守護霊ラルメロ
「まさか、あんなにうまく行くとはね……正直、絶対死ぬと思ってた」
「言っとくけど、それはこっちのセリフでもあるからな」
「ま、まあ勝ちは勝ちだし、結果オーライってことで……」
湖から上がり陸地で談笑していると、リザルトが現れる。
《秘霊【ラドリー博士の研究】をクリアしました》
《ドロップアイテム 毒牙鮫の牙》
《ドロップアイテム 毒牙鮫の鱗》
《報酬 賞金3万》
賞金3万……
ドロップアイテムよりも、神々しい輝きを放つ、賞金に目が眩む。ようやく、実感が湧いてきた俺はリザルトを閉じることなく、釘付けになって見つめていると、ヒナウェーブが俺に問いかける。
「ねぇ、あれ……何?」
「あ、え……ん?」
ヒナウェーブが指を差す方向は、湖の中心だった。目を細めてよく見てみると、不透明な動物(?)が水面に立っている。
すると、その動物は四足歩行で駆け出した。
「こっちに来る……」
「クエストは間違いなくクリアしたんだよな?」
「そうだけど……撃ってみる?」
気が緩んだこのフィールドに、緊張感が走る。
「いや、ちょっとまて……あれ、もしかして猫じゃね?」
半透明な動物は近づいてくるにつれて、容姿がしっかりと視認できるようになる。柔らかな耳に、丸い目、特徴的な口。まぎれもなく猫でしかなかった。
「でも、攻撃してくるんじゃ……」
「いや、耳を見ればわかる。あいつは俺に飛びついてくるってな」
そう言い切れるのは、俺が家で猫を飼っているからである。
半透明な猫は、後ろ足を踏み込み飛ぶ。それをキャッチしようと俺は構える。だが、その猫に感触はなかった。
「えっ……」
俺の胸元に飛びついてきた猫は、触れることが出来なかった。直ぐに後ろを振り向くと、猫の姿は見当たらない。
「体の中に入っていった……」
横で見ていたヒナウェーブは目を丸くして言った。
「は? どういうことだよ……」
訳の分からない状況に頭を抱えていると、俺の体からさっきの猫が出てきた。
「僕はラルメロ。君の守護霊に任命された猫だじぇ!」
ラルメロと名乗る謎の猫は、可愛らしい声でそう言った。
「猫が喋った!?」
「よろしく……ってこの語尾どこかで見たことあるような……」
「何、それ」
「確か、シーロのNPCが言ってて、掲示板で話題になったやつだよ。結局、バグで、直ぐに修正されたみたいだよ」
「へぇー、てことはもしかして……」
「僕の人工知能が、そのNPCと入れ替わってたみたいだじぇ?」
なんだそりゃ。てか、お前が言うんかい。
「で、この猫、結局なんなの……?」
「ぬふふ……僕は守護霊だじぇ」
「ぬぉぉおおお! マジか!」
俺は、いきなり叫ぶ。
「なになに、急に……」
ヒナウェーブは、呆れたように呟く。
「守護霊の欄にラルメロの名前が入ってんぞ!」
「ぬふふ……そうだじぇ」
ラルメロは得意げに言う。こいつ、よく見たらめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか……。
「くぅー、触らせろッ!」
俺はいくら、もしゃもしゃ手を動かそうとも、触れることは出来なかった。
「僕は一度死んでるからだぜい」
そう言われてもなお、俺は、諦めきれなかった。
「にゃァァァ……やっぱ、ダメか……」
「なんで一瞬猫になったのよ」
ヒナウェーブがツッコミを入れる。彼女の目線には、黒猫がホンモノの猫を目の前に触ろうとしているという、異色な光景が目に映ってたのだと思うとちょっと笑えてくる。
「まあいいや。これからよろしくな」
「はいだじぇ!」
俺とヒナウェーブは、研究所に戻り博士を探すということで合致。そして、猫の霊であるラルメロは、いきなり眠くなったとか言い出して、俺の体に入ってしまった。全く、自由な奴だ。
そんなわけで来た道を引き返し、ハッチを開け、ハシゴを下ると、探すまでもなくラドリー博士が、待ち構えていた。
「ちょっと着いてきてくれぬか」
ラドリー博士は嬉しそうに背中を向けて歩き出す。
博士に連れられて、案内されたのは、研究所の中心に位置する地底湖の真下。最初に、見上げたあのすっからかんだった湖である。しかし、その湖は見違えるほど変わっていた。
多種多様な魚が優雅に泳いでいたのだ。
「凄ぇ……」
「何か、幻想的……」
水中に設置されているライトが、青色に輝く水に反射し、魚が踊る。形容するなら、水族館のプラネタリウムのようなそんな感じだ。壮麗で心が安らかになる空間に進化していたのだった。
「お主らが鮫を倒した後、消滅していた湖の生き物が復活したんじゃよ」
やはり、原因はあの毒牙鮫だったようだ。賞金のためとはいえ、戦ったかいがあったと声を大にして言える。
「じゃあ、洞窟の落とし穴は……」
ヒナウェーブが不安げに問いかける。
「ああ、元の洞窟に戻っているようじゃ。安心するといい」
「ホッ、良かったぁ……」
高所恐怖症を自称していたヒナウェーブは、安心しきった表情をしている。それは、俺も同じだった。ゲーム内とはいえ、命綱無しでのバンジージャンプは怖いに越したことはないからな。
「ああ、そうそう。お礼と言ってはなんだが、これをやろう」
と言って、俺はラドリー博士から宝石のようなものを手渡しされた。
「何ですかこれ?」
「ワシが若い頃、洞窟で拾った石じゃ」
「へぇー」
光を透かすように、頭の高さまで持ち上げる。それは、地底湖の水のように澄んだ空色の石だった。もしかしてこれって……
「それ、貰っていい?」
「うん、やるよ」
売れば、結構な金になりそうだとは思ったが、俺はなんの躊躇いもなくヒナウェーブに譲渡した。
「で、ラドリー博士はこれからどうするんですか?」
我が子のように石を抱えているヒナウェーブを横目に、俺はラドリー博士に質問を投げかける。
「ワシは、死ぬまでここで研究を続けようと思うのじゃ」
「そうですか……」
「じゃから、何か困ったことがあればいつでも来るといい」
「はい、ありがとうございます!」
《転移ポイントが追加されました》
その後、俺たちはラドリー博士が教えてくれたエレベーターで洞窟内と戻った。また、迷宮を彷徨う事になったのだ。
「敵も居ないし、落とし穴無くなったらただのめんどくさい迷路だな……」
「確かね、ギミックが無くなったはいいものの、抜けられる気がしないわ……」
先程の戦闘で疲れ切っていた俺とヒナウェーブは、無心で迷宮を進む。
――すると、
「ん……たぁ……よく寝たんだじぇ……」
ラルメロが背伸びをしつつ、俺の身体からスっと姿を現した。
「なあラルメロ……この迷路……」
「もちろん分かるじぇ」
「えっ?」
「話は聞いてたじぇ、着いてくるんだじぇ……」
ラルメロは呑気に尻尾を揺らしながら先導する。
――そして、十五分後。
「ゲートの光だ……」
「すごい、メロちゃん優秀……!」
「ぬへへ……」
こうして、光が差し込む出口に飛び込み俺たちは『迷宮の洞窟』を脱出したのだった。
――すると、目の前に一人のプレイヤーが待っていた。




