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第十一話 宝石の栗鼠③

「低い声も聞き心地がよくて素敵ですね!」


 威嚇の声をうけても物怖じせず、カーヤはセアナトに声を掛けた。


「空のように瑞々しく澄んだ青いたてがみも麗しく、濃い青の瞳の、荒れ狂う嵐の海のような苛烈さは身が竦むほどかっこいいです!! たかだがならず者ごときが、この世の至宝である御身の白銀の毛並みを汚すなど、やはり万死に値しますね。ということで一度丸洗いしてもよろしいでしょうか」


 一層低いうなり声が大気を震わせた。

 その気迫にカーヤは場違いにもきゃあ、と黄色い歓声を上げた。


「わかりました。丸洗いは諦めます。ではぜひバンルーカク様に私の指を甘噛みしていただくよう説得のご協力に、いひゃい!?」


 ロナに頬を摘ままれてカーヤは情けのない顔で抗議しようとして、その口を閉ざした。

 暗雲漂う笑みに、背筋をぞっとするほど冷たい汗が滑り落ちる。

 カーヤは水を打ったように笑顔をかき消して、ロナから逃げるように後退した。


 流石、元皇子妃。圧が怖い。


「この度はわたくしの連れがご無礼を働きまして大変申し訳ございません。あとできっちりお話致しますので、ご寛恕いただきますよう、何卒お願い申し上げます」


 貴族令嬢時代からは考えられない、男性服の用な装い。それにあわせて紳士の礼をとるロナの所作は、まるでそれを練習してきたかのように美しい。

 カーヤは逡巡し、ロナのように紳士の礼はやったこともないため大人しく淑女の礼をとった。


 ロナとこうして並ぶなら、もう少し礼儀作法を頑張っていればよかったかもしれない。とはいえ、たらればを言ったところで過去は戻って来ない。幻獣を優先したかった人生だ、そういうこともある。

 そんな思いとともに、カーヤの意識から後悔はつゆと消えた。


『妾は、吾子を返せと言った』


 頭の中に声が響いた。怒りをはらんだ、けれども気品に溢れる凜々しい声だ。

 でれっと崩れた表情をカーヤは慌てて取り繕う。


 ロナは頭を下げたまま、けれどもその気高さを損なうことなく淡々と返答した。


「申し訳ございません。未だ調査中にございます。わたくしたちは保護したこの子をあなた様にお預かりいただくこと、そしてあなた様の周りに、今なおうろつく不届き者はいないかと様子を窺うことを目的に参りました。聖獣様のみならず魔獣にまで手が及んでいると考えられるこの状況を鑑みるに、彼らがあなた様をこのまま放っておくとは考えにくいのです」

『妾が二度も人間に後れをとると、そなたは言うのか? もうすぐ一日も経つというのに、脆弱な人間ごときが知った口をきくな!』


 怒号とともに暴風が吹き荒れた。

 立っていられないほど強い風を叩きつけられてカーヤは為す術もなく地面に転がる。

 元々立っていた位置からかなりの距離を飛ばされた。

 これ以上飛ばされないように必死に地面にしがみつくが、虚しく地面に浅い筋を残すだけで身体は風におされて地面を滑る。

 先程までいた森の木々が悲鳴を上げるように幹をしならせ、葉がざわめく。


 ロナやバンルーカクのことを気に掛ける余裕もなく、ただ地面に這いつくばって耐えることしかできないカーヤの耳は、嵐の音とは異なる音を拾い上げた。


「きゅぅぅぅぅぅいっ!」


 荒れ狂う風のなかで、甲高い鳴き声が轟いた。

 文字通り、嵐を切り裂くかのごとく、吹きすさんでいた風が一瞬でかき消える。


 先程までの嵐が嘘のような静けさに浸る余裕もなく、カーヤはロナとともに咳き込んだ。口の中がしゃりしゃりする。

 舞い上がった砂埃が目に入ったようで、痛みにぽろぽろと涙をこぼしながらカーヤは薄目を開けた。


 覇者のような風格を漂わせながら四つ足でたつセアナトの視線の先を追う。

 地面に蹲るロナの前に、左の後ろ足を庇うように立つバンルーカクがいた。


『同朋よ。なにゆえ人間を庇う』

「きゅうきゅっ、きゅい、きゅいぃぃ!」

『意思伝達もままならぬ幼子よ、引きなさい』

「きゅうきゅう、きゅきゅっ、きゅぅぅぅぅぅ、きゅっ!」


 胃が冷えるような恐ろしさを醸し出すセアナトに一歩も引かないバンルーカクを凝視しながらカーヤはゆっくりと身体を起こす。

 食われるかも知れない。死ぬかも知れない。そんな思考が頭をよぎり、カーヤは口元に笑みをたたえた。


 よかった。まだちゃんと怖い。


 零れそうになる笑声を飲み込んでカーヤはゆっくりと立ち上がった。


 恐怖は生存本能だ。

 真なる死者には存在しない、己が身を守るために必要な、生者にのみ備わる能力。それが働くということは、カーヤが()()()()()という証左。

 転がった時に打ち付けた身体が痛みにカーヤは眉をひそめた。それでもなんとか自力で立ち上がって、バンルーカクを見た。


 気圧されているのか、バンルーカクの尾は身体にぺたりとくっつけて縮こまっている。それでも震える足でしっかりと立っている。

 ロナはバンルーカクをじっと見つめたまま今もまだ伏せていた。恐らく、下手に動いてバンルーカクの気を逸らしたくないのだろう。


 カーヤは小さく口元を緩めた。

 自分が助かったのはロナのついでだ。そしてセアナトはカーヤやロナを警戒してはいるが関心は薄い。


 ――それでいい。


 バンルーカクをこのままセアナトに押しつける。バンルーカクがロナを気に入ったのなら、ロナをここにおいても悪いことにはならないだろう。

 昨日の今日で無理をさせるのは忍びない。

 ただこのあとのことは考えていないからどうしよう。こっそり街に戻って気になった場所を探しに行くか、囮として合流するか、あるいは街の外に怪しい場所がないか探すか。


 組織だった犯行であることには間違いない。

 捕らえた幻獣を人目に触れずに街中へ引き入れるには、眠らせて荷積みに偽装するか、門兵を買収してカーヤたちが出るのに通った扉を通るか、あるいは街中へ続く隠し通路が辺りにあるという可能性も捨てきれない。


 余所へ運ぶとしても、街は封鎖されているため運び出すのは困難だが、隠し通路があるならそこから少しずつ運び出すことも可能だろう。

 幻獣の売買なんて大事、もしかしたら街を収める長が関わっていてもおかしくはない話だ。

 そういう御伽話は過去に好んで見たものだ。


 今回の一件の全貌は~、という話は興味もないが、幻獣を徒に傷つける輩は一度と言わず二度三度と天誅が下れば良いと思う。


 カーヤは街を振り返った。

 なんにしても、一度街に戻ろう。


「ぐぅぅぅぅ、ぐー、ぐぐ」


 低い、いびきを掻いたような声にカーヤは動きを止めた。ばさりばさりと近くで飛んでいる音がする。


 梟が地面に降り立ち、ととと、とバンルーカクを庇うように前に立つ。

 四つの目と犬のような耳を持つ梟――グゥだ。

 きょろりと自分に向けられた目から、それとなく視線を逸らして、姿を探すように辺りを見渡す。


「きゅい……?」

『なんだ貴様。いきなり出てきて口を挟むでない』

『ごめんねー! 俺っちも口出しする気はなかったんだけどー、あのバンルーカク族の、しかもまだこんな子どもが、真っ向から立ち向かってるのを見たら、肩入れしたくなっちゃった、許してちょーちゃん』


 軽薄な声が頭に響いた。

 セアナトのものではない。バンルーカクのものでもない。となると答えは一つなのだが。

 片方の翼をぴしっと広げて、恐らく格好つけた姿勢をとっているらしい梟を視界の隅に認めたカーヤは思考を放棄した。

 この場はロナに任せよう。


『ふざけるのも大概にせよ!』

『そんなかっかっして、凜々しい顔を歪めてしまうのはいささかもったいないぜ、お姉さん』

「ロナ、ここにさっきのすり鉢とすりこぎとナイフを置いていくから、粉末状にしてセアナトの怪我したところに塗ってあげて」

「え?」

『貴様のような小僧に小娘扱いされる謂われはないっ!』

『子どもを奪われて不安なのは俺っちも同じよ。連れ込まれた建物の目星はつけてあるから、セアナのねーちゃんが手を貸してくれるなら、俺っちも助かるんだけどんぶり』


 カーヤは道具を地面に置いて、鞄を背負おうとしていた手をぴたりと止めた。


「きゅきゅ、きゅぅぅ!」


 バンルーカクが左の後ろ足を可愛ながらグゥに近づき必死になにかを訴える。

 グゥは羽を広げると、バンルーカクの頭をそっと撫でた。


『わかってらぁ。昨夜、ちょうどよく同朋が連れて行かれるのを見たんよー。――お前さんがそこから出てきたのも俺っちはちゃんと見てたぜ。まだ小さいってのに、よくやったな』

「きゅぅぅぅぅぅぅ」


 バンルーカクが感涙にむせぶ。大粒の涙が地面を湿らせた。その頭を何度も撫でるグゥの目は優しい。

 セアナトは不快そうに顔をしかめて、落ち着かない様子で前足を上げたり下げたりさせている。


 カーヤはそっと顔を上げた。真剣な顔で考え込んでいるロナに声を掛けることができなくて、視線をさらに上へと滑らせる。


 いなくなったキオラモン。

 バンルーカクが隠れていたのは場所。

 そして自分が幻獣の気配を感じた場所。


「やっぱりか」

「教会ですわね」

『お、人間のわりにいい勘してるねー。なんつーか、そっちの心地良いお嬢さんはともかく、おっかない空気と同じくおっかないけど、知識と対処はそんじょそこらの人間よりはいいみたいだなー』


 褒められた。だがこれは反応して良いのか。だめなのか。

 見つけたらだめ、という条件しか知らない。グゥってそこまで知性あったんだ。

 いやでもその記載はどこにもなかった。ということは、もしかしたら会えて対話しなかっただけという可能性が浮上する。


 もしかしてグゥのみならず、他に知性が低いとされている幻獣も実は会話できるのではなかろうか。


『今は“誓約”してねーから、見つけても俺はまだなにもできねーよ。安心してねんねころん』


 せいやく。制約。誓約。旱魃を起こすには、彼らにも条件が必要らしい。

 新事実を頭のメモに書き留めて、カーヤは大きく深呼吸した。


「カーヤ。せーので振り向きますわよ」


 決意を宿した濃紺の瞳にカーヤは首を縦に振る。


「いきますわよ。せーの」


 視線を向けた先。

 バンルーカクが飛び上がってグゥの後ろに隠れてしまい、カーヤは別の意味で視線を逸らした。


いつも拝読ありがとうございます。

ストック間に合わなくなったので更新遅くなります。

週に2~3回更新できたらいいな(願望)

少なくとも週一はやりたい所存

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