砂漠の掃除屋
【未開の砂漠】を簡単に言い表すなら、だだっ広い普通の砂漠である。歩けば足跡が付くし、風が吹けば砂煙が舞う。未開と言うだけあって、一切人の手が加わっていないのが分かる。
そもそも砂漠というものはその環境故に、開拓のしようがない。だがそれはリアルの話であって、ゲーム――いわば、仮想世界なら話は別だ。何でもありだからな。
つまりこのエリアは開拓できる可能性がある。知らんけど。
「やられた……」
唐突にウキワはしゃがみ込み、さらさらとした砂に触れるとそう呟いた。
「やられたって何がだよ」
「マーキングが消された……」
「まーきんぐ?」
ヒナウェーブはカタコトでウキワに聞いた。
「私が開拓した道のことだよ」
「「え?」」
俺とヒナウェーブは全てを察した挙句、シンクロする。
これはめんどくさいことになった。というのも、このエリアは自分の位置情報がマップに映らないようなシステムになっているからである。
適当に歩き続ければ、いつか街に着くのでは?と思ったが、それはウキワの発言によって無に帰された。
「この砂漠は永遠に続いてるから、幾ら歩いたって街にたどり着くことはないよ」
「……ん? じゃあどうやって街に行くんだ?」
「ゲ……」
「ゲートをつくるのだじぇ……」
いつのまにか、俺の右肩に乗っていたラルメロが口を挟む。
なるほど、車厘森林のスタートとゴールがゲートのパターンか。そういえば、ゴールが直接街に繋がっていたのは、迷宮の洞窟だけだったな。
「ねえ、この猫どうにかしてしばけないの? うっとうしいんだけど」
ウキワは、珍しく半ギレする。いいぞラルメロ、もっとやれ。
「とは言っても幽霊だからなぁ……。何かしらの方法で復活させるとかしない限り無理だろ」
「確かに、でもそんな事出来るのかな」
それが可能なら良いが……あまり期待はしないでおこう。守護霊という設定が崩れかねないだろうからな。
「はぁ……もうクソガキの話は辞めるわ。疲れる」
「猫に対してクソガキは世界初だろ」
「こんな可愛いのに、それは言い過ぎじゃない?」
ラルメロは首を縦に振り、ヒナウェーブが困り顔でウキワに目線を合わせる。
「はぁ……」
ウキワは疲れきった表情で大きくため息を付く。それをしっかり目に焼き付けた俺は、心の中でガッツポーズを掲げる。
「で、そのゲートを作るにはまず、未開の砂漠でしか取れないアイテムを集めてNPCと物々交換をしなきゃ行けないんだけど……」
「もしかしてさっきのマーキングがNPCの位置って事か?」
「そう、だからめんどくさいって話。素材は余ってるから後はNPCを見つけるだけ」
「メロちゃんに聞いたらNPCの位置教えてくれるんじゃないの?」
「確かに、洞窟のルートも教えてくれたしな」
ウキワとヒナウェーブはラルメロを睨みつけ、俺は右肩を横目に様子を伺う。
「それは無理だじぇ」
「はぁ?」
「十分毎にランダムで出現するからだじぇ」
「じゃあ、私のマーキング意味なかったんかい!」
何だか今日はドーパミン大放出案件だな。ログアウトしたらクラッカーでも鳴らしたいくらいだ。ウキワが今までしてきた悪事が順調に返済されているのだと思うと最高でしかない。
「てことは、ウキワのマーキングを消した奴も次の街にたどり着いてないって可能性もあるよな」
「確かにね……」
「よし、決めた。そいつ特定して、けちょんけちょんにした後、煽ってやろう。そっから……」
ウキワは、小声でブツブツと何か言いながらゲスい顔を浮かべた。
「悪どい! 笑みが悪どい!」
「あはは……」
「そうと決まれば、早く行くよ。じゃないと逃げられるから」
俺にはわかる。この発言はNPCの事ではなく、マーキングを消したプレイヤーの事を指しているという事を……
「犯人とっ捕まえて何たらかんたら言ってたけど、どうやって見つけんだよ」
黙々と歩みを進めるウキワに対して、俺は問い掛けるが、振り向く様子もなければ、反応すらしなかった。
「そうだよ、ルア君の言う通り無謀だよ……」
「…………」
ダメだ。この状態のウキワは手が付けられない。まるで時計の針のように永遠と足を踏み出し続けている。
「足跡でも残ってれば、わんちゃんあったのにな」
「……足跡?」
俺がふと呟くと、ヒナウェーブは何かに気づいた様子で後ろを振り向く。
「ん、どうかしたか?」
「……私たちの足跡消えてない?」
「いやいや、そんなまさかな……」
ヒナウェーブから視線を地面に移し、足跡を観察すると、外側から砂が押し寄せ、十秒足らずで平らになるのが見て取れた。
他のことに気を取られていたのもあって、ここまで全く気が付かなかったのだ。
「え、ナニコレ」
「さあ……?」
現実世界でも、砂が風に流され足跡が消えると言うのは有り得る話ではある。しかし、未開の砂漠では不可解なことに、一切風が吹いていないのだ。それに、生き物も見当たらない。
このことから、自然現象では無いということが分かる。だからなんぞやという話ではあるが、頭の中に入れておいて損は無いだろう。
「足跡が無かったのはそれが原因って訳か」
ウキワがようやく足を緩めるとそう呟いた。
「普通にゲームの仕様って可能性は無いのかな?」
「無い……とは言いきれんよな……」
「でも私が最初に来た時、他のプレイヤーの歩き回った足跡があった気がするけど」
「おっと?」
「怖っ……」
ウキワの発言によって、心電図が上がって下がって上がった訳だが、とりあえず深呼吸。決してビビってるとかそういうわけじゃ無い。何となくだ、何となく。
「まあ、気にしててもしょうがないよな」
「だね。さっさとNPC探そ」
「いやいや、先に犯人探さないと」
「だから、無謀だっつってんだろ!」
そんなこんな言い合っていると、全員何かを察したのか、会話が止まる。
――足が動かない。
砂と靴の裏が強力接着剤で固定されているような、足だけに何千万倍もの重量がのしかかっているような……
「何、これ……」
とウキワが言った。
「罠……とかじゃないよな?」
と俺が言った。
「ちょっとまずいかもね……」
とヒナウェーブが言った。
俺は、この状況で脱出できそうなスキルを考える。そして思いついた。
「ウェブ、フラッシュバーストを地面に打て」
「わ、分かった」
ヒナウェーブはインベントリからスナイパーライフルを取り出し、地面に銃を構える。
「【フラッシュバースト】」
銃口に光が集まって行く。あまりにも眩しいので、目を瞑り、時を待つ。当たり前だが、ギルドのメンバー同士の攻撃は全て無効化される。
デスしないと頭では理解しているものの、緊張感が走る。自分で指図したものの、ここまで近距離だと怖い越えてフライ(?)だな。
「発射!」
チャージ時間はおよそ二十秒。放出された大質量の光線は、轟音と共に掻き消される。
◆
「どこだよここ……」
気がつけば、俺はダンジョンのような場所にいた。橙色の砂岩で作られた壁に囲まれ、迷宮の洞窟のように入り組んでいる。それに、水の滴る音も聞こえる。先程まで近くにいたウキワやヒナウェーブの姿も見当たらない。
バウンティ・クロニクルには、フレンドとの通話、チャットが可能となっている。しかし、両方試したものの、通話は繋がらないし、チャットも送れないような設定になっていた。
「やべぇ事になっちまったな……」
訳の分からないままそう呟くと同時に、ウィンドウが自動的に開く。
『亡霊【幻想の開拓者】を開始しました』




