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第5話 新たな日常

「……はぁ、相変わらず嫌な天井だよ、まったく……」


 と、春人は本当に嫌な気持ちを隠すこともなく目覚めるなりそんなことを言った。自室のベッドの上。天井を忌々しそうに見上げ、そこからベッドサイズに置かれているアナログ式の目覚まし時計に目をやる。

 時刻は朝の五時ちょうど。

 基本的に春人は同じ時間に必ず目を覚ます。討滅官エクスキューターという特殊な軍人であるからこの時間に起き、ベッド下に隠している木刀を用いた素振りなどの修練を積んできた。ゆえに目覚まし時計がなくとも一度はこの時間に自然と目を覚ましてしまうのだった。

 ベッドから名残惜しい気持ちを抱きつつ、春人はサッと起き上がる。一人で寝るときはいつもの上下スウェットという楽な格好。ここ数日は気弱な男を演じて殴る蹴るの暴力を受けたので休む、という口実を作って色々と違和感を覚えそうな場所を回っていたのだが、やはりそう簡単にいくほど甘くはなかった。むしろ、怪我で休んだという嘘がバレたせいで呼び出しをもらう始末だった。

 春人は腕を回すように振り、首を左右に鳴らしながら動かし、今日の体調について確認していく。


「……良し、と。まったく問題なしだな」


 呟きつつ、充電器から外して携帯にダウンロードしてる通話アプリLNETルネットを開き、春人は送られてきた数々の会話に返信していく。送られてくる数はざっと見ても一〇〇前後なので、既読がついてやり取りになっていかないこんな時間に返信していく。そして蒼崎邸にある私室とは違う自分の寝室を出る。

 そこは1LDKのこじんまりとした一人暮らし、ないし多くて四人暮らしできるような普通のマンションの間取りだった。あとは玄関に向かう通路とユニットバスとトイレや洗面台がある程度だ。ドラマとかでよく見るような、冴えないところから始まる独身社会人である主人公の生活拠点、と言えばわかりやすいか。

 春人は出てすぐに携帯をダイニングにあるテーブルに置くと、再び寝室に戻りベッド下に隠してあった木刀を取り出して1LDKのここへと戻ってくる。

 そして木刀を両手で掴み、正眼せいがんに構えた春人は縦一文字に虚空を斬りつける。そして再び正眼に構え、再び縦一文字に虚空を斬りつけ……とただそれだけの動作を、ただひたすらに反復はんぷくする。構え、斬撃ともに〇.一ミリ足りとも誤差のない正確さで、ただひたすら反復する。思い描く最高の斬撃を、いついかなるときでも完璧に振るえるように。ただひたすら毎日最低でも二〇〇〇回を目安に続ける。ここで大事なのが力みっぱなしでは良い振りはできず、がっちりと握り締めては素早い自在な打突はできないということ。

 なので肩の力みを捨てて振り上げ、振り下ろし相手に打ち込む一瞬だけ手の内を効かせて鋭く絞るやり方を意識する。そうすれば体力の消耗も抑えられるのだ。これは剣道の有段者も行っており、老いても達人と呼ばれている人がいるのは、このように力の使い方そのものに無駄がないからである。

 と、剣道の達人のごとく春人が木刀の素振りに限界まで集中して、汗が顔を伝っても気にすることなく無視していたら、


「おはようございます。昨日の夜、若き政界のプリンスこと環境大臣の大泉構一郎氏が、自身の『金だけで人は簡単に動かせる』という問題発言により政治を混乱させたと表明し、戸木部総理に辞任を提出したことがわかりました。大泉氏はいままで農水省大臣政務官、党青年局長、筆頭副幹事長を歴任しており──」


 朝七時にタイマーセットしているテレビの朝のワイドショーが始まり、甲高い女性キャスターの声が耳に届いた。四〇インチの壁掛けのテレビの画像に目を向けると、キャスターを挟んで、男女二人のアナウンサーが相槌あいづちを打つ。実はこの女性アナウンサーは局の人気らしく、同時間帯で放映している他局よりも支持率が良いらしい。

 春人は木刀を投げ捨てるように放り投げたあと、ダイニングにある椅子へと向かい、昨日のうちに準備して掛けておいたタオルを掴み、汗だくになった顔やら頭を部分をガサツに拭いていく。

 そのまま春人はテレビをつけっぱなしにして洗面台にて顔を丹念に洗い、冷蔵庫からスポーツ飲料水を取り出し何度かに分けて飲み干した。そして捨て置いた木刀を拾いいつもの寝室ベッド下へと隠す。

 隠したあと、登校のため指定の男子ブレザー制服に手早く着替えていたら、ピンポーン、とこの部屋の来客を知らせる機械的な音とドアモニターがほぼ同時に反応する。


「いつも通りの時間だな……」


 そう春人は来客の目的や輪郭などのことを思い出しつつ、小さく微笑みながら呟いた。

 出迎える前に、上下スウェット姿から春人は修桜蔭高校しゅうおういんこうこうが指定する制服──ネイビーのブレザーとダークグリーンのスラックスに白い線が入った赤いネクタイ──という出立ちへと着替え終わり、ドアモニターの画面をチラッと当該人物だと確認して玄関まで歩いていく。


「よっ、真宵まよい。おはよう」


 春人がドアを開けながら言うと、灰色を基調としながらも黒い襟やライトグリーンのスカーフが特徴的なセーラー服姿に黒のスカートという格好をした時継真宵ときつぎまよいが立っていた。

 開けたタイミングが悪かったのか、シミ一つない清潔感に気をつけた春人とは違う高校の制服を着て、前髪をちょこちょことコンパクトの手鏡で前髪を直してい最中だったため、


「うわっ、脅かさないでくださいよ春人さん!」


 などと真宵はそんなことを口走る。これが自然的な驚きだったら可愛らしさを感じるところなのだが、呆れたことに雑な演技であり、非常にムカつくので大根役者と呼ばれる演者に謝ってこい、とつい言ってしまいそうになるほどだ。

 しかし見た目が、愛らしい童顔で茶色の瞳をしており黒髪の一部を編み込んで、後ろ髪には大きな濃い紫色のリボンを結んでいる小柄な美少女なため、言いそうになる台詞を呑み込まざるえないのである。


「なあ……毎回毎回思うが、このくだりっているのか?」

「ええー、こんなクールビューティフルアンドレジェンドセクシーマジカルパーフェクトな天才美少女である真宵ちゃんの心ときめく仕草を見たくないんですかー?」


 その場でクルクルとリズミカルに回って、左手人差し指を突き立てておそらく史上最もくだらない質問を真宵は投げかけてくる。

 こんなふざけた性格をした真宵だが、国際討滅官機関極東総局の前身組織『鬼儀門きぎもん』を一二〇〇年以上前に作り上げた時継家ときつぎけの血を受け継ぐものである、と留意しなければならないからである。

 つまり時継家とは、一二〇〇年を超える由緒と歴史を持つ極東総局の中枢を担う名家中の名家であると同時に、一瀬家いちのせけ二宮家ふたみやけ三堂家みどうけ四宝陣家しほうじんけ五代家ごだいけ六善貴家りくぜんきけ七海家ななみけ八想家やそうけ九重家ここのえけ十条家とおじょうけという十に枝分かれした宗家とそれに連なる四〇以上の分家の数々を、絶対的な権力・財力・武力で従える主家という一面もある、ということだ。

 ちなみに、『戦鬼ノ組』第二連隊の隊長を務める大佐の宗介も、一瀬家の分家にあたる霧生家の出である。

 彼女いわく、直系ではなく傍系なのであまり気にしないでほしいと言ってきているので、春人はこうして普通の同年代高校生として扱っているのである。


「はぁ、まあいいや。上がっていいぞ」


 ゆえに春人はこうやって意図的に無視し、真宵を家に招き入れるのである。それに彼女は「うわ、雑過ぎませんかー春人さん。こんなか弱い女の子を見たら崇拝すべきなんですよー」と無駄に両手を上げたオーバーリアクションを見せた。しかし当の春人はジトッとした視線をするため、数秒後には少しシュンとした表情をしつつ言われた通り春人の部屋に入っていくのだった。


 ◆


「おっ邪魔しまーす」


 落ち込んでいたのもつかの間、無駄に高いテンションの声に気持ちが切り替わり真宵は春人の部屋へと入る。

 普通の男子生徒ならば彼女に対して可愛らしさを感じたりするのだが、当の春人は面倒くせぇんだけどコイツ、と真宵のウザさをオブラートに包むこともせず吐露とろしていた。

 なぜなら背丈がギリ一五〇あるかないかくらいで、春人の胸ぐらいにやっと真宵の頭が届くほどであるため、感覚として例えるなら生意気な後輩が家にやって来たようなもの。

 確かに真宵の年齢は春人の誕生日が、四月生まれなため年齢差は生じるが間違いなく同世代なのは事実。しかし年下に対して異性としての魅力を感じない春人は、彼女のことを自然と幼い後輩と区分してしまうのである。

 だから春人は口に出さずとも、真宵に対してやや冷たい対応になってしまうのだった。

 そんな感情を持ちつつドアを締めてチェーンを掛けていく春人。

 すると真宵が、


「いやー、六月ともなると少し汗かいちゃいますね。春人さん、お風呂をお借りしてもいいですか?」


 さっき通り過ぎた春人の顔をニタァ、と非常に楽しんでいるかのような笑みを浮かべて、どう返事してくれるかを探るように言ってくる。


「ああ? 自分の家でシャワーとか浴びてきてないのかよ。……はぁ、わかったわかった好きに使え。その間俺は朝食作っておくから」


 春人はげんなりした顔をしたあと、額に手をやりつつ真宵の質問にあっさりと答えた。

 真宵はそれに「えー、もうちょっと動揺ぐらいしてくださいよー」やら「これだから女たらしの非童貞は」などと言いつつ、右に曲がって洗面所兼浴室のある部屋へと扉を閉めるのだった。

 そんな真宵の反応にやれやれといった様子で両手を軽く広げたあと、春人は二人分の食事を作るためキッチンへと向かう。

 本来なら彼女の分の食事を作る必要などないのだが、もし作らないと言うのなら上層部うえに報告する、と悪ふざけを含んだ脅迫を真宵から受けており、渋々といった感じで春人は、二人分の朝食を作ることになってしまったのである。本当は真宵の料理スキル──オーブンレンジでチンが最高──が目元を抑えたくなるぐらいに壊滅的なせいなのだが。

 なので、彼女より圧倒的にマシな春人が手慣れた感じで朝食を作っていく。と言っても、春人の料理の腕前はもちろんプロ級ではないため、目玉焼きとトースターで焼いた食パンのセットという普通のレベルのもの。

 出来上がった朝食を並べながら春人は思う。

 ──なんつーか、俺の女性関係の情報だだ漏れじゃね? ……いや、確かに個人情報保護法に該当するのは氏名、生年月日、住所、顔写真などの特定個人を識別できる情報に限るから、法律的な意味では問題ではないんだろうけど。同じ組織に属してる者から異様に知られ過ぎだろ……流石に。

 別の意味で極東総局のセキュリティガバナンスがなっていないことに、春人は頭を抱えたくなるほどに呆れつつペーパーフィルターをメリタに乗せて、かしたてのお湯を注ぐ。それからブルーマウンテンナンバーワン──一袋、希望小売価格一九〇〇円──をミルでいて、コーヒーをれ始めていく。

 それから真宵が浴室から出てくる少しの間、椅子に座って閉まってあったノートパソコンを接続して政治系サイトに目を通す、同時にパソコンに昨日の自分が書き込んでおいた情報を再チェックしていく。このあとに真宵とフェイス・トゥ・フェイスによる情報交換をするためである。内容を確認したらすべての情報を削除して、この『オッターヴォ』に潜入してきた討滅官エクスキューター以外の第三者にわからないように証拠隠滅する。もちろん、データ修復されたらバレるだろうが、内偵スパイという任務においては、何事もすぐに足がつかないことが大事なことだ。

 すると、浴室のドアが開く音が聞こえ、


「いやー、朝風呂とはやはり良いものですね」


 と、満足そうな声をしながら真宵がバスタオルで全身を拭きながら言ってくる。時々、バスタオル越しに肌を叩いている音や制服に着替える衣擦れの音が、微かに聞こえているのは、真宵がわざとドアをほんの少し開けているからだ

 そんな音が聞こえるや否やノートパソコンの接続を切って、春人はいつものタンスの引き出しに入れる。


「お待たせしました春人さん。では、早速ディスカッションしていきましょうか」


 朝着てきた正谷第一学院せいこくだいいちがくいんの制服の姿でありながら、シャワーを浴びてきたのが一目でわかる程度に髪を濡らした真宵は、貧乳の幼児体型であるのにも関わらず少し大人の色香を漂わせつつ、右手人差し指を上に向けて言ってくる。


「……ああ、そうだな」


 それに対して春人は、自身の眠気を振り払うように両手の指を絡めて背伸びをして真宵の言葉に賛同するのだった。

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