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第3話 春人の悪い関係、そしてエリート隊長との再会

 専任中央訓練校の理事長室は、訓練校内には存在しない。

 同じ敷地内にある西部第三討滅官監督支局の最上階、支局長室の目と鼻のさきにあるため、その道中を第六試験分隊のメンバーは歩いていく。

 ──おいおい、まさか優梨香がしてたように学園側からもハッキングかけられたとかねぇよな。

 若干の疑問と不安をいだきつつ、候補生である春人たちを妙に気にかけた視線を向けてくる正規兵らを他所よそに足をさらに進める。

 すると突然、優梨香が背後から春人に話しかけてきた。


「ねぇ蒼崎。あなたもしかして届け出も出さずに無断外出して、街中で一般人の女ナンパして遊んできたとかじゃないわよね」

「はぁあああっ!?」


 あまりにも理事長室に呼び出された理由としては、ほど遠い意見を優梨香に言われて春人は驚愕しすぎて目を見開いて叫ぶ。

 一応、定義上の極東総局は日本帝国陸軍に所属しているため、他の正規な常備軍と同様に敷地内にある寮で独身らは──結婚などの諸事情が認められれば、自宅で──暮らしており、特殊部隊や討滅官エクスキューターなど秘匿性が高い職種は一週間前以上に外出届を出さなければ街中へと出掛けることはできない。もちろん任務の状況次第では、事前に外出届を提出して承認されたのに当日の外出が不可能なこともあるが。

 おそらく優梨香はこの前の外泊の件でなにか問題が起きたのではないか? と考えているようだった。


「えっ……うそ……」


 それに薙沙はなにか春人が性犯罪に該当することをしてしまい、理事長から直々にとがめられ罰せられると思ったらしく、春人の横顔をチラチラと見つつ小さく呟く。


「ちょ待て。俺はそんなことはしてないぞ! ありもしない話をでっち上げるな! 薙沙が困ってるじゃねぇかっ!」


 春人は優梨香の思いつきの虚偽により自分の立場が悪くなりそうなのを察し、矢継ぎ早に否定の言葉を並べていく。


「あら? 違うの? あなたの携帯にある通話アプリに入り込んだら、この前見たときより二人ばかり増えてたんだけど。それに他の登録済みの女の子と同様に、やり取りの内容が男女の衝動リビドーに関する事柄だったのよ? ナンパで遊んできたと推測するのは妥当じゃないかしら」


 と、優梨香は春人をもてあそぶかのように薄ら笑いを浮かべながら、とんでもないことを何気なにげない風をよそおいながら平然と喋ってしまう。


「……優梨香、ほんとお前さぁ。なんでそう勝手に個人情報を盗み見る嫌なヤツなんだよ。言っとくけどナンパしたとかじゃねぇから。その増えてる二人、チハルとミナセはもっと前に外出届を出してたときに、部屋に上がり込んでシてたノノカにそういうことに興味持ってる友達紹介してって言ってみたら、本当に呼んだから三人まとめて遊んでただけだって。つーか街中でナンパしたところで成功するわけねぇだろ、普通に警戒してるし、楽しんでいた日常を阻害してくるナンパ男の言葉にノッてくれる女なんてそう簡単に嫌しないって」


 そんな自分のことで揺さぶりをかける優梨香に、春人はこの前の外泊時に何をしていたのかについて、言葉を詰まらせることもなく肩をすくめながら真実を明らかにしていく。ついでに見知らぬ女の子をナンパすることがいかに難しいかも教える。


「……はぁ、無節操に女に手を出すタイプじゃないからあなたって男は面倒くさいのよね。こうやって包み隠さず言ってる時点で、女たちのほうは合意の上でヤッて楽しんでいるんだろうし、あなたの彼女にしたってあなたが複数の他の女と遊んでいるのは見て見ぬふりだろうから本当に面倒くさい話よ」


 優梨香は頭をがっくり落としながら、春人のゲスい言葉のよどみを受け止める。実際、春人の恋人にあたる凛藤美鈴りんどうみすずという中学時代に会って告白をした少女は、現在進行系で起きている春人の二十人前後に及ぶ性行為を含む浮気の数々について全部知ってて、それでも別れることなく恋人関係を継続しているのだった。ゆえに当事者──恋人や浮気相手、もしくはそれらと関わりある家族──であれば重大な問題として責め立てられるのだが、優梨香は当事者ではないためどうしても第三者的立ち位置視点になってしまうから春人の乱れた男女関係に呆れるしかなかった。


「ちょっと、ゆりりん。面倒くさいって言って蒼やんを怒らないのはおかしいって!? ふ、普通は一対一での男女交際が当たり前でしょ! 彼女いるのに浮気は絶対ダメって言わないと」


 そんな優梨香の尻すぼみする言葉に、それは非常に良くないと力説する薙沙。恋愛の正道をいて春人を断罪せよ、と強い気持ちを抱く薙沙はまさしく悪しき男を許さぬと闘志を燃やす女弁護士そのもの。清らかな純愛を是とするすべての男女の代弁者にして秩序正義の味方である。

 どう抗弁したところで春人の浮気癖など擁護不可能なはずなのだが、身近にいる仲間である優梨香は薙沙の強気な正道の語りを一蹴。


「ん~、確かに薙沙ちゃんの言い分が一〇〇%正しいんだけどねぇ。蒼崎の場合はいままでのぶっ飛んだ恋愛遍歴れんあいへんれきと女が好きそうなこのイケメン具合を知っちゃうとね。一概に蒼崎が悪いと言うのは気が引けるのよねぇ。まさに浮気が許されるタイプってこういう男かぁって感じ」


 まさかの、恋人を悲しませる浮気を繰り返す春人の行動に理解を示す優梨香。女性として正常な倫理感を有していると思われた優梨香は、ふしだらな春人に強い敵意ないし気分を害するほどの嫌悪を抱くことをせず、冷静に分析して納得していく。

 確かに優梨香にかつて話した春人の恋愛遍歴は普通と呼べるものではないのは事実ではある。

 なぜなら訓練校に来る少し前、中学校にいた当初は入学時に同級生の女子生徒から騒がれたものの、そのような性的な好奇心は当時の女子生徒も、そして春人自身も思考の上位に占めるほどではなかった。むしろ春人としては絵を描くことにかなり強い興味を持っており、美術部への入部に期待を膨らませていた。だが春人には芸術方面の才能が非常に乏しく、市が開催するコンクールに出典したところで、素人目に見ても賞が貰えないことは火を見るよりも明らなほど落ちこぼれだった。

 しかし、そんな春人にある一つ目の転機が訪れてしまう。

 入部したときから美人だと評判だった美術部の女先輩による蠱惑的こわくてきな誘いを受けたのだ。その女先輩は高校生の男と付き合っている、と親しくなった頃に嬉しそうに話していたが、同じ高校のオタク趣味の後輩女と浮気していると知り不貞腐ふてくされてしまい、同じ部員でたった一人の男でそれなりに顔が整っていること。かつ嫌なことを忘れるために主導権を握れ一方的にもてあそべそうなこと。この二つに当てはまる春人とのセックスで酔いしれようと目をつけたのである。

 そんな色香漂う女先輩の誘いを断れるほど、思春期真っ只中で性知識にうといわけではなかった春人の理性で耐えられるはずもなく、いざなわれるまま性的興奮を高まらせ女先輩との情事に激しくおぼれてしまったのだ。


「ははは、優梨香って悪い男の浮気癖に一定の理解示せるタイプなのかよ。ダメだぞ俺みたいな男に引っかかっちゃ、間違いなく人生損するぞ?」


 どうしてだか、薙沙のように毛嫌いしない優梨香の平穏な幸せを思いやり、春人は軽く悪い男を選ばないようにと注意。内心俺を選ぶのは、普通からかけ離れてしまうんだからな、と自嘲気味に呟く。

 なにせ女先輩との性に溺れた春人は、学校にいるときでも家にいるときでも女先輩との初体験は脳裏と身体がよく覚えてしまうも、一時だけの関係を持った当の女先輩はその後も毎日部活で顔を合わせるのものの、まるでそんな出来事はなかったかのように振る舞いったのだから。

 しかし日々の記憶は曖昧あいまいに、手に残った感触も淡くなっていく。忘れたくなくて、女先輩の痴態ちたいを思い出しては、何度も反芻はんすうし夜遅くまで自分を慰めるまでに春人は変わっていった。

 春人の、というか男としての当たり前の性的興味の変化を起こしていたとき、もう一つの訪れてはいけない転機が冬休みに入る直前に不意を突くようにやってきた。

 それが学内の大多数の女子生徒に漏れず春人に異性としての強烈な好意を秘めつつも、クラス内でどこのグループにも属さず孤立していた同級生でのちの恋人となる凛藤美鈴だ。ほっそりとした身体に、白魚のような指先、滑らかな黒髪という陰気な男子生徒がもっとも好むであろう少女からある日の昼休みにて告白された。

 本来なら相手からの男女交際の申し出を快諾したら、相手に嫌われないように身なりや体臭を気にしたり、デートに行くよそおいや金銭面で余裕を持てるよう考えたり、手を繋ぐタイミングやらキスをする雰囲気ムードについて真剣に悩むはず。なぜなら異性として強く意識してるゆえに気を使うから。

 だが春人は少しだけ事情が異なってしまっている。それはさきほどの女先輩との一度っきりの乱れた情交関係を知っていれば、理解できるだろう。

 美鈴に対する恋愛感情はあろうことかほぼ皆無で、自分ではもう抑えられない性欲をとにかく発散したいその一点で、春人は彼女の愛ある告白を真剣に考えず受け入れるのであった。

 そして美鈴が告白したその日の放課後に、美鈴を別棟の空き教室に呼び出し、彼女の気持ちを明確に無視したキスの強要に始まる性暴力に等しい行為に及んでいく。

 そしてついに春人は、美鈴の処女ヴァージンを奪う。

 未経験な少女だったため破瓜はかの痛みに苦しんでいたが、時間をかけてほぐしていくと、熱くぬめって複雑にかさなった言い知れぬ感触は、自ら慰めていたのが馬鹿らしくなるほどの快感をもたらした。

 ここで終わっていたら、最初こそ間違っていたが次第に普通の恋人として二人の関係は深まっていったのだろう。

 しかし美鈴の初めてを奪い、春人が余韻よいんに浸っていた空き教室にて、セックス後の現場を第三者に盗撮されたのだ。しかも同学年の中でも入学当初から運動系の彼氏と付き合っていたらしいが、夏休み頃から彼氏と別れ援助交際という黒い噂が流れてくるほどの派手な三人の女子生徒だったのだから始末に負えない。

 そのままホノカ、ナツミ、ユミコという派手な三人に脅される形で、恋人である美鈴を空き教室に見捨て、春人は一般的な宿泊を主体としたホテルとは異なるラブホテルに連れて行かれたのだった。そして流されるままユミコら三人に主導権を明確に握られ、淫らな一夜を過ごすことになる。

 行為を楽しんでいた最中に三人へなぜ自分を脅してこんな場所に連れ込んだのかと春人が聞いたら、答えは簡単に返ってきた。元々、入学した半月あたりで同学年の女子同士による春人に関する和平協定が密かに結ばれたのだという。内容は至極単純、「本人が自分の意志で告白するまで、隠れて付き合うのはダメ」というもの。それを承諾しているのに美鈴は、協定を破って告白し隠れて交際をしようと画策。それに女の勘が働いた三人は春人をラブホに誘い、美鈴を捨ててもらうため初心の女では知らないテクニックを用いてきたというわけである。

 なかなかにイカれた発想ではあるが、それぞれ彼氏と別れてから援助交際という淫行を繰り返してきた三人のテクニックは未通女おぼこだった美鈴にはない良さがあり、春人は初体験の相手である女先輩以上の至福の時間を堪能してしまう。

 すると恋人である美鈴に対する興味が時間が経つごとに薄れていき、春人は三人を中心として不特定多数とのただれた生活をとしたのである。三人のほうも援助交際で出会えたのは、中年のキモいおっさんやら自称イケメンと名乗るウザい性格をした男が多かったらしく、いつ終わらせようか思案してたころ美鈴の告白を目にし、相当ムカついたとしたとのこと。

 そうなればあとは簡単だった。理性で悩むことを放棄さえすれば、三人がそれぞれ飼い慣らせそうな女を連れてきて楽しそうに差し出すのだ。その来た女が自分好みであれば春人はそれっぽく口説いて、その日のうちにホテルにお持ち帰りして行為に至るだけ。違うのなら遊ぶ金を用意する財布として活用するだけだ。

 まさしく春人を頂点とし三人が日々充てがう夜伽よとぎの女たちを管理する形を取るので、とくに避妊について気を使うことなく遊べてしまう。自然とシステム化されていくそれは、自分が他の男らよりも男として秀でて生まれたことに対して最上の優越感を抱くことにもなっていく。

 当初そういうシステムになる前に、一応恋人だった美鈴の扱いについて悩んだものだが、春人を通して美鈴が三人に呼び出され言葉による誹謗中傷ひぼうちゅうしょうどころか、鼻血が出るまで顔面を蹴りつける身体的な虐めを受けてもなお、春人との恋人関係を終わらせたくないことと、一度手にした女を手放したくない春人の本能に忠実な考えにより形式上というカタチで恋人ということになったのである。


「なに最低最悪が服を着たクズの塊そのものみたいな男が忠告してんのよ。そんなわかりきったこと言わないで。……でもまぁ、女を悦ばせる方法知ってるあなたと、甘い一夜を過ごすのは悪くないかもね。そっちの経験は私まだないし、単純に捨てる目的ならちょうど良い相手と言えば相手だし」


 と、優梨香は鋭い目を向けながら春人を唾棄だきするものの、都合の良い相手とも評価する。


「ちょ、ちょっ、ちょっとなに言ってるの!? コイツ相当なドクズだって! いっぺん死ねどころか一億回死んだほうがいいんだからっ! そ、それに、そういうのは本当に好きな人に捧げるべきで──」


 あまりにも春人を擁護する優梨香の発言に理解が追いつかなかった薙沙は、やはり真っ当な普通の正しい恋愛論──ノーマルセックス、婚前交渉──を言い放つ。


「古風で奥ゆかしい考えしてんのな。そういう薙沙も可愛らしくて俺は好きだぞ」


 それに春人は平然とした口調で褒める。別にいやらしい下心とかではなく、ただの社交辞令でしかなかったが。


「あぁ、もうっ! ほんと蒼やんってウザい! つーか本当にマジキモい! 死ねば?」


 薙沙はそんな春人の態度がやはり気に食わないようで最大限の侮辱発言をし、敵対する意志を明確に見せる。

 だが春人はというと、薙沙を軽くおちょくるつもりで適当に怒ってるっぽい表情を作り、重々しい声を出すことを意識しつつ口を開いた。


「死ねとか殺すとか軽々しく言うんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」

「──えっ……、あっ、ご、ごめん。そういうつもりじゃ……ん? いま言ったじゃん! めっちゃちゃんと言ってんじゃん! 謝って損したんだけど!?」


 悲しいことに薙沙はアホのだった。許し難い女性関係──閉鎖的有限フリーセックス型、自分好みの系統の人であれば、性的関係を結ぶ人を限定しない──をよしとしている春人に対して、調子を狂わせてはいけないはずなのに簡単なことで謝罪してしまうのだから。

 と、そんなやり取りをして第六試験分隊が最上階にたどり着くと、丁度理事長室から一人の人物が出てきたのが見えた。

 さきほどまで激しい口論をしていた薙沙が誰だろう、と思っていたら春人が話すのを止めて急に足を止めた。


「ちょ、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 少々ばつの悪そうな顔になって、春人は視線を彷徨わせて頭を搔いてしまう。


「知り合い、とか?」


 至極やりづらそうにしている春人に首を傾げてしまう薙沙。まるでいまの春人は、蛇に睨まれた蛙状態だったからだ。すると理事長室から出てきた男性がこちらに顔を向けた。


「よぉ春人。久しぶりだな、元気にしてたか?」


 突然声をかけられて、ある程度話しかけてくる予想していたとは言えピクリと肩を震わせる薙沙。

 しかしそれ以上に、春人は飛び上がるような驚きをあらわにした。さきほどまで薙沙をからかっていた少年とは思えないほどに。

 飄々《ひょうひょう》としているものの、並外れた眼力と威圧感を強くかもし出す男だった。少し癖のある黒髪に整った顔立ち、少しニヒルに笑う笑みから三十代に届いてないように見える。

 黒を基調とした軍服の胸には、討滅官エクスキューターであることを示す刺繍ししゅうが施されていた。魔除けを意味する六芒星──正確には籠目紋かごめもん──に、日本刀をした独特な左胸につけられた胸章エンブレム。他に国籍、階級、兵科・部隊を示す襟章えりしょうが輝いており、それを見ればすぐに極東総局討滅本部付即応戦術旅団、通称『戦鬼せんきのくみ』の地位にいることがわかる。

 ちなみに戦鬼ノ組とは特定の場所に常駐する一般部隊ではなく、本部司令官の命令一つで全国各地を飛び回る討滅官エクスキューターの精鋭部隊のことだ。

 薙沙は本来なら出会うことさえない『戦鬼ノ組』に所属する男の視線をうかがいつつも、こっそりと春人に耳打ちする。


「どういう繋がり?」


小声で問うと、春人は微かに唇を震わせて答える。


「俺の家族が、仮面をつけた吸血鬼に襲われたときに助けてくれた……恩人で剣の扱いを教えてくれた上官、だな」

「て言うーことは、浄伐者イェーガーのエリートなんだ~」


薙沙がポンっと納得いったように手を叩いた直後、男性が歩いてきてそのまま三人に近づいてきた。


「──なに黙ってんだてめぇ。挨拶もできねぇのかよ」

「は、ハッ! 申し訳ありません! 大変失礼しました!」


 春人が慌てて『戦鬼ノ組』だけが行う右手の拳を左の胸章に当て、左手は拳を握り腰の後ろに当てた独特な敬礼をする。


「敬礼までは必要ねぇよ。いまのお前は俺の部下ってわけでもねぇからな」


 春人は申し訳なさそうな顔をしながら、恐る恐る敬礼を止めた。

 春人の恩人にして元上官。ということは、この目の前の男性は、『戦鬼ノ組』の浄伐者イェーガーの中でも指折りの実力者だということになる。

 春人が借りてきた猫になるのも無理はない。男性は首に自身の首に手を当てながら、その場にいた第六試験分隊の顔を一人ずつ確認していくと、静かに笑って言った。


「おっと、悪りぃ悪りぃ自己紹介が遅れたよな。俺は即応戦術旅団『戦鬼ノ組』第二連隊の隊長をしてる霧生宗介きりゅうそうすけ。階級は大佐。お前らのことは理事長殿から聞いているよ。そこの馬鹿が世話になっているようだな」


 小馬鹿にしたような視線で、春人を挑発するように見据みすえた。

 本来なら愛想笑いが生まれてくる場面なのだが、宗介から発せられる強者の風格からかそんなものは起きなかった。それでも優梨香は平然と興味なさそうに視線を天井の一点を見つめていた。

 宗介はそんな分隊メンバーの態度をさして気にした風もなく、一度目を閉じた後春人へと冷たい視線に変えて睨む。


「で、春人。そろそろ協調性は学べたか?」

「え……ぅ、そ、それは……」

「……相変わらずかよ。まあいい、あの時のようなクソ生意気な態度で迷惑かけてないなら良しとするか。もし去年の冬のままだったら、またあの雪山で徹底的に教育的指導をし直すからな」


 軽くため息を吐いたあと、宗介は右手人差し指を春人に突きつけ言い放つ。

 宗介の言う通り去年の雪山──最も遭難者が多いことで知られる谷川岳たにかわだけ──にて、春人は刻印式と討滅兵装ありで、何らかの身体機能強化の補助をしていなかった宗介に挑み、数十回以上にもおよんで意識を刈り取られ、全身の骨を何度もへし折られ、砕かれ、叩き潰された。そのとき生きているのが不思議なくらいボロボロにさせられて、殺してもらえない状況が当時の生意気で傲慢不遜ごうまんふそんな精神だった春人を完全に壊し、宗介に絶対服従するという忠誠心に力づくで変えられていった。

 ゆえに春人は、宗介に対して他の者以上に萎縮いしゅくしてしまうのである。

 宗介はひとしきり春人を観察したあと、目をつむり、ポンっと春人の肩に手を置いた。


「ま、俺よりさきに死なねぇようにな。春人」

「……はい、了解しました。霧生大佐」


 それだけ言って、宗介はきびすを返し、その場から振り返らずに手を軽く振って去って行った。

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