長がマヌエラと呼ばれた女性を見上げて、とんとん、と紙面を指先で叩く。


「失礼します」


 隣に腰を下ろしたマヌエラは書物をのぞき込んだ。

 視線が動くごとに、先程まで取り繕われていた表情に険が滲む。


「昨夜の詳細な報告を」


 カーヤは静かに首を縦に動かし、説明をした。


 依頼内容は『一ヶ月前に家主が行方不明になった家から夜な夜な子どものような声が聞こえるため、調査及び解決を』とういものであること。

 日中に伺いましたが魔獣の姿は確認できなかったこと。

 そのため、夜に改めて向かおうと宿を出た直後、それの鳴き声があったこと。

 襲ってくるわけではなく、始終ついて来て、鳴いていたこと。


()()()()()()()()()()()()()()()、障害物のないエテ砂漠にて確認予定です」


 ギルド長がソファの背にもたれかかった。

 三秒ほど瞑目し、再びカーヤに視線を戻す。


「依頼の引き継ぎというのは?」

「正体はキオラモンでした。今日の昼頃に教会に行くという話をしたので、そのあとの対処――キオラモンの案内に従い、供養されていない遺体の発見と、その供養をお願いします」

「そいつぁ、ずいぶんと珍しいやつがいたもんだ」

「はい。その個体は人語を話すことはできませんが、こちらの言うことを理解できる知能はあるようでした。魔獣化して間もないのかもしれません」

「なるほどな。マヌエラ、赤旗を掲げろ。今下にいるやつらには後で俺から説明するから留めておけ」

「承知致しました」


 立ち上がって頭を垂れたマヌエラが足早に退室する。

 それを見送ったカーヤはギルド長に視線を戻した。


 顔に更なる疲労を滲ましたギルド長が、深くため息をつく。


「嬢ちゃん、悪い知らせだ。昨日の夕方からこの街は封鎖中だ」

「――へ?」


 予想だにしない情報にカーヤは間抜け面を晒した。


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