迫り来る黒い影
「そのサメは不吉じゃ。ワシが研究に研究を重ねた結果、餌を与えずとも生きていることが分かった。じゃから、殺してくれ。それがワシの人生最後の研究じゃ」
ラドリー博士は、俯きながら声を震わせる。これはもう……確定演出だ。
「ウェブ……今すぐ撃て」
俺はそう言ってヒナウェーブに目線を送る。それを横目で聞いていた彼女はゆっくり頷くと、引き金に人差し指を掛け……
――パァン!
風船が破裂したような音が部屋に響く。その弾丸はパリンと水槽のガラスを貫き、小鮫の腹部を的確に撃ち抜いた。小鮫からは、赤いキメ細やかなポリゴンが噴出し、水槽から漏れ出た水に流れていく。
「さあ、どうだ……?」
何かが起こるはず。そう信じ込んでいた俺は身構える。だがしかし、何も起こる気配がない。地面が唸るわけでもなく、研究所が崩壊する訳でもなく、パソコンだらけの部屋はただただ静寂に包まれていた。
「いきなりボスが飛び出してくるとか、そういうのだと思ってたけど……何も起こらないね」
「俺も、そんな感じだと思ってたんだけどな」
敵を倒したら、それより強い敵が出てくるなんてパターンは鉄則中の鉄則だ。しかし、このゲームは決められた規則に乗っ取っていない。
初っ端の負けイベチュートリアルや、ちょけスライムからそれは一目瞭然だ。
だからこそ、俺は警戒を怠らなかった。想定外の事象が起きた時に、対応するためである。
「ふむ……なら試してみるかのう」
ラドリー博士は周りを見渡した上で、再びキーボードに手をかける。カチャカチャと心地よい音を聞きながら、俺とヒナウェーブは知らぬ間に釘付けとなる。
すると、突然パソコンのモニターに映し出されたのは、俺たちが最初にいた『迷宮の洞窟』の内部映像だった。ロボットの前面には小型カメラが付いていて、どうやらその映像を見ているらしい。
「なるほど、それで地面が消えるあの不可解な現象を確かめるって訳か」
「その通りじゃ。もしかしたらと思ったのじゃよ」
入り組んだ迷路を右往左往に進み続けるロボットは、止まることを知らなかった。これは、マウスとキーボードで操作しているラドリー博士の運転技術そのものだ。
普通にちょっと面白そうだと若干気が抜けていたその時だった。
「「あっ」」
目の前の地面がなんの前触れもなく消滅したのだ。もちろんロボットは、真っ逆さまに落ち、地面に墜落。嫌な音と共に、映像が真っ暗になったことから、壊れたのだろうと推測される。
俺とヒナウェーブが経験した落とし穴と同様のものではあったが、その時遭遇した亀は見当たらなかった。もしかすると、あの亀はこのクエストのトリガーとなっていただけかもしれない。
「ほう、という事はあのサメは関係なかったということじゃな……」
ラドリー博士は、顔を顰めながら呟く。自分のせいでなんの罪もない鮫を殺めてしまったのと同時に、迷宮入りとなってしまった事件に疲れを抱いているのだろう。
「結局、原因はなんだったんだろうね」
「うーん……」
思い返してみれば、あの小鮫には何とも言えない違和感があった。人工物感というか、何かに取り憑かれてるというか、本来のサメの動きではないような気がしたのだ。
いや、ちょっと待てよ……もしあのサメが元々死んでいたのだとしたら、ラドリー博士の餌を与えていなくても生きていたという発言に説明がつく。
でも、湖の生き物が消えた理由ってなんだ?
あーもうわけわからん!
謎解きをするのは好きだが、あまりの情報の多さに、俺は頭を抱えていた。そんな中、ヒナウェーブは何やら耳を澄ましている。
「ねぇ、上になんか居ない?」
確かに、何かが動いているような音が聞こえる。
「真上は地底湖だったよな……」
今の地底湖に生き物は一匹たりとも居なかった。となると、小鮫を倒した事によって復活したのだろうか。
「これ、やばいかも!」
「ちょ……おい!」
ヒナウェーブは、部屋の出口に向かって飛び出す。それに呼応するように俺も後を追った。
◆
「ねぇ、あれ見て……」
湖が見えるガラス張りの天井。その真下に立ち止まり、上を見上げていたヒナウェーブは何かを指差す。俺はその方向に目をやると、巨躯の影が優雅に泳いでいるのが確認できた。
「これは、まずいことになったな……」
俺は、今までに感じたことの無い恐怖を身に覚えた。




