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二話

二話


「悪い夢だ。。これは悪い夢に違いない……」


 おれは、その、板張りの部屋の隅で、膝をかかえて半日を過ごした。。

 あまりにもテンションが下がりすぎ、もう何も、手につかなかった。

 綿虫という名の娘も―― おれのテンションがあまりにも低いからか、

 そのあとはあまり、話しかけもせずに、ごろごろ部屋で煙管を吸っていたが――

 昼過ぎになって、ふいっと、どこかにいなくなった。


 いつになったらこの悪い夢が覚めるのだろうと。

 おれは、ただ、ひたすらにそのときを待っていたのだが――

 しかし夢は、まったく覚めなかった。

 認めたくはない。ぜったいに認めたくはない。

 が、しかし、これはたしかに、どうやら、また別の、新たな現実であるらしく――


 午後、もうそろそろ夕方が近いかという時間になって、部屋に誰か来た。


「あら、こんにちは」


 声がかかったので、おれは低いテンションのまま、顔をあげた。

 そこには―― 朝、ここで話をした綿虫という化粧の濃い娘と、そしてその隣に――

 もうひとり別の、小柄な娘が立っていた。


「綿虫さまから聞きました。あなたが蜜柑さまですね?」

 

 娘は軽いあしどりで、部屋の中に入ってくる。

 じつに小柄な娘だ。薄い緑の着物を着た立ち姿は、なかなか、えっと。。まあ、可愛くはある。美人というより、その、くりくりほわほわ、人形的にかわいい。ふわっとした黒の髪はわりと短く、耳をちょっと隠すくらいの長さだ。目は大きくて、黒の瞳がよく動く。


「わたくし、ねこと申します」

 娘はぺこりと律儀に礼をした。

「これより、どうぞよろしくお願い致します。同部屋のよしみで、何卒、仲良くしていただけたら嬉しく存じます」

「こら猫。年下相手に敬語はよせ」

 その隣で、綿虫が「くっくっく」と笑った。

「猫、おまえ十五であろう。年はおそらく、蜜柑より上だ」

「いいのですよ、綿虫さま。わたくし、まだまだ敬語の習いが不味いものですから。年が上でも下でも、良い言葉を使うに、過ぎたることはありません。そうでしょう?」

 ならば勝手にしろ。と言って、綿虫はひとつ、あくびをした。


「あ、でも、えっと――」


 おれはその――

 ただ一点だけ、その、猫という娘に関して少し気になるところがあった。

 外見上、もちろんその子は、なかなかに可愛らしいのだが、、

 しかしどうも――

 頭の上、左右の耳から、もう少し上にのぼった頭の部分に――


 2つの突起が。

 なにか短い、

 角、のようなものが見える気がしてならない。。


「えっと。。こ、これって訊いていいのか、ん、よくわからないんだが、」


「ああ、この、角のことでございますか?」


 猫が、おれの露骨な視線に気づいて、

 その、頭の上の突起に手を触れ、照れるように言った。


「えっと。。うん。そ、それってやっぱり、角―― なの?」


「はい。わたくしの出身は、讃の国の東でございまして。そちらはその―― 古来より、皆様のおっしゃるところの、鬼族の住まう土地でございます。ですので――」


「おに、ぞく??」


「はやい話が、鬼の血が入っているのだ」


 綿虫が、ふわあ、と。大義そうにあくびをしながら、ちょっぴり話に入ってきた。


「東讃諸族は、鬼の末裔―― 古来より、出雲政権の支配を嫌い、反抗を続けておる。が、唯一、東讃の丹生国にぶこくのみが、先ごろより出雲に寄り添い、忠誠を誓うに至った。で、その、帰順の意志を明らかにするため、一族のなかの、姫のひとりを、だな。あえて中央に差し出し、忠誠の証をたてようと。そう、考えおったのだな。はやい話が「人質」だ。で、実際こちらに送られてきたのが、これ、この娘――」


 ぽんぽんと、綿虫が猫の頭をわりと気安くさわった。

 猫は少しきまりわるそうに、やや上目づかいに、おれの方を見ている。


「まあしかし。外見こそ違えど。この猫、なにかと気のきく良き娘であるぞ。そこはひとつ、あまり、氏族の分け隔てをせず、気安く接してやってくれ。なに、この猫、鬼ではあるが、何もおまえをとって喰ったりはせぬ」


「なるほど… ちょっぴり事情はわかった、気もするけど。な、なんかいろいろ、政治とか、ムズカしいっぽい、ね―― え、けど、じゃあ、猫って、お姫様――なわけか。なんか、ちょっとすごい」


「そこは、ま、それほど驚くにもあたらぬ。」

 綿虫が即座に否定した。

「え? そう…?」

「そうだ。なにしろこの鳳凰院には、諸国より集った大氏族の姫、豪族の長の愛娘など。とみに高い地位の娘らが、ひとりふたりどころでない数で暮らしておる。そうでない娘らも、みな、貴族階級の、それなりに良き家の娘ばかりであるぞ?」


「そ、そうなんだ。すげえ―― あ、いや。すごいね、ここって――」


「ところであの、蜜柑さま?」


 それまでだまっていた猫が、こちらに話をふった。


「え、なに?」

「夕餉までは、もうしばらく時間がありますが。今のうちに、みなで、湯屋の方にまいりませんか? よければ案内いたしますよ。夕餉のあとでは、込みますし。湯も、だいぶぬるくなってしまいます。今が、人の少ない、良い時間かと」

「えっと。ゆや、って。それってもしかして――」


 自分は、貧しい古語の知識を総動員して、その言葉の意味を考える。

 が、、そ、それは、えっと、ま、まさか、その――


「はい。お風呂でございます。こちらのお風呂場は、なかなか広くて、気持ちがよいですよ」

「えええええええええーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 綿虫に、引っ張られるようにして。。

 なかばムリヤリに、おれは。。その、別棟にある、湯屋という場所まで連れて行かれた。。

 そこは予想通り、その、銭湯的な、脱衣場と湯船にわかれた木造の建物で――

 

「えっと! ムリムリムリ! 風呂とか! まじ、ムリですって!!」

 

「こら蜜柑。なにをじたばたしておる。今の時間をのがすと、あとがややこしい。言われるとおり、さっとつかって、さっと出ればよいのだ。おまえ、長旅で汗もすごかろう?」

 

「ああ! だから。ダメですって!! あ、ほら! 綿虫も! それ! 服! 脱ぐなってば! それ、そ、ダメだって、言ってんのに――」

 

 お、おれは、げふっ、

 その、一糸まとわぬ姿になった綿虫と、その、猫という、娘に―― 引きずられるようにして―― 綿虫は、何かその、ちょっぴりイジメッ子的な「むふふ」笑いを口元にはりつけて、嫌がるおれを、むりやり、そっちの湯船の方に――

 

 おおお、おれ、おれは。この状況は。。。ああ、あまりにも。。刺激が。し、しげき――

 

「む? どうした蜜柑? 顔が赤いぞ?」

「湯あたり、ですか? でも、このお湯って、そんなに熱くはないですよね?」


「だだだ、だめですってそれ。。こ、こないでください。近くに、こないで」


「む? なんだ? 恥ずかしがっておるのか?」


 綿虫が、広い湯船を、すいっと泳いで。こ、こっちまで――


「なに。恥じらうな。女同士のことだ。おまえも、なかなか、ほれ。美しい体をしておる。なにも恥じらうことなど――」

「ああああ、だめだってだめだめだめ綿虫! さわるなってば!」

「こら。なにを照れておる?」

「あああああああ!!! それ、そこ! だ、だめですってそれ! ダメ、見え、見え、見、―-」


 バシャン!


 おれは、おれは、

 意識が、急激に、遠くなり―― 



「いや、おどろいた。おまえ、のぼせるにもほどがあるぞ」

「びっくりしました。まさか蜜柑さまが、あんなにもお湯に弱いなんて」

 

 気がつくと、ふたりが、そこに。

 おれの耳元で、ぼそぼそと。ふたりで話をしている。

 いつのまにか、おれはもとの部屋に、運ばれ―― そこには布団が、敷いてあり――


「ま、おそらく、旅の疲れも出たのであろう。ああ、よいぞ、蜜柑、起きなくとも。ここで寝ていろ。あとでおれが、くりやから、なにか食べるものを持ってこよう」

「蜜柑さま。ゆっくりお休みください。では、わたくどもは、これから下に、夕餉を食べに行ってまいります。またすぐ、戻りますので。」


 ふたりは言って、部屋を出て行った。


 どきどきどき。どきどき。


 おれは、ふとんにくるまって。ひとりで。そこで。

 さきほど、湯屋という場所で、その、見てしまったものが。。

 そこでの光景が。脳内に、ふたたび、エンドレスで再生され。。


 ああ、いかんいかんいかん。おれは何を考えているんだ!!

 お、おれは。ああ、なんてことだ。

 ここはほんとに、

 な、なんてことに、なってしまっているんだぁぁぁぁ!!!!!!





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