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第十六話 四つ目の梟④

 その鳥が生きたいたならば、何よりも目を引くのは、美しい赤い毛に覆われた顔と羽毛だ。斑模様や色彩の階調もなく、同じ色合いで彩られている。首は青色で、首と胴のつなぎ目からきっぱり緑色に分かれている。新緑や宝玉にも似た輝きはやはり美しいとしか形容しがたい。


 美しく物珍しいから、捕まえた人は知らなかったのだろう。グゥが旱魃を招くように、その雉の幻獣――セイグウが洪水を引き起こすことを。


 カーヤはセイグウの傍に膝をつき、そっと体に触れた。まだ温もりは残っているが、生命の兆候は感じられない。


 無惨にもぱっくりと切り裂かれた羽。長く白い尾も美しい毛並みも血で汚れてしまっている。

 致命傷は間違いなく切創(せっそう)によるものだ。


 横たわる体の下に手を入れて、そっと持ち上げた。ずしりと手のひらにかかる重みと力なく垂れ下がる足に、どうしようもなく胸が痛む。


「ごめんなさい、間に合わなくて」


 腕の中に収まるほどの小さな体を抱きしめてカーヤは項垂れた。

 こんなにも美しい幻獣の死は、世界にとって大きな損失である。


「……カーヤ」

「無事か!?」


 遠慮がちにかけられた声に重なって焦りを帯びた声が室内に響く。

 くたびれた服を着た壮年の男が、かたい顔でその身に似合わぬ双剣を携えて現れた。


「ギルドマスター。なぜここに?」

「うちから裏切り者が出たと報告を受けてな」


 彼は地面に縫い留められている大剣使いの男を一瞥して舌打ちした。


「お前が奴らの仲間だなんて信じたくなかったぜ、ドリス」


 黒い髪の大剣使いはきつい瞳でギルドマスターを見上げると、不意に俯いた。


「ぐ、……っ!」


 溢れた呻き声にロナははっと拘束を解除した。

 同じく苦々しい顔で大剣使いを仰向けに転がせて、ギルドマスターは怒りに任せて拳を地面に叩きつけた。


「毒まで隠し持ってやがったか……! そうとう根深いとところまで関わってやがったみたいだな」

「申し訳ありません。私の失態ですわ」


 ロナは深々と頭を下げた。

 古今東西、そういう話は往々にしてある。それは理解していたのに、対処を怠った。口の中に自害用の毒を仕込んで置くなんて真似を、まさか魔獣を狩ることを生業とする狩人がすると思ってもいなかった。


 今まで自害しなかったのは逃げられる隙があると考えていたからだろう。だが、ギルドマスターまで出てきたことで、潔く命を絶ち永遠に口を閉ざすことを選んだに違いない。


 用意周到さは彼の方が上手だった。


「いや、お嬢さんのせいじゃねぇ。俺だって、まさか違法行為に手を染めてる同僚がいると思わなかったしな」


 ギルドマスターが乱雑に頭をかいて、ふとカーヤをまた。


「そういや、なんでお前さんがここにいる? 出てったはずだろう」

「そのつもりでしたが、なにやら事情があるようで。とりあえず、あの手この手でたぶらかしてここの隠し通路から侵入してきました。そっちに三人ほど麻痺させて放置して、二つの檻に閉じ込められていた子は潜んでいる幻獣さんたちに任せてあります」

「なるほど。おい、誰か手の空いてるヤツはいるか!」

 扉の向こう側に向けてギルドマスターが叫ぶ。


「ギルマス、どうされました」


 三人の成年が急ぎ足で入室する。


「この先に麻痺してる奴らがいるそうだ。幻獣もいるかも知れないが、刺激はするな。可能なら一人くらい確保を。あと、服毒しやがったから気をつけろ」

「わかりました」


 三人が隧道へと駆け抜けていく。

 倒れている大剣使いの首根っこを持ち上げたギルドマスターがカーヤを振り返った。


「雨がいつ止むかわかるか」

「魔法の効力が切れれば止むでしょうが、いつになるかまでは……」


 言葉を濁して困ったように眦を下げる。

 険しい顔でそうか、と頷いた彼は撤収するぞ、という声とともに踵を返した。


 その背を見送って、カーヤはロナをかえりみた。


「そういえばセアナトは?」

「檻に囚われていた子たちのそばにいます」


 カーヤは不思議そうに首を傾け、思い返すように視線を上げた。


「そう言えばあの檻にキオラモンいなかったっけ……?」


 檻三つも必要なくらい幻獣の密猟をしていた。あまり人里に出てこない子も多い。常習的に活動し、集めていたのだろう。


 世の中には単に鑑賞や愛玩目的の人間もいれば、その角や内臓など滋養素材の確保、美しい幻獣ならば剥製を目的としている者もいる。


「なら、ロナにひとつ頼みたいことがあって」

「どうされました?」


 口を開いたカーヤは、しかし聞こえた足音に口を噤んだ。

 伸びている男を担いだ三人が足早に通り過ぎていく。

 部屋の向こうにも気配がないことを確認して口を開いた。


「光の神よ、闇の神よ、神々の御手に希い給うは、天地の狭間にありし櫃の鍵の解放。契約の終了をここに宣誓す――空間収納・解除」


 現れた鍵を宙の鍵穴に差し込む。

 開かれた亜空間から男性の遺体を取り出して床に置いた。

 鍵と鍵穴が粒子となって消え、空間の裂け目は瞼を下ろすように閉じられる。


「この人なんだけど」


 ロナを見上げて、カーヤは目を瞬いた。

 極限までに目を見開いて絶句している。


「カ、カーヤ……い、いま、空間収納とおっしゃいました……?」

「言ったけど……あれ、ロナに説明……説明、して、ない……かも……?」


 転移魔法は使った。婚約破棄された後、茫然自失するロナの手を取って、国境近くの街に飛んだ。それは覚えている。

 だから基本属性魔法以外の、特殊魔法――カーヤの場合、空間魔法に属するものの行使はあるていど可能だ、ただ、かなり燃費が悪いだけで。


 閑話休題。

 転移魔法は使った。幼い頃に使ってしまったから婚約を王命で成立させられたこともロナは把握していたから、てっきりそれも知っているものだと。

 じっとりと睨むロナに、乾いた笑いを零しながら視線を彷徨わせる。


「かもではなく聞いておりません。……まぁいいですわ。あとで口外しないよう魔法契約を致しましょう」

「えー……あー……うーん……やっぱりばれると面倒だよね、空間魔法」

「当たり前です。転移魔法を使ったという貴方の将来を見越して国が貴方の婚約を成立させたことをお忘れですか」


 詰問にもにた厳しい口調にカーヤは首をすくめた。


「七割くらいは忘れてます、はい」

「正直に認めれば許されるというものでもなくてよ。まったく……それで、この方は?」

「多分だけど、キオラモンの元になった方かなと。森で埋められているのを見つけて。ロナには教会の方へ弔いの依頼をお願いしたいです。……少し、一人になりたくて」


 目を伏せて、腕の中に抱く幻獣を見下ろした。

 今から野郎としていることを、彼女には悟られたくなくて、セイグウの身体を撫でる。


「……わかりましたわ。教会でお待ちしております」

「うん、ごめん」


 ロナの足音が遠ざかる。

 入れ替わるようにして宙を羽ばたく音が響き、左肩が重くなる。


 視線が痛い。

 どこまで同族意識を持っているのかは不明だが、同胞の死にはいたくご立腹らしい。


 カーヤは無言で部屋の中央に移動して腰を下ろした。

 乱れた毛並みを整えるように丁寧に何度もセイグウを撫でる。


 このままでは雨は止まらない。

 魔法の効力が続く限り、止まらない。

 出血量を見ても、恐らく発動後、魔法の行使によって事切れる前に殺されている。

 魔法の行使そのものによって失われる訳ではないのだろう。


 グゥを見つけてはいけないというように、セイグウにもなにか条件がある。ただ、幻獣に関する書物には洪水を引き起こす、としか書かれていないため情報が足りない。

 すでに当人に確認することもできない以上、当初の予定通り、試すしかないだろう。


 深く息を吐き出して、頭にたたき込んだ言葉に魔力を乗せる。


「しゆきるしえいぶつゔぉくめつまほう」


 間違えないように、慎重に慎重に言葉を紡ぐ。

 書き記された言葉は、音だけでその意味はよくわからない。習った古代語ともまた異なるように思えるが、詠唱と同じく言葉に魔力を乗せれば体内からがりがりと力が削られていくのがわかる。


「しえかいをしゆゔぇるかみよ、しえいぶるおよびぶんめいのめるしやるをしようじようしゆ」


 まだ半分だというのに、身体に倦怠感がのしかかる。

 すでに魔力を使用していた分、早く負荷を感じているのだろう。 


「るみにはゔぁるとあぐぁないをむちにはやくしやいを」


 疲労感で途切れそうになる集中力を必死につなぎ合わせる。

 ぐっと唇を噛んで大きく息を吐き出した。


 あともう少し。もう少しで、完成する。


「このみぐぁみるけられるろきまれあまねくみじゆはふへんろなりれろろまらん。あがみをもりれこれここにぐぇんしようす」


 強い眠気が体を襲う。幻獣の魔力量は人間のそれよりも多いと言われている。

 発動できただけで儲け物。あとはこれでどこまで雨が止んでくれるだろうか。

 どさりと何かが落ちる音がしたが、瞼が重くて目も開けていられない。


『……ほんとにやる馬鹿があるかってんだ』


 苦々しいグゥの声に薄く笑って、カーヤは意識を手放した。









 セイグウを抱えていた手が足の上に落ちた。項垂れて動かない人間を四つ目でじっと見つめる。


 口元はうっすらと笑っていた。なにが嬉しいのか。なにが楽しいのか。


 生まれた時には、身の破滅と引き換えに厄災をもたらす魔法を知っており、そして理解していた。

 一部の幻獣にのみ与えられている馬鹿げた魔法。なぜそれを有する者がいるのか、幻獣たちを名目上まとめ上げる王ですら知らないことだ。


 皆、そんな馬鹿げた魔法を使うつもりはないと言う。かく言う自分とてそうだ。

 だが、稀に使うものがある。人間に捕まって逃げられないと悟り、いいようにされるくらいならいっそ自滅を選ぶのだ。


 このセイグウも、己が自滅で仲間が助かる確率が上がるのならと、魔法を行使したのだろう。やるせないことだ。街を囲んだはいいが、有効な手立てがないまま手をこまねいた。


 グゥは天上を見上げた。

 同じ場所で行われた相反する効果を持つ魔法が打ち消されていく。


「カーヤ!?」


 変人を極めた人間と一緒にいた雌が血相を変えて変人人間に触れた。人にしては整った顔からさらに血の気が引いていく。


「これはどういうことですの!? なにをしましたの!?」

()のもつ魔法を使いたいというその娘の意志だ』


 グゥは羽を広げると彼女の腕に抱えられている同朋の上に降り立った。

 足でしっかりと掴んで羽を大きく羽ばたかせる。


『俺は人間が嫌いだ。滅ぶならば、滅べば良い』


 ――そうだろう、我が友よ。


 グゥは羽を強く羽ばたかせて外に向かって飛ぶ。

 あの娘は倒れた。意識がないのならば制約は解かれない。




 待っているのは、旱魃だ。






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