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第十五話 四つ目の梟③

「ひゃー、濡れた濡れた」


 努めて平静にカーヤはそんな言葉を口にして荷物を下ろした。

 街の北方には山があるため、北に移動するにつれ傾斜が多くなる。山の麓から少し上がったところにぽっかりと洞窟が口を開いていた。


 そこが、捕らわれている幻獣たちの元へ続く道だという。

 クタハク曰く、出てきたところを袋叩きにする予定。それまでは監視の元好きにしてみろ。


 そう言われ、嬉々として一人で洞窟に乗り込んだのが今だ。

 背負っていた鞄を下ろして、髪の毛を絞りながらカーヤは素早く洞窟内に視線を滑らせた。


 風はほぼないため、吹き込んでくる雨は少ない。なにかの折に入ったであろう枯れ枝が転がっているのは幸いだ。

 火が使えるならば好都合。


 カーヤは来ていた上着を脱いで下着姿になる。


 洞窟の奥からうひょ、と声が聞こえた。

 じと目になってしまったが、見られたところで減るものではないからそれはいい。ただ、隠れるならもっとばれないように隠れるべきだと思う。


 奥の気配に動く様子がないことを確認しつつ、カーヤは服の水を絞る。


「ぅぇっくしょい」


 カーヤは淑女らしからぬくしゃみを零して、鼻をすすった。気化熱で体温が奪われて身体が冷えている。風邪をひくかも、と呟きながら鞄の口を開けた。


「えっと、火種と火打ち石は、と」


 ロナがいれば、火起こしは彼女にお願いするのだが、残念ながら強制別行動中である。

 枯れ枝をせっせと集め、寒い寒いと呟きながらなんとか火を熾す。


 ぱちぱちと火が爆ぜて火の粉が舞う。

 暖かな橙色の熱の前でカーヤは安堵の息を吐き出した。


「あったかー……でも背中さむー……」


 前を向けば背中が。背中を向ければ前が。

 その場で何度か半回転を繰り返し、カーヤは再びくしゃみを零した。


 鼻を啜りながら鞄を引き寄せ、鞄の中から毛布を取り出す。

 身体に巻きつけて、少し前に摘み取ったキウキヨを手に取る。


 クタハクとグゥは今は洞窟の外に隠れている。クタハクはともかく、グゥに目をつけられても困るので隠れていてくれるのはありがたい。

 物言いだがな視線を感じたような気もするが、たぶん気のせいだ。


 キウキヨの花を摘み、葉をのぞき、余った茎をたき火に投げる。

 摘み取った全てのキウキヨに同じ処理をして、カーヤは本格的に腰を落ち着けた。


 洞窟の入り口から奥へと風がそよぐ。

 カーヤのいる場所からみればすぐにばれてしまうが、敵方は洞窟の奥。

 雨が風で吹き込むことがないのに、ひょうひょうと鳴きながら風が吹き込むことなど気づくことはできない。


 詠唱をしなくても低級魔法は使えるように練習した甲斐があるというものだ。もっとも、単にいちいち詠唱するのが面倒だったことが唯一にして最大の理由である。


 キウキヨを摘んでいた私、偉い。

 心の内で胸をはりながらカーヤはその時が来るのを待つ。


 雨はその勢いを弱めることなく今も降り続けている。

 冷たく静かな空間に自分の息づかいだけが響くなか、水に濡れた紙を丁寧に開き、身体の陰になるように砂時計を置いた。


 そこには、先程グゥに教えて貰った魔法の使用方法が書かれている。たき火に放り投げた茎を燃やした煙が作用するまでの間に覚える。覚えたら覇気をする。

 そういう約束の下、クタハクの助言もあって教えて貰った。


 どうやら、人間が使っている魔法とは異なる体系なのか、詠唱もなじみのないものだ。たぶんきっと、まぁなんとかなるだろう。たぶん。


 試験前の一夜詰めのようにひたすら繰り返し頭にたたき込んでいたカーヤは、不意に大きく欠伸を零した。

 見ると、砂時計はまだ半分ほど残っている。

 まだ不安なのに、と小声でぼやき、眠い目をこすりながらキウキヨの葉を囓る。


 葉の苦みのあとに、ぴりぴりと下が痺れるほどの強い刺激が口腔を支配する。

 口元を両手で覆い隠して無言で悶えた。


 気付けのためとはいえ、何度食べても慣れない。

 辛いのは苦手だが、それ以外の物がないから耐えるしかない。


 程なくして洞窟の奥でどさりと大きな者が倒れる音がした。


「やっほひいた」

『見かけによらず惨いことをするな』


 とてとてと歩いてたき火の傍まで来たグゥは身体を震わせる。

 顔に飛んだ水滴を拭い、カーヤはにっと口角を上げ、けれどもぴりぴりと痛む舌にきゅっと眉根を寄せた。


 キウキヨには幻獣にのみ鎮痛や解熱の効能を発揮する。使用量が多いと鎮静もかかる。今頃すやすやと眠っているだろう、幻獣は。


 生乾きの服に袖を通し、手頃な布で花と口を覆うように隠した

 荷物を簡単にまとめ、そろそろと奥へ進む。

 何食わぬ顔で左肩に止まったグゥにふへっ、と思わずにやければ、鋭い衝撃が後頭部に走った。


「くぉぉ……っ!」


 殴られた衝撃で二、三歩よろめき、カーヤは右手で後頭部を押さえた。


「いま、なにで殴られたんだすかね、羽ですか? 羽だと言ってください狂喜乱舞しますから」


 カーヤの発言に対する返答はなかった。

 ならば都合のいいように解釈しよう。

 にんまりと深い笑みが浮かぶ。今にも踊り出しそうな足取りで、けれどもつるりと足を滑らせてカーヤはつんのめった。


 なんとか体勢を立て直したところに、再び抗議が後頭部に放たれる。


『遊びでないぞ』

「気を引き締めます、はい」


 にやけそうになる顔をきっと引き締める。

 進めば進むほど、苦悶の声が幾重にも重なって隧道に響く。


 つるつるとした岩に足を取られないよう慎重に足を進める。正面と左へと続く道、その左側で檻を囲むように数名の男が倒れていた。脱力しきって動く事もままならず、瞳の焦点は合わず宙を彷徨っている。


「見事な死屍累々」


 予想以上の利き目に拍手が止まらない。

 幻獣にとっては薬草でも、人間にとっては麻痺幻覚作用を引き起こす毒草である。今生きているならば、死ぬことはまずないだろう。ただ、麻痺幻覚作用が強くて丸一日は行動不能になるだけだ。


「いい夢を、ってね」


 可能ならデータをとりたい気持ちはあるが、それよりも幻獣の安否の方が重要だ。

 地面に倒れる男たちからは意識を外して檻に近づいた。


 鹿に似た小柄な体躯から伸びる足は丁寧に折りたたまれている。眠るその顔は龍の如く。牛の尾は身体に巻きつけるように添っている。リンキによく似ているが、額から伸びる角は一本。リンキではなくイチカだろう。

 その小柄な体躯の下に隠れるように押さない少女が眠っている。


 背中から伸びた翼が少女を包んでおり、それ以外の特徴は見受けられない。該当しする聖獣は複数存在するが、生息場所から考えるとボショーモーか。


 白い豹だ。この幻獣もそれ以外の身体的特徴はない。流石に絞りきれない。

 隣の檻でも、物珍しい幻獣たちは檻の中で安らかな寝息を立てている。


 横たわる幻獣全てに腕輪か足輪が鈍く煌めく。表面に刻まれる魔法文字は魔封じのものだ。


 うつ伏せに倒れている人間をひっくり返して、カーヤは懐や腰回りを探る。だが、檻の鍵と思しき物が見当たらない。


「仕方ない、ちょっと手荒だけどまず檻ご……と……」


 首をめぐらせた先で、鋼鉄製の檻が砂のようにさらさらと崩れ落ちている。

 間違っても砂でできている訳ではない。先程触った時には確かに冷たく硬く、まさしく金属の触感であった。

 そろりと左肩に首を回せば、早くしろと言わんばかりにグゥの羽が後頭部をばしばしと叩く。


「――あ、置いてきた」


 いざ手当てをしようとして、摘んだ薬草を全て置いてきたことを思い出す。

 取りに行こうかとも一瞬考えたが、それよりも彼らを運ぶ方が早い。車輪付きの台座は残っている。

 落ちている人間を隅に転がして、カーヤは台座を引く用の縄を引っ張った。


 手に縄をくくりつけて、前屈姿勢に形ながらなんとかたき火の所まで戻る。

 残っていたキウキヨの葉を傷口に張り付け、ヒケイを石で叩いて柔らかくし、同じく傷口を覆うように結びつける。


 応急処置を終えて、待機している幻獣たちが来る前にカーヤは告げる。


「その子たちをよろしくね」


 肩に乗っていたグゥを地面に下ろしてカーヤは再び洞窟の奥へと足を向けた。

 先程よりも足早に隧道を走る。幸いなことに道は一本道と単純。息が切れるよりも前に前方に光が見えた。


 大きな男の背中が見える。武器を構えているらしく、彼の前方からは大剣が天井を向いていた。


 敵か、味方か。


「わざわざこのような部屋で迎え撃って頂けるとは思いませんでした。ですが、そうやすやすと負けるつもりはありません。投降なさい」


 勧告する声は、この半年で慣れ親しんだものだった。大男の陰に隠れて見えないが、退治しているのは間違いなくロナだ。

 つまり、大男は敵。それが分かれば十分だった。


 男の頭部に狙いを定め、カーヤは手のひらを向けた。

 近づくとばれる可能性があるため、遠くから照準を合わせるには少しでも動作で補助をした方が狙いをつけやすい。

 カーヤが使える魔法の一般属性は風と水だ。土属性に適正があれば、足場を固定するなどして拘束することも可能だが、ないものねだりをしても仕方がない。


 男の顔を包むように水の球が現れた。

 もがく男の顔に魔法が固定されるよう意識を向け続ける。


「土の神よ、その御手に希い給うは、悪しき者の繋縛(けいばく)――桎梏(しっこく)


 力強い詠唱とともに、もがいていた男の手足が地面から伸びた鎖に絡め取られる。溺れかけている男は拘束から逃れようと身を捩るが、地面に吸い込まれる枷鎖(かさ)に引っ張られて地面に縫い付けられた。


「カーヤ。無事に入り口を見つけたのですね」

「さっきぶり。搬送されてた幻獣の保護は任せてきたから大丈夫。ただ」


 カーヤは言葉を切った。

 男のかたわらから点々と血痕が続くその先には、部屋の隅でぴくりとも動かない赤い鳥が、赤い水たまりに横たわっていた。



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