上杉景勝と森蘭丸 9
上杉景勝の会津出兵がやたら長くなる。
当たり矢:伊之助の運命や如何に?本筋ではないが、なんとなく気になる。
越後街道の東松峠の関所
塩商人の伊之助は越後の新発田から会津に運ぶ途中で、とんでもない災難に合った。
思わぬ高い値段で塩が売れたので、有頂天になったのが悪かった。さらに白米と銀5貫に目が眩んだ。白米は御禁制ではないが当時としては珍しい。
銀5貫は小売商の持っている物ではない。御禁制とかの話ではない。
東松峠の関所は蘆名氏の軍勢1万で固められていた。槍、弓矢で武装している。上杉勢3千が会津に押し寄せているとの情報による。
そのど真ん中に伊之助が向かっている。
蘆名兵:「そこな奴、止まれ、この様子が判らぬか?」
商人・伊之助:「塩商人の伊之助に御座います。会津に塩を持って帰るところに御座います。」
蘆名兵:「おぉ、伊之助ではないか。達者で励んでおるの。塩は会津の命ぞ。通られよ。」
関所の蘆名兵と伊之助は顔見知りである。伊之助は柵の小さな開戸に差しかかる。荷物の検問は柵の内部で行われるようだ。伊之助の背負子の(当たり矢)が見えなくなれば、上杉方にとっては万事休すとなる。
例えばの話であるが、伊之助が背負子を柵の前に降ろして逃げれば、伊之助の一命は助かる算段だった。
もとより商人で有る伊之助が背負子を置いて逃げるはずも無いし、上杉方が伊之助に算段を伝える筈がない。全ては会津に後世に伝わる都合の良い逸話である。
― ― ― ―
街道の上杉方の大盾が左右に開くと弓兵が火矢をつがえる。約50メートルの距離であるが仕損じる事はない。
火矢は精度が落ちるとはいえ、謙信以来の弓兵である。
その弓兵3人が三矢を放つ。
伊之助:「うぉ~、矢が、火矢が刺さった。助けてくれ〜。」
伊之助の背負子の(当たり矢)の的に3本の火矢が命中している。見事に3本共、的の中央の朱円を射ている。
ただし火矢から火薬に炎が伝わるまで若干の時がいる。
伊之助が必死の形相で逃げようとする。こちら側に来られては大変である。
弓兵大将:「打て!あの者を来させるな。仕留めろ。」
後方の弓兵から2番矢が放たれ伊之助が矢達磨になる。と、同時に伊之助の背負子の火薬に引火する。
伊之助:「ギャー」、ズドーン
激しい爆発音と共に、2番矢で撃ち抜かれた伊之助の四肢は悲鳴と共に飛散する。かなり悲惨な死に方であるが、頭部だけは無傷で街道脇に転がったのが(不幸中の幸い)と言えなくもない。
関所の柵も大扉も吹き飛び、立櫓が蘆名の兵と共に倒壊する。メラメラと火の手が上がり関所全体が炎上する。
上杉景勝:「凄いものじゃのう。」
直江兼続:「さように御座います。50キロの火薬に御座いますれば。」
上杉景勝:「惜しい事をした。」
直江兼続:「あの商人・伊之助に御座いまするか。良き働きをされました。手厚く葬って遺恨無きように致します。」
配下の兵士が、街道に転がっていた伊之助の生首を持って来た。やにわに死に顔の伊之助の目がカッと見開かれ、口が開き、今にも襲いかからんとする。
上杉景勝:「恐ろしき形相よのう。まぁ、しかと弔うゆえ恨むでないわ。それにしても惜しい事をした。」
景勝は戦国大名である。しかも御館の乱など数々の戦をくぐり抜けけて来た猛者である。町人の生首如きに動ずる筈もないが、今回は遣り方が不味かったと思わぬでもない。
直江兼続:「はぁ、伊之助と申す商人に御座いますか。殿もお優しい事で御座います。」
上杉景勝:「違うわ、塩代金の240文と火薬八貫じゃ、火薬は銭600貫じゃぞ。」
今の金で3012万である。鉄砲なら1万発打てる火薬量である。景勝がそれだけの火薬を何故持っていたかは不明であるが投機や転売目的だったと考えるには資料が乏しい。
直江兼続:「して、殿、そろそろ火もおさまりましたゆえ、突撃の御下知を。」
上杉景勝:「おおっ、そうであった。では、参るとするか。」
結構、のんびりしている。第二次世界大戦なら迫撃砲と相前後して突入するが、危ない事をしないのが戦国時代の傭兵集団である。農兵の槍隊を(捨兵)で突入させる事は有ったが自分達が(捨兵)になる気はない。