92 1594年1月1日 謹賀新年
文禄の役も終わり、平和な正月のはずですが、戦国時代は平和だと困る方ばかりです。
名護屋城 城下
(1594年1月1日)
転移から12年と1ヶ月経っている。日本では西暦2037年である。旧暦と新暦では40日程度異なるが新暦にて話を進める。
名護屋城1階大広間、一同が参列して新年の挨拶がなされるが諸将の数があまり減っていない。
各自の領地に帰って領国経営をしろ。とのお触れを出したが名護屋城周辺に留まる諸将や郎党が多い。
― ― ― ―
秀吉:「皆の者、大義である。まずは謹賀新年、めでたい事である。」
小西行長:「ははぁ、上様におかれましてはご機嫌麗しゅぅ恐悦至極に御座います。」
何故か小西行長が、真っ先に口を開く。どうせならバテレンらしく「Feliz Ano Novo!」とか言って欲しい。ポルトガル語で(新年明けましておめでとう)だが恐悦至極とかの表現はなくストレートである。
秀吉:「ところで、その方ら、何時まで名護屋城下に留まるのじゃ?」
小西行長:「いやいや、先日は筑前守様より用立て頂いていた銀子にて、我ら一同、借財も返せて、さらに報償金も頂きました。今暫く、名護屋にて長き戦の疲れや矢傷を癒やしたいと思いまする。」
秀吉:「まぁ、それは良いが、銀子は儂が秀次より用立てた物ゆえ、何れは利子を付けて返さねばならぬ銭じゃ。無駄遣いするでないぞ。」
小西行長:「ははぁ、何れ戦となれば先般の戦以上に手柄を立て、一括にて返済いたします。」
秀吉:「そなた、バテレンであったな。そんなに殺して、パライソに行けなんだら、どうする。」
小西行長:「ハ、ハ、ハ、敵は悪魔の使いにて、我らは神の僕で御座る。十字架の下にて悪魔共を討ち滅ぼすに迷いは御座いません。」
秀吉:「そうか、パライソに行けると良いの。」
小西行長:「我ら一同、デウスと筑前守様の十字軍にございます。」
秀吉は閉口した。デウスだかデーモンだか知らないが一緒にしないで欲しい。
もっとも明国や朝鮮に戦を仕掛けたのは秀吉であるが先代である。今頃、別府で先んじて血の池地獄に浸かって楽しんでいるかもしれない。
秀吉:「あっ、それから、あれなるは借金の肩代わりでも報償金でもないぞ。その方らの借入金にて違えるでないぞ。」
小西行長:「判っております。されど返済期日が、書いてござらん。ある時払いの催促なしとは、秀次殿も豪胆な方です。流石、筑前守様の甥御様に御座います。」
秀吉:「さにあるか、まぁ、今後とも宜しく頼む。」
小西行長:「勿論に御座います。この小西行長、いや、アウグスティヌスは神に誓ってお使え申す。」
どの神に誓ってるのか判らない。日本なら七福神だがキリシタンは唯一無二の絶対神デウスである。
デウスに祈ると裕福になれるかは定かでない。
本来、見返りやご利益を求めないのが信仰である。
(返済期日の無い借用書)
借用書に返済期間が定められていない場合、履行期限の定めのない貸借契約として、債権者は債務者に対しいつでも債務の履行を要求することができるが、相手方に必要な準備期間を与えなければならない。
― ― ― ―
名護屋城には未だ20万もの将兵が駐屯している。
これは朝鮮撤兵前の後詰の10万の兵の倍であり、屯所はぎゅうぎゅう詰めになっている。
一番の問題は糞尿である。汲取りが間に合わない。名護屋城は合併処理浄化槽(60人槽)が設置されているが、周辺の屯所は汲取り式である。
京都では軽水洗トイレの糞尿を、手動ポンプ式リヤカーで処理場に運んで、肥料として再処理されているが、もとより仮設の前線基地である名護屋城下の屯所には穴を掘った程度の物しかない。
東夷国(現代日本)から旅客船を寄港させてリゾート開発など、この問題が解決しないと話にならない。
唐津は東夷国(現代日本)からの資本により建てられた施設は合併処理浄化槽が設置されているが、
戦国日本の人達の住む地区は良くて軽水洗にて汲取り式である。
クリントイレと言っても判らない方もおられるが、合併処理浄化槽が普及する30年前の日本では主流であった。
緊急の課題は名護屋城下の将兵の各領地への帰還であるが、領地は戦時特例の重税、すなわち兵糧米の確保とマイニラへの奴隷輸出で、朝鮮半島ほどではないが疲弊していた。
一般的に戦国時代は領地の取合いと考えられるが、米を作る農民の取合いである。半農半武士なら田畑が有れば何とかなるが、朝鮮出兵した兵は戦闘専属集団である。帰る場所は戦場しかない。
― ― ― ―
(名護屋城1階大広間での新年参賀に話を戻す。)
秀吉:「小西殿、先程、手柄を立てて借金を一括返済したいと申していたな。」
大広間の将兵の表情が一瞬にして変わる。
小西行長のみに手柄を奪われる訳にいかない。島津義弘、加藤清正、小早川秀包らが一斉に座を離れ小西行長と同列に躙り寄る。
島津義弘:「して、それは如何なる国で御座るか?もしや琉球では有るまいな?」
加藤清正:「いやいや、マイニラで有るまいか?苦しき戦になるは必定なれど、水軍にてイスパニア艦隊を明国水軍の様に敗れば造作無き事。」
脇坂安治:「やれやれ、加藤殿、またしても我らの力頼みで御座るか。」
加藤清正の顔がピクピクと引きつる。
小西行長:「まま、皆の衆、待たれよ。新年早々、戦談義とは、まぁ我ら常在戦場にて、常に筑前守様の御役に立てる様に心得るが努めにで御座るがな。」
いきなり仮想敵国との軍議になるが仕方ない。戦国時代である。これが盛り上がると収集がつかなくなる。
秀吉:「皆の衆の忠心、相判った。戯言なれば捨て置け。なれど皆の者に問う。マイニラを攻め滅ぼすは何とする。」
脇坂安治:「やはり船戦にてマイニラを攻めるしかござらんが、当方の船にては、ちと遠きに御座います。」
秀吉:「さもあろう、更には風向きが変わるのは冬場、北東風に乗るは難しいぞ。」
脇坂安治:「その様に御座います。南蛮人共のガレオン船の帆の使い方は学ぶ事多きに御座います。」
秀吉:「脇坂、マイニラとは言わず、インドのゴア、果ては希望峰を越えてイスパニア本国には攻めいれないか?」
脇坂安治:「そのような事は滅相もございません。彼ら南蛮人は命知らずに御座います。」
秀吉:「でっ、あろう。イスパニア、ポルトガル、さらにはメキシコからの交易船もマイニラには来ると言う。恐ろしい事だ。交易だけなら良いが、余計な物が多すぎる。」
小西行長:「それは何で御座いますか。」
秀吉:「言わずもがなじゃ、キリシタンと疫病じゃ。加藤、そちは具合は如何じゃ。」
加藤清正:「お陰さまで、だいぶ身体が軽くなり申した。有り難き幸せにて御座います。」
小西行長が顔を赤くして震えている。場を考えて必死で堪えているのが判る。それを察して秀吉が諭すように小西行長に言葉をかける。
秀吉:「小西、そなたの考えは判る。キリスト教は弱き者にも慈愛深き教えなるが、それだけにすれば良い。だがな主の御名によって何をしているか考えるが良い。そなたの信じる者と疫病を同じにしたのは悪かったが大事な事じゃ。」
小西行長:「なんと、畏れ多き御言葉、行長、痛み入ります。」
秀吉:「ところで脇坂、先程の答えじゃが、マイニラを攻めるにはマカオしかない。判るか。」
脇坂安治:「なんと!仰せの通りに御座います。されどマカオは明国の地にて、我々が行っても倭寇とされ打ち払われまする。」
秀吉:「まぁ、日ノ本もじゃが明国の万暦帝にても力及ばぬ事で有ったが詮無い事じゃ」
先代の秀吉が、織田信長よりマイニラ攻略の策を授けられ実行したが、万暦帝の翻意により頓挫した。
朝鮮の役の真の目的は、梅毒などの南蛮からもたらされる疫病の撲滅であったが、既に明国も日本も疫病に蝕まれている。
秀吉:「ところで先程の手柄の話であるが。」
一同が再び色めき立つ。
秀吉:「一つ落として欲しい城が有るのじゃが。如何かな。難しいぞ。」
小西行長:「なんと仰せか。我らに落とせぬ城が有りましょうや。」
秀吉:「それが有る。難攻不落の名城だ。」
一同の脳裏に浮かんだのは「安土城」であるが、口には出せる訳がない。まさか織田信長を相手に戦をするのか?
秀吉vs信長の戦を想像した戦国武将が居たとしても、戦闘の経過は全く判らないだろう。
軍勢では圧倒的に秀吉である。最大動員数は20万を越えて、そして全てが戦慣れしている。
対する織田信長は3万人がいいとこである。織田領内では封建制度を否定したため軍事の空洞化が進んでいる。だが空洞化しても余り有る未知数の戦闘力が有る。【日本国自衛隊】。近代兵器を使われたら秀吉軍はひとたまりもない。
秀吉:「難攻不落の名城とはな・・・・・。」
一同が再々度、色めき立つ。
秀吉:「肥前名護屋城じゃ。守る軍勢は20万人、強敵なるぞ。」
秀吉は人差し指を下に向けてニヤリと笑ったが、目は笑っていなかった。鋭い眼光が笑い顔とアンバランスに蒼く光っているように見えた。
ここで断っておくが、秀吉は影武者・嘉藤治五郎である。素性を疑う者もいるが、既に押しも押されぬ【新・豊臣秀吉】になっている。戦国時代は実力が全てである。実力無くば本人とて塵芥である。