用意周到
家に帰り、夕食やら諸々やることを終わらせ、バウクロの公式アプリから、フレンドのヒナウェーブにチャットで連絡を入れたところ、すぐ行けるとの返信が来た。
前半戦の疲れも回復してきたし、俺も準備万端ではあったが、その前にヒナウェーブについて調べてみることにした。
すると、彼女が言っていた世界大会のインタビューに応じた際の記事を発見した。
「女子高校生プロゲーマー『西野川陽波』ねぇ。なるほど、だから『ヒナウェーブ』なのか。ネーミングセンスの塊だな」
気がつけば、記事のQ&Aをひたすらスクロールしていた。プロゲーマーならではの見解や、練習方法など、自分に活かせそうな内容だったからだと思う。ここまで文章に夢中になったのは生まれて初めてかもしれない。
「ああ見えて、意外と論理的なんだなぁ」
Aの一個一個がなんとも深い。きっと地頭が良いのだろう。それが強さに現れているという訳か……
一通り記事を見終えた後、時計に目を移すと待ち合わせ時刻をとっくのとうに過ぎていた。
「やっべ、時間溶かしすぎた」
俺は慌てて、バウンティクロニクルにログインした。
◆
「……ん」
見知らぬ天井に一瞬動揺するも、冷静になって気づく。
「ああ、リスポーン部屋か」
街の中でログアウトすると、強制的に宿屋のベッドにスポーンするというシステムをすっかり忘れていたのだ。
ベッドから降り、扉を開けると、白い霧がかったモヤモヤが俺を歓迎する。そして、躊躇なく扉の先を抜けると、【イサルデ】でログアウトした場所に転移された。
ふと空を見上げると、午前中の綺麗な青空は闇に侵食され、小さな星々が輝いて見えた。
というのも、バウクロは、時間軸が現実世界と同期されているからである。そのため、ログインする時間帯によって風景も変わっていくのだ。
「お、来た来た」
俺が空を見上げた直後、すぐ横にいたヒナウェーブが声をかけてくる。
「ごめん、ちょっと遅れたわ」
「ううん、全然大丈夫」
全然ちょっとどころじゃないし、なんなら20分遅刻した。それなのにも関わらず、何故かヒナウェーブは許してくれたのだ。ウキワなら間違いなくブチギレていたことだろう。ああ……怖い怖い。
「ちょっと、持ち物整理も兼ねてドロップアイテムを売りに行ってもいいか?」
「オッケー。私はもう準備できてるから、近くで待ってるね」
ヒナウェーブから承諾を貰うと、俺は街を歩く。
【イサルデ】の街並みは【ラ・シーロ】とは一風変わって、石造りの統一された洞窟住居が多く見られる。まるで、過去にタイムリープしたかのような感覚だ。
俺は街を歩き回り、見つけたショップでインベントリを見つめる。
最初のように全部売っぱらってGに還元することも考えたが、それは辞める事にした。
というのも、車厘森林で身をもって知ったからだ。このゲームは甘くない――と。
バウンティクロニクルは、敢えて鬼畜仕様にしていると考えられる。まるで、運営にプレイヤースキルを試されているかのような――そんな気がした。
結果的に、高く売れるものや、使わなそうなアイテムは売って、後で役に立ちそうなものは残すことにした。
「やっぱ、延べ棒は金になるなぁ」
「スライムアイアン」を倒すことでドロップする「鉄の延べ棒」と車厘森林で一番のレアエネミーであろう「スライムゴールド」が落とす「金の延べ棒」は相当な金になった。
ドロップ率が悪いことも加味すると、レアドロップであることは間違いないだろう。
「合計155000Gか……」
桁が増え、大金持ちになったかのような気分を味わいつつ、武器欄を見る。
「深淵の牙刃?」
厨二病心を擽られる名前に、俺は思わず口に出してしまう。
「ああ、その刀には一つ注意点があってだな……」
相も変わらず男前なNPCが、俺の言葉に反応する。
「と言うと?」
「こいつは、スタンダードの刀と同義の威力だ。だが、鍛冶屋に行き対応した素材と組み合わせることで進化を発揮する」
スライムウッドみたいに、刀に手足生えますとか言われたらどうしようかと身構えていたが、ひとまずほっとした。
「俺の今持ってる刀じゃ合成できないのか?」
「ああ、無理だ。そいつは壊れないように出来てるからな」
俺はそりゃそうかと納得する。
本来なら今すぐにでも使える上位互換の刀を買っておくべきだとは思う。
けど、他の刀を見る限りほぼ微差な気がしている。それなら、持ち前のプレイスキルと持ち合わせたスキルで補えばいい。あと、このシステム――男心をくすぐるものがある。
てなわけで……
「この刀買います!」
「お、毎度ありぃ!」
その後、回復薬の補充をして、俺はショップを出た。
「色々待たせっぱなしで悪いな」
「全然大丈夫。待ち慣れてるし」
「ああ、そう?」
待ち慣れてるってなんだよとツッコミを入れたくなったが、迷惑をかけている俺が言えるはずもなく……
「ほらボーッとしてないで先行くよ?」
そう言ったヒナウェーブは、心做しか顔が綻んでいるように見えた。
「あ、うん」
俺は顔も出してない彷徨う野良猫になぜここまで尽くしてくれるのか疑問だった。思い返せば、ヒナウェーブに会ったのもたまたまじゃなかったり……。
もしかしたら、ウキワとグルでなにか企んでいるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はヒナウェーブの後を追った。




