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第四話 鎮魂(たましずめ)の鳥②

 かちゃんと鍵は簡単に開いた。鍵を背負い鞄に収めてドアを引くが、歪んで傾いた扉は簡単には動かない。


「鍵がなくても十分に防犯になるね、これ」


 そう感想を述べながらカーヤは扉を上に持ち上げ、少しずつ引いていく。

 途中からロナも手伝い、時間を掛けてようやく出入りできるほど開いたところでカーヤは室内を伺った。


 ――魔獣の気配はない。


 ゆっくりと家の中に足を踏み入れる。

 屋根や壁の隙間から差し込む光が埃まみれの屋内を照らした。

 床には絵の具の塊が落ちて固まったものや、踏まれて足跡の一部を残しているものもある。絞り出された絵の具は床にうち捨てられて散乱していた。物置台には瓶がおかれていた。それに入っている何十本もの絵筆には、絵の具がこびりついている。家財は最低限しかなく、中央にぽつんと残るイーゼルが印象的だった。


「アトリエ、のようですわね」


 後から入ってきたロナが呟く。

 カーヤはぐるりと室内を見渡して首を傾けた。


「モラキーキもウブニーラもないとは思っていましたが、これはガルポタスイートでもなさそうですね」

「どうしてそう言えるのです?」


 ロナの問いにカーヤは解説した。

 モラキーキは働き者には願いをかなえ、怠け者は餌として喰らうという性質が有名だが、それ以上に彼らは機織りに対する関心が強い。アトリエであったこの場所にはあまり長くは留まらない。

 ウブニーラは家人のいない間に人間の手助け、対価として食べ物を貰う妖精だ。だから家人のいない家に居続ける意味がない。


 消去法でガルポタスイートが最有力候補、なのだが。


「彼らの仕業にしては、埃に(まみ)れすぎているの。悪戯好きの彼らがいるのなら、ここまで均等に室内が埃っぽくない。あと、部屋に入った直後から物が飛んでくるとか音が鳴るとか、ぱたぱた走る音がするとか、絵の具で天井に足跡をつけるとか、なにかしらの反応がある」

「ありませんでしたわね」

「そう。だから多分違う。夜な夜な、ということは昼間は問題ないってことだったらしい。夜行性で子どもの声を出すような子、という条件の魔獣なんていたかなあ……」

「日中は余所へお出かけしている可能性は?」


 ロナの問いにカーヤは腕を組んで首を傾けた。

 可能性としては否定しきれない。その場合、日中は余所へ行って夜には還ってくる習性がある、ということになる。残念ながら、帰巣本能があるような子はいなくはないが、子どもの声という条件に当てはまらないのだ。


「あり得る。残っていた街中の依頼はこれだけだったから、それなら日中は声がしても問題はない子だね。これの依頼日は半月前だし、調査したけど詳細不明で差し戻された……にしては夜を待てば会えるわけで。どうして残ってるんだろう。食われたという話もなかったし」

「夜は幻獣たちの時間。不用意に外へ出ない。世界共通のルールですわよ」

「あ」


 カーヤはすっと視線を逸らした。


「いつまでも部屋にいても仕方ないし、一回外に出ようか」

「狩人の特例を利用して外にいましたのね、あなた。実力ある者でも好んで出歩かないというのに。まぁ、私も国を出るまでただの慣習としか思っていなかったのですが」

「あはははは」


 その通りです。

 心の中で同意しながら外へ出る。

 時間を掛けて再び出入り口を閉じて鍵を掛けて、カーヤはロナに向き直った。


「ロナはどうする? 私はギルドに戻って夜間行動許可印を貰ってくるけど」

「ともに参ります」

「勇敢だねぇ」


 感心したように何度も頷くカーヤを、ロナは怒ったような顔をした。


「あなたが心配だからです。そのまま魔獣の餌になりそうで」

「大丈夫だよ、今回の子が分かれば条件満たして食われかけてみるだけだから」


 ロナの心配を余所に、カーヤはあっけらかんと頷いた。

 目をつり上げたロナがきっと相方を睨みつける。


「それをやめなさいと言っても聞かないでしょうからついていくのです。お目付役のようなものですわ」

「わかった。ロナのことは守るよ」

「そのような絵空事は、まず自分の事を守ってから言ってくださいませ」


 手厳しいね、とカーヤはけたけたと笑い、廃屋から離れた。


 ギルドで許可印を手の甲に施して貰ってから宿に戻って女将に説明し、夜に備えて仮眠をとる。

 そして、日の入りが過ぎて辺りが真っ暗になった頃、二人はそっと宿の裏口から外へ出た。

 月はまだ空に昇っておらず、辛うじて家から零れ落ちる光でなんとなくの雰囲気は把握できるが、動くには心許ない。


 ロナは大きく深呼吸をすると、胸の前で宙をしたから支えるように手のひらを添える。その左手の甲には複雑な魔法陣が淡く光を放っていた。


「火神よ、その御手に希い給うは、一灯の導き――神火・(かがりび)


 詠唱が終わると同時に、手のひらの少し上にふわりと炎が灯った。

 こぶし大の炎が周囲を淡く照らしだす。


「ありがとう、ロナ。私は火属性魔法は使えないので」

「適材適所ですわ。行きましょう」


 炎を持つ左手を空へ向けたまま、ロナは慎重な足取りで表通りに出た。

 その横をカーヤが並んで歩く。


 ぐー。ぐー。ぐぐっ。


 上から聞こえた声に、カーヤは硬い声音で早口に告げた。


「ロナ、この声には絶対反応したらだめだからね」

「声、というとこの」

「だめっ! ――あれは私たちを見つけてる。あいつを見つけ返したら、あいつは辺り一帯に旱魃を起こす。魔獣の中でも厄災を振りまく害獣だよ」


 ロナが息を飲んだ。

 幻獣の中には、稀に、条件を満たすと旱魃や水害など、厄災を引き起こすものがいる。

 数は決して多くないが、本来ならば天界の住人にしか許されない天候への干渉を、彼らはどういう理屈でか引き起こす。


「呼び声は、あれの名前だから。名を呼べば、見つけ返したも同じ。だから、絶対に口にしたらだめ」

「わかったわ。ほかに気をつけることはあるかしら」

「声が聞こえてなくても油断しないこと。傍に潜んで見つけるのを待っている可能性がある。もし見てしまったら、見てない振りをする。少しでも反応を見せれば、それは見つけ返したと見なされる」


 ロナは頷いて、炎に照らし出される硬い顔をしたカーヤに視線を送った。


「魔獣だ、と喜ばないのね」

「だってあれ人間は食わないし」


 見たら旱魃が起こるため、生態が不明瞭だが、それでも人食いではないことだけは確かなのだ。食われかける体験もできないやつに絡まれるのは想定外だった。

 その不満を隠そうともしない拗ねたような返答に、ロナが思わず問い返した。


「そこなの?」

「一応ちゃんと、被害が甚大すぎるから責任を負いたくないっていう気持ちもあるよ」


 前置きに一応ちゃんとという言葉がある時点で、その感情が僅かながらにしか存在しないことが明らかだ。

 ロナは、理解が困難な現実に困った顔をして、そして諦めた。ため息をついて前を見る。


 広場の噴水を右に曲がった。目的地まではもうすぐだ。


「他にも見られてますのね」

「そうだよ。不気味だからみんな嫌がるの。あれさえいなければ、軽率に魔獣を見に行くんだけど」

「馬鹿ですかあなたは」


 間髪入れないロナの罵倒にカーヤは素直に頷いた。


「はい、馬鹿です。自覚はあります」

「開き直らないでくださいまし」


 しょうもない話をしながら足を進める。

 ロナは視線だけで家がある右手を一瞥する。


 暗くて景色が分かりにくい。

 家のような影は見えるため、まだ街中であることに変わりはないが、判断がしづらい。


「もう少し先、でしょうか」

「どうだろう。通り過ぎててもいけないし、少し灯りを大きくできる?」

「お安いご用ですわ」


 ロナは右の手のひらを上に向けて詠唱した。


「火神よ、その御手に希い給うは、一灯の導き――神火・(かがりび)


 右手に現れた炎を、左手のそれに近づけると二つの炎は一つに融合し、一際大きく燃えさかった。

 炎の灯りが照らし出す範囲が広がる。


 左手に炎を持ち替えたロナは、家があるであろう右手に炎を掲げた。

 照らし出されたそこに生い茂る雑草が見える。

 左右に灯りを動かすと。右手、――少し後方に目的の家があった。


「通り過ぎていたみたいね」

「危ない。ロナが気づいてくれて助かったあ」


 二人して胸をなで下ろし、もと来た道を僅かばかりに戻る。

 雑草が生い茂る家の前に立ってロナが家を照らす。


「火は危ないわね。光属性が使えたら良かったのだけれど」

「ないものねだりはダメですよ。ここから先は魔動ランプで」

「きゃきゃっ」


 後ろから響く、子どものような笑い声。

 それに二人は息を飲んで固まった。




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