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第十三話 四つ目の梟①

 森の草をかき分け、地面に突き刺さったような茶色の植物を何本も手折っては左手にまとめて握りしめる。

 街を出たのは陽が頂点に上がる前。今はもうすぐ陽が頂点にあがろうとしている頃だ。思っていたよりもかなり時間を食ったらしい。


 森の中、木々がなく開けた小さな広場に、紫色の花を見つけた。

 キウキヨという野花だ。茎は腰下くらいまでまっすぐに伸びており、花は重ならないように高さを変えて開いている。小さな群生地を形成している花の傍に近寄り、カーヤは鞄を下ろした。

 ヒケイを鞄に押し入れて、あいた両手で地面を掻く。


 根を傷つけないように丁寧に掘り、カーヤはその花を引き抜いた。

 一本の太い根から二、三本の茎が伸びている。絡みついた根から土を軽く落としてカーヤは口元を綻ばせた。


「いい根をしてる」

『へぇ、キウキヨなんて人間にとってはただの花なのに、よく知ってるーどるふ』


 頭上から降る絡みつくような声にカーヤは眉根を寄せた。

 るーどるふって誰よ、という突っ込みは入れないでおく。

 鞄を背負って無言で足を進めた。


 どれくらい必要になるかわからないので、目についたヒケイとキウキヨは片っ端から摘んでいく。本当は小ウキヨもあれば良いのだが、あれはなかなか見かけないので、僥倖に恵まれることはまずないだろう。


『あのバンルーカクはまだ幼いから手懐け安かっただろう。でも他の幻獣はその程度で絆されるほど矜持は低くない』


 試すような言葉にカーヤはすっと目を細めた。

 爪で肉を少し抉られるとか嘴で突かれるならまだしも、それも人間にされるのと同じように神経を逆なでしてくるのは非常に不愉快だ。

 幻獣ならば是非物理的にお見舞いして欲しいものである。


「ついでに羽でばしっと引っぱたいてくれるのならまだ愉悦に浸れるのに」

『えらい被虐趣味やなぁ。そないに自分が嫌いかんろ』

「……そういうわけじゃないよ」


 カーヤは浮かない声で否定して目を伏せた。


 物心がつくころからずっと、自分の居場所ではない、そんな気持ちを抱いている。

 家でも学園でも。婚約者ができた時だってどこか他人事だった。婚約破棄された時でさえ。

 いつから被虐的になったのかは覚えていない。ただ、ふとした拍子にどこか別世界のことのように思えてしまう自分をこの世界に留めておくための楔なのだ。

 頭では理解している。愛されているのだと。ただ自分が感じ取れていないだけで居場所の一つであると。


 それでも、足が地についていないような感覚に、ふわふわと自分がどこかへ飛んで消えていくか、あるいは透明人間になって消えるのではないか、という不安に襲われる。


 非現実的ではあるのだが、魔法なんて非現実的なことがあるのだから、そんなことがあってもおかしくはない。


「――ん?」


 奇妙に地肌が露出している場所がある。疑問に思いながら近づくと、辺りには掘り返された痕跡が残っていた。街道から逸れた森の中だから気づかないと思って隠さなかったのか、それとも見つけて欲しかったのか。


「……後回しでいいか」


 気にはなるが、埋められているものを掘り返す時間が惜しい。

 街の東側へ戻って、周辺に幻獣売買組織の痕跡がないか探したい。確証もないことに人員を割いて欲しいとは口が裂けても言えないので、カーヤが単独でやろうと決めたことだ。


 ロナには頼めない。一見元気そうだが、昔と違って疲労の滲む表情が多々見受けられる。きっと皇太子妃だったころには気を抜ける日がなかったのだろう。

 疲れを疲れと思っていないような、認識できていないことはこの街にくるまでの半年を通じて理解しているのであまり無理はさせたくない。

 一人はさすがに無理があるのだろうけれど。


 つらつらと考え事をしていると、不意に硬い物を踏んだ。石とも違う奇妙な感触にそっと足を避けて屈む。

 地面の上にまだ中身の残る青い絵の具の容器が一つ、落ちていた。


「なんでこんなところに……、……まさか……!」


 カーヤは慌てて土がめくり返された場所へ戻る。

 近くの木の根に荷物を下ろして、カーヤは両手で土を掘り返した。


 しばしして、無心で掘り進めていた手を止めた。

 最初に出てきた人の手。その流れに沿うように掘った穴の先に、人の顔があった。

 まだ腐っていない、そして屍蝋化もしていない男の遺体だった。

 痩けた頬は生前の男の栄養状態を示している。


 額には血の痕がこびりついており、頭を殴打したのちにここに埋められたのがわかる。男の骨ばった右手の指には筆だこがあり、両手の指先は赤や青、緑など様々な色で彩られていた。


 カーヤは額の汗を拭って、地面にぺたりと座り込んだ。

 間違いなく、キオラモンが出没していた廃屋の主人だろう。


「でもなぜわざわざこんなところに埋めたの? 死体を隠すため? 隠さなければならなかった理由は、なに……?」

『いいのかい、こんなところで道草くってて』


 男の遺体を挟んで反対側にグゥが降り立った。


「……キオラモンの依頼はまだ終わってないから」


 カーヤは再び男の上に覆い被さる土を除く。

 全ての土を除ききるころにはすでに陽は頂点をとうに過ぎていた。

 額ににじむ汗を腕で拭い、カーヤは手のひらを空に向けて胸の前に掲げた。


「光の神よ、闇の神よ、神々の御手に希い給うは、天地の狭間にありし新たな櫃の鍵、時の永遠なる停滞。授かりし時を対価に今暫し理の屈折を現し給え――空間収納」


 差し出した手のひらに黄金の鍵が現れた。持ち手をしっかりと握り、地面に横たわる男の上腹部の辺りに鍵先を向け、右に捻る。


 直後、ぐわんと空間が歪んだ。生じた亀裂から宙がはらはらと砕け落ちる。遺体の上に、楕円の先を尖らせたような形の、真っ黒な裂け目が現れた。

 カーヤの背丈と同じくらいのそれに、男の身体が吸い込まれて消え――なかった。


『ぷははははは』


 グゥが羽をばさばさと動かしながら高笑いをする。

 穴から下腿と足だけが生えている奇妙な光景に、カーヤは貼り付けた笑顔で片手を伸ばす。男の足をもってゆっくりと膝を折り曲げた。


 引っかかっていた足が折り曲げたられたことで片足が空間収納へと消える。

 生きている人間の足とは事なく感触にぞわりと鳥肌が立った。顔を引きつらせながらカーヤはもう一方の足も空間収納へと収めた。


『ひぃ……ひぃ……』


 笑い転げるグゥはさっぱりと無視して、カーヤは裂け目の中央に向けて鍵先を突き出し、左回しに捻る。

 二つの頂点を定点として弧を描いていた裂け目が細く閉じられていく。

 空間が戻ると同時に黄金の鍵が手の内から消失した。再び喚び出すまでは鍵が出てくることはない。


 カーヤは腕組みをした。


「んーと、最後に図った魔力値が三千五百で、そこに魔力切れで使い切った回数が五十回で。魔力切れ一回当たりの増加量は総魔力量の最低七十分の一だから、おおよそ六千と仮定して」


 空間収納魔法の行使に必要な魔力値はおおよそ七百。維持にも同程度の魔力が一時間毎に消費されていくため、単純計算で八時間は持つ。一時間当たりの回復量を考えればもう少しもつが、このあとにあるだろう調査を思うとそれは温存して起きたい。


「八時間……温存するなら六時間程度には収めたいところだけど……遺体を先に供養してもらう? でも隠したのが今回の標的組織の人間で、教会内部に共犯者がいるなら悪手になるだろうし」


 情報が少ない。それでも幻獣たちの怒りを思うならば早急に解決しなければ街一つは簡単に消滅する。


「うーん……そう遠くない位置にはいるような気がするし、探し出して聞き込みしてみたほうが早いかな……?」

『気配を隠してる彼らを見つけられるとでも?』


 見上げてくる四つ目の梟を見つめ返しながらカーヤは思った。


「やっぱりいるんだ。んー……まぁだめもとで特攻してみるか。あ、もし死んだらロナにごめんって伝えて」


 こんな時に街の周りで隠れ潜んでいるのは、十中八九セアナトと同じ理由だろう。

 気が立っているところにのこのこと人間が話を聞かせてくれと言ったところで応じてくれるわけがない。最悪、姿を見ただけでさくっと殺されても文句は言えない。


 そうやすやすと殺されるつもりはないが。

 カーヤはぐるりと森を見渡した。

 天然産幻獣感応装置の感度は良好。ただし、詳細な場所は不明。ただ、警戒されたらしく少し減ったような気がする。たぶん。


「門とは別に、街へつながる出入り口の存在があるなら、教えてくれると有り難いんだけどなぁ。せめて私みたいな不審者の目撃証言」

『自分でいうなーとん』


 地面から飛び上がったグゥが肩に止まった。

 なにかがお気に召したのだろうか。監視目的なのだとしても、気をわずかに許してくれたみたいで口元が緩む。


 直後、グゥが飛び立って木に留まった。威嚇するような声が耳朶を突いた。四つの目に再び警戒が浮かんでいる。

 おや、と目を瞬くが、カーヤは即座に思考を切り替え、足取り軽く森を進んだ。


いつもお読みいただきありがとうございます。


作者都合で評価とかレビューとか感想欄閉じました。

書きたいものを書く、というスタンスで書いていきたいのに、そわそわと気にしてしまう自分にモヤっとするからです。お試しで閉じて、自己理解のためのデータにします。

いいねと誤字報告の設定は変えないので、そちらは変わらずご利用ください。

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