十四話
十四話
「見えた。あそこが宿営であるぞ!」
街道が、やたらでかい湖の水際にさしかかったところで、帝が背中で叫んだ
「あれですか? あそこ?」
「そうだ。あれはすべて、友軍だ」
「よし。来ましたね。じゃ、あとちょっと、走りますよ!!」
泥水をかぶって着物はもう茶色く染まっているが――
おれは最後の体力をふりしぼり――
その宿営の、前まで。
大きな木を組んで造った「やぐら」みたいのが、3つほど、高い木の柵の正面にそびている。その前に詰めた、数十単位の門衛たち――
「何者か! 名を名のれ!」
誰何があった。
おれはそこでようやく足を止め――
背中から、その人を。
帝を。ようやく、地面におろした。
その人は大雨の中――
しかし、その、帝としての威厳をいささかも損なわずに――
そこに堂々と立ち、そして、朗々とした声を張った。
「北帝武皇、綿陵である! われ、そなたたちの、指揮をとる者なり!」
「綿陵さま??」
「まさか??」
「ご無事で??」「本当にご本人??」
すぐに宿営の大門が内側から開き――
数人の、おそらく将校だと思われる屈強そうな兵士らが、駆けだしてくる。
おれたちを囲み、やたらと言葉を投げてくる。
「おお! 帝! ご無事で!」
「われらも、なかば、あきらめかけておりました!!」
「敵は3軍と4軍をもまとめているとか」
「ただちに指揮を! われらに進軍をお命じください!」
「皆の忠義、ここで目にできて嬉しい。いや、不覚にも、敵の奇襲を許したわたし自身を深く恥じている。とはいえ、ここよりが、この戦の本戦である。これより本軍は、全力にて、現在、山ノ口に展開中の3軍を叩く。皆、我に続け!」
おおおおお!!!!
怒号。地響きのような、
兵たちの鬨の声とともに。
結集した兵力が、怒涛のように、前方に進軍をはじめる。
その数は、もう、とんでもない。や、すごい数だなこれ。またこの士気の高さ。
だがしかし―― この短時間で、もう完全に、全軍を掌握しているとは。
いや、すごいな、この人。このカリスマ。これはやっぱり、半端じゃない――
「ご苦労であった蜜柑、」
帝が、おれの肩を、いたわるように上から触った。
「ここでしばし、休め。あとはわれらが、すべてを引き受けよう」
「あ、はい。ミカドさんも、その、あんまり無茶、しないで、」
「ふ。とてつもない無茶を飛び無茶を飛びしてきた、おまえが言うかよ」
面白そうに、帝が笑った。くくくく、と。声をしぼって、笑っている。
大雨の中。ふりしきる雨の中で。
「では。いざ、われはゆく。者ども、わたしに続け! 愚かな敵どもを、くまなくすべて、蹴散らしてやろうぞ!」
そしてその、帝の姿は。その、軍勢の最中に消えてゆき――
おれはそれを、横目に見ながら――
その、圧倒的な士気と装備を誇る、その本軍の前進を――
そばの畑のぬかるみの中から、ひとり、ただ、見上げていた――
そしておれは、確信する。
もはや、さきほど遭遇した3軍とやらの――
あの反乱軍の敗北は、もはや何よりも確実だと。
おれはそこで、その時点で。もう、確信した。
それはもう、何よりも確かな、ひとつの未来予想だ。
おれは、ひとまず、
ふう、
任務は、果たした。
役割は、完遂した。ひとまず、やった、ん、だよな――
ドサッ
疲れが足にきて、なんだかもう、立っていられない。
おれはそこの、泥の中にへたりこんで――
そこから、おれは。ただ、ながめている。
その、必ず勝軍となるべき、その味方の兵士らの。
勇ましい、行軍を。その勇姿、その、力強い足取りを。
降りやまず、まだひたすらに降り続く―― その強い強い雨の中で。