六話
六話
「今日はいかがでしたか、蜜柑さま?」
帰り道に、猫がきいた。
時刻は夕暮れ時。紫がかった雲が、いくつも空を流れている。
風がけっこう、気持ちいい。なんだか季節は春っぽい。日が落ちるまでは、まだしばらく、時間はありそうだ。
「いかが、と聞かれてもね。とりあえず、いっぱいいっぱいだよ。。新しいこと、多すぎる。。」
「疲れましたか?」
「いや。体の方は、そうでもないかな。まあまあって感じ?」
「まあ。では、体がお強いのですね、蜜柑様は」
「そ、そんなこともないよ。。」
まあ、自衛隊の、あの最初のシゴキに比べたら。今日の午後やった、その、なんとかの技の稽古とかは。まあ、そこまでキツクは。うん。なかったかも。というか、ゆるかったな。わりと楽。けっこう楽しく、最後まで、ついていけました。的な。
「わたくしが入門の頃には、一日が終わると、もうあとは帰って眠るのみでした。夕餉のときには、眠くて眠くて。目を開けていることも難しい日があったことを、今でも覚えておりますよ」
「そう――」
じゃり、じゃり。二人の足が玉砂利を踏んでいく。
と、いま後ろから歩いてきたおれの知らぬ娘たちが、ざくざくと靴音をたてて追い越していった。ふたりは何か楽しそうに大声で笑い、肘で身体を小突きあっている。
ふむ… こうして見ると、あの子らも――
女子高生とか。そのへんのノリだな。
まあしょせん、言ってしまうと、十五とか、十六だものな。
昨日はいきなり異世界でビビったが――
まあでも、そこまで、超人みたいなやつらの世界でもない。ということか――
夕餉のあと、ダッシュで一瞬で風呂を浴びて部屋に戻ると(風呂では、どこか他の知らない娘らとはちあわせたが―― そっちは見ないで、ひたすらに。。自分の体を洗うことのみに専念してしのいだ。。なんとか。。またしても修羅場だったが。。)
部屋に戻ると、床にはきれいにふとんが敷かれていた。もしかしたら、猫あたりが、こっそり気をきかせて敷いてくれたのかもしれない。
奥のふとんで寝ていた綿虫が起きてきて、おい蜜柑、今から札を打とうぞ、と言った。
「ふだ? ふだって何?」
「札と言えば、花合わせの札だ。なんだ、知らんのか?」
おれは首を横にふる。知るはずもない。。
「仕様のない奴。では、わたしが教えよう。猫、お前も来い。二人より、三人の方が面白い」
「あのう、わたくしまだこれから、今日の課題を仕上げないといけませんので」
「ばかもの。課題と花合わせと、どちらが大事と思うか。課題など、明日の朝でもできよう。札は、今夜にしかできぬ。猫、はやくこちらへ来い」
おいおい。無茶な論理だな~ 宿題ぐらいやらせてやれよ。。
「よいか蜜柑。これが花合わせに使う四十八の札である。このように、四枚ずつの同じ花の絵が十二組。だが、よく見ろ蜜柑、同じ花でも、春夏秋冬、絵柄が少し違っているであろう」
桔梗、野薊、萩、夫婦草、水葵、露草、月下香、竜胆……
ああ、なるほど。なんか、ちょっとあれだな。見た感じ、「花札」っぽい。絵柄はちょっぴり違うけど――
「えっと。お、おれの田舎にも、多少、似たものがある。そこでは花合わせとは言わないが」
「おお。ならば話は早い。札にはいくつもの流儀があり、どれもこれも一度におしえることはできぬ。が、今夜はひとつ、いちばん易いものからおしえよう。易いが、これもなかなか、面白い。良いか、まず、この手札を――」
よどみなく話を続ける綿虫。うーん、この子、超絶美人だけど―― どうやら彼女、歴戦のギャンブラーっぽい。遊び人だな。ぜったいこれ、誰かと金賭けてやってただろう。。
最初の対戦は、綿虫が勝った。二戦目も、綿虫。
強っ! おい、ちょっとは加減してくれよ。。
三戦目にようやく、おれ。
「お、竜胆上がりか。なになに、捨て札に菖蒲が二つあると? む。蜜柑よ、おまえ、最初にしてはやるではないか」
そのあとまた二戦続けて綿虫が勝ち、次には猫が勝った。
そのあとまた七戦目――-
九戦目が終わったところで、猫が、わたくしはそろそろ… と言ってゲームを抜けた。
そのあと綿虫は、続けておれに、同じ札を使った別の遊びをまたひとつ、おしえてくれた。
おれはこういうのは、わりと、それほど、苦手じゃない。よし。まかせろ。こういうのだったら、こっちの異世界でも、それなりにこいつらと、互角に――
「おお! もう覚えたか! 蜜柑、おまえは聡いなあ。まるで自分に、良き妹ができたようであるぞ。わたしは嬉しい」
綿虫はそう言っておれの肩を無造作に抱いた。って、こら! 体! 近いって、それは!
「どうだ蜜柑。今夜、これより蘇を食しにゆかぬか?」
ゲームが終わったあとで、綿虫がなにげなく言った。
「「そ」? は? 何それ?」
「漢土舶来の菓子よ。ちと値が張るが、いや、これは旨いぞ。ここより先の街道町に、よき小料理屋をひとつ知っておる。ま、帝都の料理屋にはちと劣るが―― だが、ま、そこそこの味ではある。どうだ、行きたくなったか?」
「え。けど、夜だろ。門限とか、いいの?」
「ばかめ。門限など知ったことか。」綿虫がけらけらと笑った。「よい。すべてわたしにまかせておけ。何もかも、問題はない。」
「えっと。本当にそれ、大丈夫なのか??」
「なに、この綿虫を信じよ。門限破りの技巧に関しては、他の誰よりも先んじておると。これはかたく、自信を持っておる」
って、こらこら。。そんなもん、自信もつとこじゃないだろッ、それ!