九話
九話
「いや、派手にやったらしいな」
夕方、部屋に戻ると、綿虫が先に戻っており、いつものように煙管を吹かせていた。
「え? 何? 派手に?」
おれは荷物を床に置いて、綿虫をふりかえった。
「聞いたぞ。並み居る屈強の女子どもを、ろくに手も触れずに、バタバタなぎ倒したとか。あの高慢な銀鶏の組の者が、のきなみ顔を青くしていたそうな」
「ん~。。言い過ぎだ、それは」
おれは肩をすくめた。話に尾ひれがつきすぎだよ。。
「のきなみって言っても。対戦した相手は、三人だけ。しかも、1対1の組手を、かける3本。まとめて倒したとか、そういうのじゃない。勝ちも、たまたまだ。まぐれっぽい。たぶん相手も、調子、あんまりよくなかったんだろ」
おれは、あまり、やる気のない感じで言って、
その、窓の近くの床に。ドサッとすわった。なんか、ふう。今日はちょい、疲れたな。
体力的に、というより。なんかちょっと精神的に。いろいろ、気をつかった。
いや、やっぱ、女の子の体、ちょっぴり本気でドツくとか。精神衛生上、よろしくない。しかもぜんぶ、チートだし。おれ、ぜんぜん努力すらしてない。。なにげに無防備ないいとこの美人の御嬢さんたちに、理不尽かつ圧倒的な元・大人男子力+チートパワーで、不正にガシガシ乱暴振るいまくった気分だよ。。気分というか、実際そうだからなあ。。あまり今でも、気分は良くない。。
「なるほど、そうであったか。ま、人の噂とは、得手して尾ひれがつくものよの」
「そういう噂、迷惑だよなぁ。なんか、あんまりおれ、ここで噂になるとか。目立つの、やなんだよ。。地味~に過ごさせて欲しい」
「まあ、良いではないか。言う者には言わせておけ。もとより、それほど悪い話でもない。わたしも聞いて、なかなかに痛快であったぞ」
綿虫はけらけらと、なんだか無責任に笑った。
ったく。この娘はいいよなあ。いっつもなにか、お気楽系の脱力系で。いい性格してるよ。。まったく――
その夜。
夜中に目が覚めたら、やたらと喉がかわいていた。
手をのばして、なにかそこ、お茶のペットボトルとかあったかなぁと思って――
あ、けど。
あるわけないわ。あらためてそれを思い出す。ないない。だってここ、あれだもんな。その、朱雀寮―― やれやれ。ここってたぶん、どっか1階とかに行かないと、水、ないんだよなぁ…
ふわぁ、と。あくびをして、
おれはこっそり、戸をあけて、暗い廊下の奥、そこの階段を足音たてないようにおりた。ここの1階の―― たしか、「くりや」だったか。なにかキッチンっぽい大部屋、そこにとりあえず、行ってみる。そこの奥の、調理室っぽいところの戸を――
しかしおれは、そこで足を止める。
あれ? なに? ここ、開いてる?
戸が、半分くらい開いている。なんだか中途半端に。
そして、ゴソゴソと。なにか、その奥で。音がする。
その、夜の、真っ暗な調理場の、奥――
なに? ネズミとかいるのか?
おれはちょっぴり足音をひそめ、その、戸の向こうへ。
暗い、でかい土鍋などがいっぱい置いてある、その、土間の奥の方――
ガツガツ、もしゃもしゃ、
誰かが。土間に、すわって。なんか、やってるっぽい。
えっと。。
なにか、あれは――
食ってる? むさぼり食ってます、的な??
えーっと。。誰だろうか。。なんか、腹へらした、泥棒とか??
「あの~、す、すいませーん?」
おれは声を、ちょっぴりかけてみた。
その、もしそれ、泥棒だった場合に、速攻で対応できるよう、
ちょっぴりなにげに、本格的に身構えて。
「きゃあ!」
なにか、その、人物が――
可愛げな声で、小さく叫んで――
「えっと、、その声は、ひょっとして――」
おれは、その声に心当たりがある。えっと、それはたぶん、あの――
「猫? だよね?」
「あわわわわ、す、すいませんすいません。ごめんなさいごめんなさぁい!!!」
涙声で、その子が。
なにか、その場で。いきなり泣き崩れた。
えっと。。何これ? この流れ――??
その子、そこの暗がりに、ベタッと、へたりこんで――
「えっと。なるほど。あれか。腹、減ってたんだね――」
おれはそこの、暗がりで、猫のとなりに座った。
猫は、なにか、口のまわり、ごはんつぶ、いっぱいつけて。
涙目で、うつむいて。なにかすごく、恥じ入っている。
「は、はい。じつは、わたくし、毎日、食事が。その―― あまり、足りなくて、ですね。その――」
しゃくりあげながら、猫が弁解する。
「ときどき我慢が、その、できなくて。ときどき、その――」
「夜中、こっそり、つまみ食いってことか。ん、でも、わかるわかる。だってあれ、食事の量、明らかにここ、少ないもん」
おれはポンポンと、猫の背中をかるく叩いた。
いちおうおれなりに、なぐさめてるつもり、ではあった。
それからちょっぴり、頭もなでなでしてみる。
その、頭からニョキッと突き出した、その、二つの角と角のあいだの部分を。
「はしたないとは、ええ、わかっては、いるのですが。どうしても、わたくし、がまんが、その、できないときが、ありまして――」
「あ、いいっていいって。まあ、おれはいいよ別に。とくに、寮長のあの婆さんとかに、言うつもりもないし。そんな、おれに何か謝る必要もないし」
「す、すいません!! ほ、ほんとうに、蜜柑さま――」
けど、これ――
ん、なんか、、まじ、可愛いな、この子。
こんな、口のまわり、いっぱい食べ物つけて。涙目で。お腹すいて、必死でここ、夜中、つまみ食いしてるとか。いやいや。なんか心に、これ、おれ的には、クリーンヒットっていうか。かわゆい、よな。うむうむ。人形かわゆい。しかもたしかお姫様だろう、この子って。その、どこかの国の。これってポイント高すぎる。いや~、キュンとくるよね。
――って、いかんいかん! お、おれは、今、女の子だし!!
おれはとりあえず、猫の、肩をちょっぴりかる~く抱いて。(軽く、ですよ。あくまで。。)
大丈夫だよ~ とか言って。適当に、なぐさめつつ。
それでもやはり、どきどき、したり、していた。
どきどき。
いや、やばい。超可愛いわ、この子。しかも口のまわりご飯つぶだらけとか、
こ、これはポイント高いよなぁ。チャーミング指数、四割増しだわ。
で、これまた鬼族の血が入ってるとか。その儚いマイナリティ感がたまらんのですよね。
って、、
あ~!! おれってやつは!! じ、自分も女の子の身で、いったいなんて妄想を~
翌朝。
朝食の時間、朱雀寮の食堂で。またまたばったり、猫と、顔をあわせた。
猫はちらっとこっちを見て、ほっぺたを、ちょっと赤くした。伏し目がち、だ。
昨夜のことは、おれの、心の中だけにとどめておくと。二人の秘密に、したわけだけど。
その、しょんぼりとうつむいて、ぼそぼそ、ごはん食べてる、その小柄な娘を見て――
おれはまた――― 心がちょっと、キュンとなった。
お、おま―― そ、それ、おまえ、可愛すぎるだろ、猫!
いや、おほん。お、おれはいったい、この、ここで、何をいったい――
「なんだ? 蜜柑、おまえ、今朝はまた、猫のほうばかりを見ておるな?」
横から、鋭い視線がとんだ。綿虫が、おれを肘でつついている。
「えっと。。み、見てませんから。そ、それは、綿虫の―― 気のせいですわよ?」
「ふ。言葉づかいからして怪しさに満ちておるわ。ま、よい。わたしが詮索する話でも、本来、ないものであるからな。あくまで女子と女子の――」
「だ、だから! 何もないってば。。」
「ふ、どうだか」
ふわぁ、と。綿虫は大きくあくびして、なんだかやる気のない顔で、箸をのばして、その、向こうの皿にある玉子焼きをつまんだ。うーん。。この人、なにげにけっこう、いろいろ、勘がするどいよな~。油断ならない娘だ、、いやはや。。