第7話 大陸横断ツアラーと不審な高校
バイク、もしくはオートバイとそう一言で自動二輪の乗り物は意外と奥が深いものだ、と言うことを知るのは興味ある人間だけ。
大半が、自転車と違い教習所に行って免許取らないと乗れないヤツ、という程度の認識で済ませてしまう。
だが実際はバイクにはいくつかの種類があり、いま春人の目の前に置かれたバイクを見れば、軽量で見かけやすいスクーターと違うことに気づけるだろう。
とくにロングツーリングでの使いやすさに重点を置いたツアラーと呼ばれるバイクとか。ツアラーのエンジンは高回転パワーだけでなく、低中速も重視したりと風圧の軽減や乗り心地の良さに配慮した設計があり、二人乗り用の大型であってもハンドリングがしやすい。
日本では、加速性重視のスポーツバイクが人気だったが、時代の流れを受けて安全面もあるバイクが求められるようになり、俗にスポーツツアラーと呼ばれるバイクが市場を席巻。
いま春人の目の前にある「純銀鉄翼」と名付けられた大型スポーツツアラーもその代表格だ。
外見はまさしくアスリートのように鍛えられた力強くシャープのスタイリングそのもの。車体の大きさから操作が難しそうに見えるが、静かで振動が少ない上に一世代前の水平対向六気筒二〇〇〇ccモーターエンジンがのおかげでスムーズな走行を可能にしている。さらに言えば微速前後進があるためバック駐車をしなくても駐車場から動かしやすく若い女性でも乗りこなせる大型バイクの一つと言える。
そんな純銀鉄翼は一世代前にはない機能が備え付けられている。Brain・Machine・Interface、略称BMIシステムを搭載したスポーツサングラス状のデバイスである。これを装着し車体接続するだけで脳の神経活動情報を読み取らせ、「念じるだけ」でこの大型ツアラーのエンジンをかけるだけでなく、設定した車間距離を保ちながら加減速ができるアクセル・ブレーキ操作支援AIの起動をさせることができるのだ。
なので春人はスクールバックからデバイスを付けヘルメットを被り、純銀鉄翼に跨って一階エントランスで待っていた真宵を後部座席に乗せて走り出す。
本来なら大型二輪で二人乗りを行う場合、普通二輪免許を取得して通算一年以上経過していれば、大型二輪免許取得して一年以上待たずとも二人乗りが可能になるという制限が設けられているが、『オッターヴォ』は日本帝国内にありながら日本帝国の法律が適用されない治外法権である。ゆえに「帝国内にある小さな外国」なんて呼ばれてるのだが、逆にそのおかげで春人はこの大型二輪免許必須の純銀鉄翼を一年待たずして運転できるのだ。
このように『オッターヴォ』という都市は独自のルールがいつか存在し、とくに目立つのが学校直通のバスが駅前ロータリーからしか出ず、なおかつそこに来るバスをわざわざ待って学校へ登校することである。
この登校ルールは、条例のように自治法の範囲内でしか効力を持たないものではなく、刑法のように広範囲かつ重罰──学校規定の懲罰教室へと一ヶ月ほど送られ、氏名を校内にて公表される──を受けるほど厳しく、外から来た学生からしてみれば不便さを感じるだろう。
「……しばらく通ってみたけど、やっぱり俺の高校かなり変だわ」
つまらなそうに背後にいる真宵へと言葉を投げかけながら、自身の手足のように転がし春人は純銀鉄翼を駆り走らせていく。
春人の腰に腕を回してしっかりと抱きつく、なんてことはなく肩掛け学生鞄の手持ち部分を掴み、後部座席にちょこんと座る真宵は唇を尖らせ言う。
「僕ちん、めちゃくちゃモテてて交際を断るのが大変なんだよねーって自慢話ですか?」
やはり部屋で交わした会話で、発覚した春人の女性関係を受け入れたわけではなく、なんとか押し込んだ強い不快感は消しきれていないようだ。
──なんで自分には女として扱ってくれないんだ、って不満が隠しきれねえな。よりにもよって俺に惚れてるとか、頭ではダメだってわかってるだろうに。
真宵の感情を手玉に取るように理解しつつ、彼女の可愛らしい嫉妬発言をスルーして、否定の言葉を発する。
「ちげえよ。俺の通う修桜蔭高校にいる超能力者の質が悪いらしくて、ちょっと面倒なシステムを採用してるって話だって。モテ話なんかしなくてもわかるだろ」
と、春人はそう言い切ると頭を動かし通学路へと真宵の視線を誘導させる。
そこには春人ら二人と同様に駅前ロータリーへと一緒に行くためか、誰かが来るのを待ち合わせている女子学生二人──ちょっとギャル寄り──が立っており、思いっきり春人のほうを見つめては指を指したり飛び跳ねたり、「ちょっ、イケメンじゃない?」なんて言葉を漏らしながら楽しく談笑していた。
春人からすればこのような黄色い声は日常の一部に溶け込んでて、たまにイラッとする要因になったり、状況によっては同年代の男から舌打ち、どころか集団による喧嘩をふっかけられるのだが。談笑している本人らにはなんらかの悪気があるわけではないので、密かに抱える人には言えない悩みの種である。
──……なんつーか美人薄命って四字熟語ってかなり的を得てるよな。生まれ持って病弱だったって以外は、こんな意味不明な難癖をきっかけから理不尽な目に遭って、自ら命を断って短命にならざるを得ないっていう。……まあ俺の場合は、妙な自信を漲らせてる男だけの馬鹿なグループが大半だけど、たまに来る根暗なほうは、カッターナイフ持って突っ込む倫理観のなさが鬱陶しいって感じだな。
やや不貞腐れた考えを浮かべながら、春人はかつて経験してきた喧嘩の数々に対して冷めきった評価をそう下す。
春人は異性に好かれやすい外見や並外れた学力の高さだけでなく、討滅官としての人生を送る前から運動神経は並外れていたものがあった。殴り合いという意味での強さで言えば、たかが五人程度に一斉に襲われたところで軽くいなし、薄ら笑いを見せる余裕を持って蹂躙できるほど。
「むーっ、しれっとモテ自慢してるじゃないですかー! ……人が悪い春人さんなんて、小石に蹴躓く人生を謳歌すればいいんですよーだ!」
両頬を不満いっぱいの幼稚園児のごとく膨らませたあと、真宵は軽い悪口をして今度は片頬に空気を溜め込み不貞腐れる。しかし明らかにこれは春人との会話を終わらせないよう、話しかけやすい言葉を選んでいるのは見え見えだった。
「うえ。小石に蹴躓く人生とかめっちゃ嫌なんだけど、謝るから普通の人生歩ませて」
「……ふーん、嫌なんですか。なら私を喜ばせる言葉を言えたらこれからの人生を変えてあげてもいいですよ、春人さん」
赤信号に捕まるも距離があるため減速しつつ、純銀鉄翼を進ませながら春人は真宵のまんざらそうもない言葉を聞き、彼女が求めてる言葉を紡ぐ。
「……真宵って俺のことよく知ってるのにいつも仲良くしてくれるよな、だってこうやってたまに登校するぐらいだし。そんな優しいところとかシャワーで髪が濡れて女の子らしい色気あるところとか、可愛らしくて俺としては一番好きだよ。本音を言えば真宵とイケないことをシたいって日々思ってるよ」
「〜〜〜っ。そ、そうなんですかー。へ、へぇ〜……ちょっとチャラい気はしますけど、言われて嬉しい気持ちになったので特別に不問にしてあげます。次からはちゃんとしてくださいね」
春人の歯を浮くようなセリフに、嬉しい気持ちを隠せずあまりにも簡単に許してしまう真宵。まるで好きなホストに莫大な金を貢ぐ女特有のチョロさを発揮して、自制心が効いていない様相を呈している始末。
その間に信号が赤から青へと切り替わる。春人は減速から徐々に加速へと純銀鉄翼を移らせ再び路面を颯爽と駆けていく。加速が上がるにつれ狼のような唸り音は春人の気分を高めてくれる。
「ま、可能な限り善処するよ。で、話戻すけどさ修桜蔭高校って、クラス内競争起きやすくするためにポイント制採用していてな。そこで獲得したポイント数によってクラス変動されらしいんだわ。しかもAクラスで卒業しないと集めたポイントを資産化しないって言われてるから、大半の連中がかなり意欲的なんだよ。なにせ進級によるクラス替えが起きづらいような仕組みだからな」
「それ、中々に酷で歪な仕組みですね。生徒間の軋轢がどうあっても生まれやすい環境ですし、仲間意識を芽生えさせるどころか、自分さえ良ければ、みたいな独善主義を育ててしまう恐れがありますよ」
真宵も修桜蔭高校の問題点に早速気づいたようだ。正谷第一学院という『オッターヴォ』日本統括学区内で超能力・学力双方において、目覚ましい業績を出している高校へと入学しただけはある。
生徒同士が足を引っ張り合う理不尽な環境なら、程度の差はあれどどこの学校でも起きているが、ポイントという名の利益をチラつかせて競わせているのは修桜蔭高校ぐらいだ。
この他クラスを蹴落とすシステムは、他校に通う生徒から見れば屈辱的で不条理なことそのものだから、精神的に耐えられないのだろう。
実力主義体制、厳しい競争環境、下のクラスは不良品扱い、生徒間で問題が起きたら該当生徒のクラス同士で会議を開き解決させる、などどうみても退学者続出する方針を是とする学校なぞ教育機関として見るより、社会実験施設という側面が非常に大きい。
さらに貰えるポイントもクラス内で相談して、個別にするか、集団にするかも選べるからこの学校は相当ややこしいシステムを採用していると感じるはずだ。
仮にAクラスで卒業できても、悪い方向で自意識高く他を侮蔑したり、利用価値重視の冷めた人格を持った生徒を輩出してそうで、廃校するのがベストな気がしてくる。
「……やっぱそう思うよな。レベル0の無能力やレベル1の低能力ばかりってことを前提にしても、おかしさを感じるってならもしかしたらそこが糸口になる……かも」
「う~ん、どうなんでしょう。一応春人さんは候補生の中でもずば抜けてて霊気の総量はCランクありますからね。そうそう危ない目に遭ってもなんとかなりそうですけど、修桜蔭高校に私たちのお目当ての物があるとは思えません。なんであまり無謀なことはしないでくださいよ」
「……真宵がそう言うなら無い可能性が高いか。ならDクラスの少数グループで校内にある学生寮の部屋に集まり、真面目に勉強してる普通の優等生を演じる意味はあまりねえってことね、了解」
霊気のことを縮めて霊気と呼び、春人の討滅官としての能力を評価しつつ、無駄な行動することを慎むよう真宵は言った。
霊気は生まれつきあらゆる生物が内包するが、総量は違いがあり、多ければ多いほど討滅官として良いとされている。
大まかな目安としてAランクが将官、Bランクが佐官、Cランクが士官、Dランクが下士官、Eランクが兵卒もしくは候補生と評されており、一つランク違うだけで霊気総量は三倍違うとされている。
ちなみにこの評価はあくまで個人戦闘力の強さ、というよりは継戦能力をどれだけ維持できるかのものであり、体調や戦術の工夫次第で覆せる余地があるのでただの指標でしかないものである。
──にしても、第六試験分隊の中でなんで俺だけがこの都市に入れたんだろうな。能力測定値は文字通りの意味でレベル0、潜入する任務が突然命じられた点といい、傍系とは言え時継家の人間がリスクある任務の最前線にいる点といい、不審な部分があるのは否めない。
と、そんな内心を抱きながらも不審を解決できる納得感がなく少し困る春人。
すると目的地の駅に向かうため必要な交差点が見えてきたので、ウインカーを点滅させて周囲を確認しつつ純銀鉄翼のハンドルを右に切り、春人は滑らかなコーナリングを行って駅へと向かっていった。