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四話

四話


 じっとそこで待っていた。

 が、何も起こらない。ただ、しとしと、雨が降る音だけがする。

 沈黙。見事になにも起こらない。

 

 まあ、しかし、流れ的に、仕方がないので――

 

 とりあえず、そこにある、やたらとでかい、正面の黒い木の扉を、こんこんと拳で叩いた。だが、やはり返事がない。沈黙。

 困っていると、木戸の前の小卓に、小さな鐘が置いてあるのが目にとまった。

 

――ああ、なるほど。。これね。

 

 そこに置いてある木槌で叩くと、こおおん、と鐘は大きく鳴った。


「誰であるか」


 ゴトリ。重い音がして、

 中から戸がわずかに開き、黒い着物を着た、なにか役人っぽい男が顔を出した。

 そのおっさんが、不信感いっぱいの恐い顔でこっちを睨んでいる。

 

「えっと。。今日が、その、初めてだから。あの、手続きを。してもらえたらと、思って」

 おれは、たどたどしく、その場で適当に言ってみる。

「ふむ、」

 男は上から下まで、おれのことをながめまわした。

「名は?」

「えっと。たぶん、蜜柑」

「たぶん?」

「いえ。蜜柑です」

「どこの寮だ?」

「えっと。たしか、す、朱雀寮――」

「蜜柑とやら。しばし、ここで待たれよ」

 ぱたんと戸が閉じた。

 そのままかなり時間がたって、ようやくまた、戸が開いた。

 

「中へ入られよ。これより試問を行う」

 

 しもん?? なにそれ? すっごい嫌な予感するんだけど。。

 

 なにか、そのおっさんのあとについて、その巨大な古い建物内の暗い通路を。ぐるぐる、やたらと歩いて。最後にどこか、奥の部屋に。通された。

 

 おれが足を踏み入れたその部屋は――

 なんだこれは? 部屋というよりも―― 道場、的な?

 

 なにか昔の中国っぽい、チャイナ的な丸窓が。奥にでっかく、ひとつある。

 それ以外は何もない、がらんとした、ひたすらに石の床だけの部屋。

 

 その部屋の中ほどに、黒い椅子と机が、ぽつんとひとつずつ。

 そこに誰かがかけていた。

 なにか、机の上に広げた巻物のような、古文書みたいなやつに、

 筆で、一心に、何かさらさら書いている。

 

 そのおっさん―― いや――

 そちらは爺さん、だ。うん。

 

 細くて白いヒゲが、胸のところまで垂れている。髪も眉も白い。まるで雪みたいだ。

 だがしかし、その年のわりには、背筋はしっかりのびている。

 なんだか山から下りてきた仙人みたいだなと。おれはちらっと思った。

 

「そこへ。」

 

 爺さんが、顔を上げずに、筆を動かす手を休めず、

 ただ、おれに命じた。そこに立て、的な。

 おれはとりあえず、その、言われた位置へ。

 わりと机に近い、その位置に移動した。

 そしてそこで、待つ。やばい。なんかすごい、緊張してきた。


「蜜柑、だな?」


 爺さんが、はじめて顔をあげた。

 じろり、と。こっちを見たその眼――

 なんか、すごい、賢者っぽい。すべてをわしは見抜きます、的な。。

 しかも、片目に――

 なにか、ふちのない、丸いレンズみたいなのを、はめている。

 えっと。それはあれか、この時代の、メガネ、なのだろうか? よくわからんが――

 だが、それがあることで、その爺さんの、「賢者オーラ」が、さらに30%ぐらい明らかに割り増されている。

 

 いま、その爺さんがようやく筆を止め――

 おもむろに、椅子から立ち上がった。

 片方の手を、

 えっと、なにか、いきなり、こっちの頭の上にかざし――

 

 え?? 何々? この謎の動き? この謎展開――


「そのまま」


 爺さんが命じた。おれの頭に触れるか触れないかのところで――

 その手がぴたりと止まった。

 

 えっと。。なんだろうか、だけどこれが、

 これがその―― しもん、って。さっきの人、たしか言ってたやつか?

 だがこれで、いったい、何がどうなると――

 

 そのときおれはふと、奇妙な感覚におそわれた。

 部屋が、ぐらりと、揺らいだ気がした。地震、かと。

 一瞬思ったが。

 しかしその揺らぎは、すぐに止まる。

 すべてが現状復帰。

 そこではやはり、何も、起こっていないようで――

 

「いや、なかなかこれは。不思議な娘であるな、おまえは」


 爺さんが、ほぅ、と小さく息を吐いた。

 おれの頭の上にかかげていた手をひっこめて、じっと、上からおれを見た。


「ま、しかし。ひとまずは、よかろう。試問は、これで終わりである。退出し、控えの間で待ちなさい」


「えっと。。もう終わり、ですか??」


「そう。終わりだ。」


「あ、えっと、もう、出てもかまわない??」


「よい。表に戻り、そこにある控えの間で。しばし待ちなさい」





 来るとき案内してくれた、黒服の役人っぽいオッサンに、また、案内されて――

「では、ここで待て。」

 そう言われて入った、その、これまた、おっそろしく古い、なんだか古風な、またしても中国っぽい部屋で――

 

 とりあえず、待った。

 

 今ここにいるのは、おれ、ひとりだけだ

 やたらとだだっぴろい部屋だ、ここも。いくつもの丸い柱と、その間に並んだ、何十脚もの古い長椅子と。壁には、格子のついた窓がずらっと並んでいる。そこから広い庭が見えた。外ではまだ雨が降っている。

 

 えいやっ、えいやっ、えいやっ。

 

 どこか遠くで、なにか、武術の稽古っぽい掛け声が聴こえる。

 まあでも、それだけ。それ以外、もう、何も聞こえない。

 ああ。暇。ふあ。眠っ…


 そのままたぶん、体感で30分ぐらい、待ったと思う。



 かつ、かつ、かつ。


 靴音がして、思わずおれは顔を上げた。

 

 黒の、何だろう―― 着物、といよりは。なにか、カッコいい道着どうぎ、みたいなやつを着て。

 男がひとり、歩いてきた。


「おまえが、蜜柑か」


 張りのある声。

 やたら姿勢がよく、その、服の着こなしも隙がない。

 年は、よくわからんが、たぶんおれより、だいぶ上だろう―― えっと。おれというのは、その、ここに来る前の。その。自衛隊所属のおれ、だが――


「あ。はいっ、そうであります!!」


 おれはとっさに立ち上がり、

 その意味のわからん挨拶を。うっかりその人に投げてしまった。。


「ふむ、なかなか風変りな礼をする。どこでそれを習った?」

「えっと。いや、これは、その―― む、むかしの、その―― とある組織の部隊のときのッ―― あ、とか。えっと。すいません! 言葉、ちょっとおかしくて――」


 やばいやばいやばい。。おれはこれ、何言ってるんだ自分! 落ちつけ自分!

 相手の男はそれを見て、少し目を細めて、おかしそうに笑った。

 

 うーん。そしてその人、なかなかの、イケメンだと。おれも、いちおう、認めざるおえない。しかもわりとマッチョだ。筋肉すごい。でもなんか、あごに長い髭、たくわえてるので―― いまいち年が、わかりにくいな。


「不思議な言葉を言う。おまえは石見豪族の御令嬢であると聞いたが―― なかなかどうして、気さくなたちと見える。ま、よいよい。わしもあまり、堅苦しい礼を好む方ではない。が、それにしても。ずいぶんとまた、美しい娘であるな。さすがに鳳凰院に推されるだけのことはある。ああ、よい。そんなに堅くなるな。楽にせよ。ま、そこに座りなさい」


 言われておれは、またもとの椅子に座った。

 やばいやばいやばい。なんかこれ、自衛隊、最初に16歳で入って、はじめて上官から名前呼ばれた時みたいな?? この緊張感はやばい!!


「わしは名を、楽常らくじょうと言う。これより、見知りおきを。聞けば、お前はまったく文ができぬとか…? 加羅文からふみ漢文かんのふみも、基礎すら知らぬとか。そう、報告を。いま学長より受けたのだが。それは間違いないか?」

「え?? えっと。。なんか、えと、そ、それは――」


 え、なにそれ? いきなり落第です、的な?? なんでそんな、いろいろ、できないこと、これ、最初の最初っからバレバレなの?? えっとえっとえっと、


「ふむ。では今よりわしが、お前の師範となる。読み書きと、実技。すべてわしが教える。ひとつ、よろしく願おうか。」


「あ、は、はい、」


「書きについては、ひとまず和書。次に漢書とすすんで、おりあらば、加羅の書にも触れるとしよう。読みについては、やはり、最初は和文わのふみからやると良い。進むにあわせて、そのあと漢文かんのふみ加羅文からふみと続けようと思うが、どうだ?」


 よどみなく、すらすらと、そのイケメンの人は言った。。

 が、おれにはさっぱりだ。何のことやら。。からふみって、そもそも何??


「常山翁が、いたく褒めていたぞ」

「じょうざん、おう?」

「先にお前を試問した、あの爺だ。あの方は、ここ鳳凰院では名だたる武術家であり、古学者でもあるお人だ。この鳳凰院の学長を務めている」

「えっと?? あの、爺さんが?? おれを――褒め…?」

「うむ。常山翁が、あれほど褒めるのは珍しい。したがって、学長のすすめにより、お前はひとまず、どの組にも属さない。ひとりだけの稽古となる。これを、はじめに言っておくぞ」


「はい?? えっと。。どの組にも属さないって? どういうこと?」


「これは、この鳳凰院ではきわめて異例であるがな。そのようにせよと、常山翁からのご指示である。お前の場合、すぐれて強いのは、組手・組足の技。その習いに、午後の時間をすべてあてろということだ。毎日だ。まあ、どこか先で、剣や槍も、それは使えるに越したことはない。が―― それなしでも、お前は充分やれそうだとのこと。」


「なしでもって? え? 何、それは??」


「ま、常山翁がそう言うのであるから、確かであろうよ。どうした? なにか、狐にでもつままれたような顔をしておるな?」


 えっとえっとえっと。

 何これ? この流れ? えっと。組手とかって、今、この人、言った??

 尋常じゃないパニックにおちいったおれを、その人は面白そうに眺め――

 片手でヒゲを触りながら、おれを安心させるように言った。

 

「こらこら、そんな顔をするな。なに、始めれば、覚える。頭ではなく、身体で覚えよ。自然と身につく。心配することはない。はじめは大変だろうが、慣れれば、まあ、それほどのこともない」

「えっと。で、でも、それは―― おれはここで何――」

「よい。案ずるな。わしがみっちり、指導をしよう。では蜜柑よ、」

「は、はい??」

「さっそく参るか。あちらの別室で、和書から始めるとしよう。荷を持って、わしに続いて来よ」 

「は、はい!!」





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