賞金サンドバッグ
――遂に絶好のチャンスが回ってきた。
学校の教室より二回りほど広い空間。そこにランダムで出現するサンドバッグを待ち構える。
「――おらッ!」
走って殴るという単純な作業の繰り返しは、洗礼されていた。
残り15秒、自己新記録を更新した今――。
「行ける……!」
【インフィニティ・アタック】は半年前に発売された賞金付きVRゲームである。
サンドバッグを一回殴ると1点。その際、クリティカルが発生することがある。これは5点。
総合点数の高い上位3名が賞金対象となり、上から5000円、3000円、1000円を獲得することが出来る。
つまり、このゲームは試行回数ゲーかつ運ゲーという今までに類を見ない賞金付きVRゲームなのだ。
5……4……3……2……1……
「間にあぇえええええ……!」
0……。
ピピーッとホイッスルのような音が響き渡ると同時に、合計点数と順位がシステムウィンドウに表示された。
「263点……一位だ!」
このゲームをプレイし始めてから三週間。最初は200位にも満たなかった順位が、立ち回りを模索し、最後の最後でクリティカルを引いたことで、ついに一位(暫定)を獲得した。
――思えば短いようで長い戦いだった。
「もう二度とやりたくねぇ……」
そう呟きつつ、大の字になって寝っ転がる。サービス終了するからと意気込んだあまり、意地になって想像以上にのめり込んでしまった。
賞金が懸かっていると、闘争心が高まって、つい無限にやってしまう癖があるからである。
「あとは結果待ち……か」
俺は上体を起こして、ゲーム内でログアウトボタンを押し、リアルの世界に帰って来ると、VRヘッドギアを外す。
ベッドから、壁掛け時計を確認すると、23:55分だった。今日は土曜日。毎週日曜の0:00分にランキングが確定し、正式な順位が決まる。いよいよ結果のお披露目会だ。
ざっと五時間ほどプレイしていたため、喉がカラカラだった。なので、机上に置いておいたペットボトルを手に取り、たっぷりの水を口に含む。
【インフィニティ・アタック】は今週でサービス終了となる。0:00分になると同時にこのゲームは終焉を迎えるのだ。
このゲームは、元々賞金付きという制度が無かったらしい。サンドバッグを殴りまくって点数を稼ぎ、順位を争うつまらないゲームとして埋もれていたのだ。
しかし、賞金という新たな施策を設けたことにより、多くの新参者が殺到し、サーバーが耐えきれず、長期メンテナンスになったこともあるらしい。
今では、それが嘘のように過疎っている。
(よく半年も持ったな……)
たった三週間しかプレイしていないものの、ちょっと名残惜しい気持ちもあった。
暗記は何度も声に出したり、書いたりを繰り返すことによって、記憶を定着させることが出来る。それと同じような原理で、ゲームもプレイすればするほど、記憶に残りやすくなる。
持論だが、きっとそういうロジックが哀愁漂う感情を生み出しているのだろう。
そんなしょうもないことを脳裏に浮かべつつ、壁に掛けられた時計を眺めていると、あっという間に0:00分となった。
「さて、ランキングは……」
上体を起こし、鳥が水中の獲物目掛けて、ダイビングをするような速度で、ベットの隅に置いていた携帯を手に取り、ランキングを公式ウェブサイトにて確認する。
…………………………は?
――俺は唖然とした。
絶対一位だろうと心の中で一喜一憂していたのにも関わらず、今週の結果は「二位」と表記されている。
とうとうゲームのしすぎで、目がおかしくなったかと思い、何度も目を擦ったが、順位は変わる様子もなく……
「まあ、そういうこともあるよな……」
ひとまず、目標である賞金を獲得できたのは良いものの、あの短時間で一位を逃したという受け止めようにも受け止めきれない事実が頭によぎる。
今の俺は、なんとも言えない複雑な心境に包まれていた。
「とりあえず……一位の名前でも確認して、寝るとするか」
俺は、賞金を取れただけマシだと割り切る事にして、頭の中を瞬時に切り替える。
ウェブサイトで確認したのは、個人の戦績である。そのため、全体ランキングを確認してみることにした。
【最終順位】
1位「ウキワ」 266点
2位 「ルア」 263点
3位 「ヒナウェーブ」 261点
「ウキワって……ま、まさかな……」
――そのプレイヤーネームには見覚えがあった。
高校2年生の春。初めて同じクラスとなり、初対面で意気投合した人物がいた。その名は宇木野来葉と言う。
勉強、スポーツ共に万能。それに加えて、圧倒的な美貌を持つオールマイティな彼女は、ゲーマーであった。
ある日、賞金付きの1V1ゲームで勝負しようと、彼女から持ちかけられる。
俺は迷うことなく承諾した。というのも、そのゲームは俺が人生で一番やり込んだゲームかつ賞金を獲得したことがあるゲームだったからである。
そんなことも知らずに、彼女は自発的に挑んできた。負ける訳無いだろうと、その時は思い込んでいた。
しかし、結果は十戦十敗。彼女が不正していた訳でもなく、普通に実力で負けたのだ。俺はその場で打ちひしがれた。
――その時、彼女はこんな台詞を吐き捨てた。
「それ本気でやってるの……? 蟻でも相手にしてる気分だったよ」
上から鋭い眼光を浴びせられると共に、俺は嘲笑われる。学校の時とは違う真反対の性格が顕になった瞬間だった。
そんな彼女の頭上には【ウキワ】と表示されていた。
「……ん」
携帯が鳴った。メールの通知だ。
タップして開くと――。
『どんまい^^』
という煽りのメッセージと共に、サルが拳を突き上げて踊っているスタンプが送られて来た。
相手は、宇木野来葉からだった。
「やっぱ、コイツだったか……」
煽りの定型文は、親の顔より見ている。そのおかげで見慣れていた。しかし、一番の問題はスタンプだ。
スタンプを連打する訳でもなく、たった1個だけ送ってくるこのスタンプが絶妙にイラッとくる。
その上、レパートリーが多い。
過去のメッセージを見返すと、豚がダンスしてたり、羊が寝っ転がってドヤ顔してきたり――いや、よく見てみると、同じようなものばかりだな……。
来葉から送られたスタンプは、未所持なら即購入している。
――何故か。
将来、煽り返すために決まっている。
ちなみに、今回送られてきたスタンプは既に持っていた。恐らく、最近買ったサルのスタンプセットに付属されていたものだろう。
「はぁ……」
大きくため息をついた後、そっとスマホの電源を落とす。
溜まったストレスを横流しにできる【インフィニティ・アタック】はサービス終了してしまった為、もうプレイすることは出来ない。
もう二度とやりたくないと確かに言った記憶がある。だがしかし、こんな仕打ちになると誰が予想できたか。
「あーもういいや……寝よ」
俺は、やるべき事を一通りこなした後、しっかりふて寝したのだった。
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