十三話
十三話
ザンッ!!
建物西側の、中二階の窓を蹴破って、
ザッ! ザッ!
次々と飛び降りてゆく。
先頭はおれ。そのあと白桃。つづいて楽常が、帝を支えるようにして。
そしてあとの者たちが続く。
外はもう、土砂降りの大雨だ。視界が悪い。が、これはむしろ好都合。少数による逆奇襲的な突破戦にはうってつけの天気だろう。
すぐに敵が、こちらの動きに気付いた。
数十の兵が密集してくる。
バシッ! ガッ!!
ものすごい勢いで、槍でなぎ倒していくのは、
月姫という名の、女生徒だ。
そしてその横で、紅という名の小柄な娘が、
なにか短い刀のような武器をふるって、たちまち兵を退けてゆく。
すげえな、あの二人。あれはもはや、チートの領域の動きだぞ?
さすがに学長指名で突破隊に組み入れられただけのことはある――
「蜜柑さま! よそ見をしてる場合ではありません!」
白桃がうしろで激しく囁いた。
ああ、すまん。そうだった。突破だ突破!
雨に煙る鳳凰院の敷地を、駆け抜ける。ひたすらに。
こんなに全力で走るのは、こっちの世界に来てから始めてだが――
良いなこれ。体がキレてる。めちゃくちゃ走れる。
100メートル何秒だこれ?? チート的スピードだぞこれは。まあしかし――
「よっしゃ! このまま、その、なんとか門まで行くぜ! いっさい止まるなよ!」
おれは自分で気合を入れる意味もこめ、一同に号令をとばす。
帝の参謀っぽい兵士が2人、だいぶ後ろに、とりのこされているが――
悪いが、今、そいつらをフォローしてる暇はない。なんとか自力でついてこいよとしか、おれには――
「蜜柑さま! 前! 門の前、固めてます!」
白桃が、ここでもまだ律儀に「蜜柑さま」呼びでおれに警告をとばす。
こいつ余裕あるな~ ちゃんとここでも異世界対応できてるし。。
「だが、数は知れてるな。蹴散らすか?」
「2派に別れましょう。攻撃しつつ、突破を」
「じゃ、おれ攻撃側で」
「ダメです! 蜜柑さまは突破を!」
「え? なんで??」
「スピードです! あなたが一番、足がある!!」
「ああ、そうか。じゃ、おれ、飛ぶわ、」
跳躍!
おれはそこに詰めた敵兵らを―― 一気にまたぐ形で跳躍し、
その、壁の上にいったん着地。おお。かなり飛ぶなこれ。気持ちいい。
―― おおお?? あやつ? バケモノか??
敵がちょっぴりおののいている。
まあ、そうね。チートだしねこれ。わりとバケモノ、入ってるかもしれん。
ザンッ!!
帝を脇にかかえたまま、楽常が飛んだ。おれの横の壁上に着地。
すげえ、先生もこれ、半端ないな! さすがおれの師匠――
「蜜柑よ、ここはわしが防ごう。ここより以後、帝を。おまえが頼りだ」
「え? 先生は、来ないんですか?」
「いいからゆけ。わしにはお前ほどの足はない。ここから先、帝をたのんだ。白桃よ、蜜柑に続け。確実に護れよ、」
「はい、それは。」
おれはそこから――
その、帝さんの体をおんぶした形で――
大きく跳躍。
ダンッ!! と。敷地の外に、飛び降りた。
続いて白桃、あと二人の女生徒が続く。すごいなこいつら。ここまで、ちゃんとついてきてるとは!
外にいる兵は、まばらだった。敷地内での戦闘に油断してか、外は今、がら空きだ。
よし、行けるなこれ。ブリーフィング通りに!
雨に煙る竹藪の横の街道を、おれはひたすらに、北西方向に快走する。
「次の三叉路は右です! ここから山手に入ります!」
うしろから、白桃の的確な指示が飛ぶ。
おお。いいなノナカ。
こっちでも、ばっちり情報兵の役割をこなしまくってるじゃないか。
途中で矢が、ばしばし、うしろから飛んできたが――
そいつらは――
精度が低いな、あまりにも。これはたぶん、当たることはない――
帝さんの体温を、背中にぎっしり、感じながら――
まあ、チートなしの、通常のニンゲンである帝には、やはりこの速度はキツい。自力で走ってくださいというのは無理だろう。だからひたすら背中に、その人を背負って―― とにかく。あと数キロ。そこで待機中の本軍まで、ただ、ひたすらに――
雨に煙ってやや薄暗い、山あいを抜けるそのぬかるんだ街道を。
びゅんびゅん飛ばして、おれと白桃以下――
今では数は、数名になっている。その、今なお残った突破部隊の残存兵力が、
もう全力で、しかし、ようやくその山の区間を走り抜け――
今また、少し見晴らしの良い下り坂にさしかかった――
「まずい、ですね。蜜柑さま」
そこから下に見える、
坂を下りきったところ、雨に煙る、田畑の広がる平地の上に―――
うおっ。やたら大部隊、だな。これは。
一団の兵士らが。ぎっしりそこに詰めている。
完全に街道を塞ぐ形で、そこに防衛線を張って。
「第3軍、か。やつらが動いているのか。となれば――」
背中に背負った帝が、おれの耳元で言った。
「なるほど。これでわかったぞ、敵の正体が」
「えっと―― じゃ、誰―― なんですか??」
おれはそこで足を止め――
息を切らせて、その、問いを。かろうじて投げ返した。
「胡龍殿下だ。第3軍の指揮官でもある」
「えっと?」
「わたしの叔父にあたる人物。皇族のひとり、だな。前々から、わたしもそれほどの信頼は、置いてはいなかった―― が。とうとう尻尾を出しおったか」
「えっと。それは――」
「だが。これは少し、やっかいである。3軍は、総力1200を数える。それがすべて、ここに展開しているとなると――」
「おい、迂回路は?」
おれは白桃をふりかえる。
「いえ、ここは交通の要衝です。ここを迂回するには、かなりの距離を戻らねばなりません。今の状況下で―― 現実的ではありませんね」
叩きつける雨の中、白桃の声も、少し、疲れで切れ切れになっている。無理もない。相当な距離を、ここまで全力で駆けてきたのだ。
「…わたくしが、打開いたします」
そう言って、
前にすすみ出たのは――
「猫?」
そうだ。猫が。
猫が、いま、ずぶ濡れになり、息も切らせて――
いや、しかしよく、ここまでついてきたな。
この、チート的ダッシュ行軍で、よくもまあ、取り残されずに――
「猫さま? しかし、単独で打開するには、あまりにも数が多すぎるでしょう。さすがにこれは――」
白桃が、誰もが思う感想を猫にむかって投げた。
そうだぜ、猫。さすがにおれでも。全力チートパワーをもってしても――
フル武装の1000人とかを正面から蹴散らすことは、さすがに厳しい――
「今から起こることを、見ても、どうか、驚かないでください」
猫が、なにかそんなセリフを。
「わたくしが、先陣を。あそこに混乱を引き起こしますので―― そこの隙をついて、前進を。とにかくみなさんは、突破を」
「おいこら猫! 無茶言ってんなよ! さすがに無理だ、そりゃ――」
「蜜柑さま、どうか。このあとわたくしと、会うことがあっても。わたくしのことを―― どうぞ、お嫌いに、なりませぬように。」
猫がおれの、右の頬に、かるく、小さく、その手で触れた。とても控え目に。
「できればあまり、お見せしたくは、なかったのです。でも、今は。どうか、嫌いにならないで。それだけを、わたくし――」
言い終わらないうちに――
熱が―― なにか、温度が、そこで、上昇――
え? 何? 猫??
猫が、いま、いきなりそこで炎上、
体から炎が吹きだし、そして角が――
頭に生えた2つの角が、急激に、尖鋭に、長さを倍増させ――
目が。赤く、
血走る、などを通りこし―― 文字通り、燃えている!
な、なんだこれ! なにがこれ、起こってるんだ??
「ごがあああああああああああ!!!!!!!」
とんでもない咆哮を上げながら――
猫が、もうこれ、弾丸のように、一直線に敵陣に――
衝突。いきなりもう、ロケット弾なみの勢いでこれ、
群衆の中に。兵どもの中に。つっこんだ!
燃え盛る炎が、そこで、おどり狂うように吹き荒れ――
「な、なんだ! 何をどうやってる! 火炎攻撃だと??」
おれは絶句した。なんだあれ! おれよりさらにチート、だと??
「蜜柑さま! 走りましょう! 敵が混乱している今、ここしかありません!」
白桃が激しく囁いた。
「お、おう。なんだか意味はわからんが―― よっしゃ! 行くか! 帝さん、ちょっと、こっから本気で揺れます。目、つぶってた方が、いいかもしれない」
「なにを言いおる。よいからゆけ、娘。ともにすべてを見ておるわ」
帝が笑った。けっこう楽しそうに。子供っぽい笑顔で。
おお。彼、いい度胸してる。おれけっこう、この人、ボスとしては、好きかもしれん。
「おし! つっこむぞ白桃!!」
「はい! つっこみましょう!!」
走る。
もう、何も、見ない。
とにかく駆ける。
混乱の中、敵兵の槍がとぶ。が、おれが払う。へし折る。
敵の剣が二つ同時にせまったが―― 白桃が蹴る。蹴り散らす。
とにかく駆けて駆けて駆けて。
殴って殴って蹴り散らし、
泥水と混乱と怒声の中、
おれは。おれたちは。
突破。突破だ。突破――
見えた!! 抜ける!!
おれは一気にさらに加速、
背中にその人をのせたまま、
飛ぶ!! いけえええええええ!!!!
一気に、敵集団の背後に、いま、着地した。抜けた!!
「本営まであとわずかです」
白桃がささやく。
「わたしがここを支えます。蜜柑さまは、先へ。単独でも、そこへ」
「おっしゃ。ノナカ、まかせた。あとは、じゃ、おれが、この人を届ける」
「白桃でございますよ、蜜柑さま」
そいつが片目をつぶって笑う。おれもちょっと笑う。
「ああ、そうだったな白桃ちゃん。じゃ、うしろはまかす。おれは行くぜ」
「のちほど合流します。」
「おう。来いよ。死ぬなよ。」
「はい。それは。」
それだけ言葉を交わして――
おれは一気に、駆ける。
雨のしぶきの舞う街道を。さらに先へ。先へ。
頭上をいくつもの矢の雨が舞ったが――
もはやそんなもの、見ない。気にもしない。
見るのは前だけだ。その、そこにあるゴールへ。
おれはとにかく、そこまで、
この、この人の命を、背負って、そこへ――