VS毒牙鮫 中編
無限湧きの小鮫は止まることを知らなかった。倒しても倒しても進まない現状に焦りを感じつつ、正確に切り刻んでいく。
このゲームは、敵を倒すと経験値が入る仕組みとなっており、その経験値は最後に倒したプレイヤーに付与される。
そのため、本来ならば確殺を担うヒナウェーブに経験値が入ることになるのだが、レベルは一切変動していなかった。
最低でも百匹以上は倒しているにも関わらず、レベルが上がらないのはありえない。つまりこの小鮫には、経験値が入らないようなシステムとなっていることが分かる。
これが、俺たちを苦しめている要因の一つだ。
「くっ、終わりが見えねぇ……」
気がつけば俺は、湖を一周していた。
そこで気がついた事がある。
俺たちが登ったハッチの近くで、傍観していたラドリー博士が姿を消したということだ。研究所に戻ったのだろうか……。
ともかく、今は目の前の敵に集中すべきだ。すると……
「あーあー、テステス」
どこからか反響した、ラドリー博士の声が聞こえた。それは、校内放送のような音質であった。
「ワシは今、研究所の監視室におる。状況を説明しよう。湖に底に眠っているサメは、消えたり現れたりを繰り返しておるのじゃ」
「……はぁ?」
「条件は、お主らが戦っている小鮫にある。この小鮫を一匹倒す事に、切り替わっておるのじゃ」
「なるほど、こいつらは嫌がらせ目的だけじゃなく、ちゃんとしたギミックがあったって訳か……」
「ああ、ルアよ……その通りじゃ」
「俺の声そっちに聞こえてんのかよ!」
今まで、毒牙鮫に気を取られて気づかなかったが、水中や湖の壁面にカメラが取り付けられている。どうやらそこから音を拾っているようだ。
それはそうと……毒牙鮫を透過を解除しない事には始まらない。湖を観察している余裕がない以上、ヒナウェーブと博士との連携が必要条件となってくる。
「博士、タイミングを教えてくれ! 今はどっちだ!」
「今は、消えておるぞ」
「了解!」
ヒナウェーブは、一匹の小鮫を撃ち殺す。それと同時に、効果が切れていた情報伝達を使用して、ルアを指定した。
『とりあえず、今は実態化してるらしい。私は、一旦攻撃しないでおく』
「リョーかいっ」
「ルアは了解と言っておるぞ」
ヒナウェーブ→俺→ラドリー博士→ヒナウェーブの順で情報が共有されていく。
でもこれ、逆に増え続けて詰むだけじゃ……
俺の脳内では、そうなる未来しか見えなかった。もしそうなった時は、飛び込んでボスを狙いに行くしかない。
でも、俺泳げねぇんだよな……
俺は、運動神経の良い方だと自覚している。だがしかし、水泳だけは唯一の苦手分野であった。
何故苦手なのか。自己分析の結果、いくつかの課題を発見した。
・目に水が入る
・耳に水が入る
・鼻に水が入る
・口に水が入る
の計4つである。
そう、悪いのはそこそこ運動神経の良い俺ではなく『水』なのだ。
目は痛くなるわ、耳は詰まってうざいし、鼻も水が入って痛くなるし、口もうざいし……。
って痛いとうざいしかないな。
ともかく、それが俺の泳げない要因である。
正直、改善のしようが無い。これらは必然的に起きうる事象であるからだ。
まあ、ゴーグルやシュノーケルを着用すれば、目を守ることは可能だが、時々侵入してくることもある。それに耳、鼻、口は防ぎようがないため、俺には意味が無いのと同義と言える。
そのため、俺は安易に湖へ飛び込むことはしない。それは最終手段であって、頭の中では毒牙鮫を、こちら側に引き込むことしか考えていなかった。すると、ヒナウェーブの声がいきなり脳内に囁かれる。
『ちょっと行ってくる!』
対角線上に居たヒナウェーブに目線を移すと、綺麗なフォームで飛び込んだのが見えた。
「あいつ……マジか」
驚きと心配が混合してしまったため、そう呟く。かと言って、俺も湖に飛び込むような真似は出来ない。小鮫のヘイト稼ぎという言い訳を付けて泳ぎたくないだけなのである。
しかしながら、ヒナウェーブの考えが見えない。湖に飛び込んで攻撃を仕掛けるしかないと思ったのか、それともなにか作戦があるのか……。
そう頭の中で思考を巡らせていると――。
『湖、入れるよ』
またしても脳内で声がした。
「は? どうやって喋ってんだよ……」
何故か、水中にいるはずのヒナウェーブから連絡が来た。訳の分からない状況に、頭がこんがらがる。
『大丈夫だから、早く来て』
ヒナウェーブは、信用できる人間だ。嘘をつくタイプでは無いのは、これまでの冒険で知り得たことである。だから俺は意を決して飛び込んだ。
「ああ、もうどうにでもなれ!」
ここまで来たら、死ななきゃそれで良かった。それに、埒が明かなかったからだ。
俺は水中の独特な音が聞こえた途端、目を開ける。
「これは……」
『全身に結界が張られてる影響で、水が入らないシステムになってるのよ』
水しぶきで気づいたのか、ヒナウェーブの脳内再生が聞こえる。
「って、やべ!」
俺は、小鮫が追いかけてきていると思い、後ろを向いた。しかし、小鮫は追走してきていない。
「ふぅ……」
後先のことを何も考えずに飛び込んでしまったが、ひとまず安心だ。
『湖の真ん中で浮きながら、小鮫の様子を観察してたけど、あの子たち湖に帰ると消滅するみたいだね』
「なんだそりゃ……」
ここまでの作戦は、時間の無駄だったってわけだ。それなら、さっさと湖に飛び込めばよかった。まあ、結果論ではあるけども。
『とりあえず、私のところに来てくれる?』
言われた通り、湖の中心へ上がる。それにしても、現実世界より簡単に泳げる。ステータスの兼ね合いもあるだろうが、水が入らないだけでこんなにも泳ぐのが楽しいとは思わなかった。
「来たぞ」
「で、作戦は?」
「え、いやそれを聞くために上がってきたんですが?」
「じゃあノープランで行く?」
彼女は呑気に言った。
「ここまで来て、脳筋な馬鹿があるかよ……」
「違う。そうじゃなくて、臨機応変にってこと」
「全然意味合い違うだろ」
俺は、頭の中で思考を巡らせているのに対して、彼女は平常な心を保っている。橋で怯えていた時とは大違いだ。
「まあ、一旦落ち着こうよ。毒牙鮫も動いてないみたいだしさぁ」
そう言うと、ヒナウェーブは底にいる影を指さす。確かに、動いていない。そう思うと、心に余裕があるのも納得した。
「そういえば、ラドリー博士は?」
「さあね、倒れたんじゃない?」
「サラッと縁起の悪いこと言うなよ……」
アドレナリンが出まくってるのか知らないが、今のヒナウェーブは相当毒舌だった。
「なあに、聞こえておるぞ」
うん、普通にいた。NPCがいきなり死ぬなんて、クソゲーでしかありえない理だからな。
「なあラドリー博士、あの時の電気ショックみたいなやつ出来ないのか?」
「ああ、出来んな。あれは湖が大きすぎて電気が通らん」
考えてみればそりゃそうだ。そもそも、バウクロは、プレイスキルが問われるゲームであることをつくづく承知している。サポートして貰えるはずがないのだ。
「なるほど、NPCはあくまで、情報を伝えてくれるだけってことか」
「つまり、自分たちで倒せと……」
「元からそのつもりだから関係ない。そうだろ?」
「うん、分かってる」
楽に倒せるとは思っていない。寧ろ負ける可能性の方が高い状況だ。けど、ヒナウェーブとならなんとかなる気がしていた。
「結局、作戦は臨機応変ってことで良いね?」
「うん、それで良いと思う」
「……え? さっきまで否定してたのに……」
「それしかないって気がついたんだよ」
堅牢堅固のスライムと同様に、敵が動かない時はこっちから仕掛けるしか方法は無い。そこからは、未知の領域ではあるが、自分の技量に託すとしよう。
「先に言っとくけど、呼吸の代わりにスタミナが減るっぽい。だから、定期的に息継ぎしないと継続ダメージでやられるから気をつけて」
「ああ、そうなんだ……ん、まてよ?」
「……?」
「俺のスピードブーストは発動中、スタミナが無限になる。だから、最強かもなって……」
「え何それ、ズルじゃん」
「俺は、ズル超えてチートだと思ってるけどな」
俺は、車厘森林でこの神スキルに何度も救われてきた。そして、今回もまた救われることになりそうだ。
「心の準備は?」
「出来てるけど……その前に、ステータスポイントだけ振らせてくれ」
危ない危ない。後回しにしていたらまた忘れるところだった。
―――――――――――――――
【プレイヤーネーム】ルア
Lv.23
【職業】侍
【所持金】75050G
HP(体力):70
MP(魔力):30
ATK(攻撃力):55→75
DEF (防御力):5
ST (スタミナ): 20
DEX(技能):35→55
AGI(俊敏性):30
CRI(会心):10
LUK (運):30→35
守護霊:無し
スキル
・ムーンスラッシュ
・スピードブースト
・ラックカウンター
・月影返し
・蒼月一閃
・狂刃乱舞
【装備】
右手 日本刀
左手 無し
頭 猫の仮面(黒)
胴 ロングコート(黒赤)
腰 無し
足 ブーツ(黒)
―――――――――――――――
俺は溜まっていた、45ポイントをDEXとATKに20ポイントずつ。余ったポイントをLUKに振り分けた。
「オッケー、準備万端だ」
「ヘイト稼ぎは任せたよ」
そう言いながら、ヒナウェーブは俺の肩をポンと叩く。
「ああ、行ってくる」
俺はそう言い残すと水を蹴りあげ、湖の奥深くまで推進した。
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