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十話

十話


 その日は、月に3回あるという鳳凰院の休日のひとつで――


 とくべつ、これといってすることもなく。部屋でごろごろ、適当に過ごしていたのだが。

 昼過ぎに、いきなりガラッと部屋の戸が開いた。


「蜜柑! 蜜柑はいるかい!」


 寮長の、あの婆さんが。いきなりそこに、仁王立ちしている。

 あ、やばい。。おれ、またなんかやばいこと、ちょっぴり仕出かしてしまったりした??


「来客だよ。いいから、さっさとこっち降りてきな!」


「へ? 来客?」


「ああ。あんたに会いたいって言っている」



 婆さんにせかされて、おれは――

 とりあえず一階、その、玄関のところまで出て行った。

 玄関の土間のところに、誰かが立っていた。

 

 薄い水色の着物を着た、美形の――

 

 女の子?

 

 うん。女の子だ。

 色白の肌に、ちょっぴりカールのかかった程よい長髪、

 そしてなんとなく、とても深みのある、濃い青の目――

 なんだかミスティック、神秘的というか。

 やや、ちょっぴり、考えてること読めない――

 なんとも女神的な表情でこっちを見ている。

 

 えっと、

 

 誰??

 なんだか、朱雀寮の子では、なさそうだけど――

 

「こんにちは蜜柑さま」

 

 その娘が言った。

 

「突然おじゃまして、申し訳ありません。」

 

「あ、ども。」

 

「わたくし、銀鶏の組の、白桃はくとうと申します。先日は組手の授業で、ご一緒させて頂きました」


 銀鶏の。

 ああ、いたね。いたいた。

 なんかけっこう、強い子だった。蹴りとかすごい、綺麗だったよな。いたいた。

 ああ、思い出したよ。この、女神美人のちょっぴり不思議ちゃん。

 なにげに女神すぎて、考えてること全然読めない――


「あの、いま、お時間よろしいですか?」


 その子が、その深い青の瞳でこっちをじっと見た。

 やばい。。その目で見られたら、緊張するわ。どきどき。


「あ、えっと。時間とかは、うん、あるけど――」


「できれは外で。二人だけで、お話がしたいのですが」


「…えっと。。え? 何? ふ、二人で?」


「はい。あくまで二人のみで。おりいった、お話が」




 どきどき。どきどき。


 その子が、なんだか勝手知ったる感じで、鳳凰院の庭園の奥へ奥へと歩いていく、

 おれはとりあえず、ついていく。

 いや、やばい。どきどきする。

 こんな綺麗な女の子にいきなり呼び出されて、二人だけで、って。。

 いったいどんな神シチュエーションですか。。いや、どきどきでしょ、これ。


 なにか庭園の奥の方、

 おれがまだ来たことのない場所に、けっこう広い、綺麗な池があった。

 まわりを竹林に囲まれて、なにげに風雅な趣がある。

 そこまで来て、女の子がようやく足を止めた。ここに来るまで、その子、とくにひとことも、向こうからは話しかけてこない。なにか思いつめたような表情で、ひたすらに無言だった。いったい何を、考えているのやら――


 真昼の太陽が、きらきら、水面を輝かせ。けっこう、うん。いい場所だな。

 デートにはもってこい――  

 って! いやいや! おれ、そもそも女の子だし!

 

「こちらに、座りましょうか」


「あ、うん。じゃ、す、座ろう。」


 ふたり、となりあって。その、池のほとりに座る。

 風がふわっと吹いて、隣に座る綺麗な娘の髪を、ざわっと巻き上げた。

 その子が髪を手で押さえる。

 なにかその動作は、あまりにも神話的というか。。

 完璧すぎて、およそ地上の女の子の動作とは思えん。。いや~、いま、すごい良いもの見させて頂きました。とか。なにげに思ったりもした――


 そしてまた、沈黙。

 沈黙が流れる。

 えっと。。な、なにか話してくれないと、気、気まずいじゃないか。。

 おい。ちょっと。白桃ちゃん。あなたそれ、黙りすぎでしょう。。

 うわ~ 緊張する! やばい! なに、この状況!


「あ、あのッ!」


「は、はい!」


「蜜柑さま、」


「は、はい。な、なんでしょうか、白桃――さん?」


「あの、つかぬことを、お伺い、いたしますが、」


「はい! ど、どのような、つかぬことでしょうか…?」


「蜜柑さまは、もしかして――」


「えっと、お、おれは―― 何?」


 その子が、その、深い青の目で。

 じっとこっちを。かなり近い距離から。

 まっすぐ見つめた。とても切実な表情で。


 え、待って待って待って。なにその、切なげな、うるんだ瞳――


「蜜柑さま――」


「え、な、何――」


 さらに近づく顔。え、それ、顔、近いでしょ!

 ち、近いってば、それ、顔が。顔――

 どきどきどき。どきどきどき。


「蜜柑さまは―― 」


「は、はい??」




「アラキさん、ではないですか?」




 どーん。


 えっと。。


 沈黙。ふたりの間に、ふたたび沈黙が流れる。


 えっと。いま、この子――


 アラキ、って。言った?


 言ったよね? たしかに言った。言ったでしょ、いま??


「蜜柑さまは、ノナカ、という名前に。お心当たりが。あったりは、しないでしょうか?」


 えっと。。え、それ、ある。あるあるある。ありまくりますけど――


 おれは、その、予期せぬフレーズの連続に、ひるんだ。

 なに言ってるんだこの子? なんでそんな、ありえない言葉、知ってるんだ??


「もし仮にわたくしが、その―― ノナカであると。申しました場合。蜜柑さまは、何か、思い当たるところが、おあり――でしょうか? あるいは?」


「えっと。。そ、それ、まじで、君、ノナカ―― なの??」


「はい」


「…ノナカ3尉? 情報担当? …習志野所属の――?」


「はい」


「『はい』って、え、」


 おれは息を止める。そして吸う。そしてまた止める。そして――



「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!」






「って、おい! どういうことだノナカ! 状況報告しろ!」


 おれはそいつの頭をペシッ! と叩いた。


「いたっ! ちょ、アラキさん。女の子どつくとか、マジ最低ですよ」


「いいから説明しろ! なんだこれ! どういうことだ?」


「や、ですから。そのままですよ。僕もこっちに来ちゃってるわけですよ。っていうか、アラキさんこそ、それ、やりすぎでしょう。お姫様ぶるにもほどってものがありますよ」


「うるさいわ! おまえ、その、女神スマイルでたぶらかしやがって!」


「そっちこそ! なんか妙にいい雰囲気になって、無駄にドキドキしたじゃないですか! ほんと困りますよ、そういう、お姫様ぶりっこは!」





「いや、だからね、先日、あの組手の授業で。アラキさん、ひとりだけ動きがチートだったじゃないですか。あれ見て、ちょっとハッとしたんですよ。ないない。このスピードはないわ、って。絶対チート入ってる。これはまともじゃない、って」


 ノナカ―― 白桃を名のる、その、元同僚の、その、女の子―― いや、女子の皮をかぶった男が―― 無駄に物憂げに、まつ毛をゆらせて、池の方を見やった。こら! そういうポーズするなって!! 無駄に可愛いだろう!


「そのあとこっそり、その、蜜柑って女の子が、そっちの師範と話してる会話、ひそかに注意して、ちょっぴりそばで聴いてたんです。」


「なにげに盗聴かよ??」


「まあ、そうとも言えますね。しかしそしたら、その会話、ぜんぶムチャクチャじゃないですか。言葉使い。一人称、平気でおれとか言ってるし。その話し方。イントネーション。つっこみのタイミング。どれをとっても、あまりに、似ている―― これってあるいは―― 僕はその時点で、かなりの疑いを抱いたわけですよ」


「しかも聞けば、その、蜜柑って子、新入生だって言うじゃないですか。数日前に来たばかりだと。なんか、ピンときたんですよね。これ、ぜったい何かあると」


「まあ、そういうですね。独自のひそかな情報収集と、長年の戦地における兵士の勘がですね。これは怪しいと。さらに調べる必要があると。僕の心に告げたわけなんですよ。ま、以上が状況報告です。えっと。アラキさん、それ、ちゃんと聴いてます?」



「お、おう。聴くのは、聴いてる。だが、」


 信じれんよな。信じれん。

 よりによってノナカと。こんなところで、また、再会するとは――


「ちなみに僕の方は、もう、かれこれ半年になります。ここに来て」


「え? そんなにか??」


「はい。どうも、転移の時間差というものが、あるようですね。なぜ、アラキさんが、僕より大きく遅れて転移したのか。このあたりの仕組みは、いろいろ、探究する余地がありそうですね」


「や、けど、おまえなんで銀鶏の組だ? なんでそんな優等生なんだよ?」


「なんでって、だって僕、優秀ですから。任務でも、いつも優秀だったでしょう? つねに与えられた役割を完璧にこなしていたと自負していますが」


「ま、そこのところは否定はしないが。え、でもなんで、古典とか、漢文みたいなの、あれはどうやってる? 授業とか、ついていけるのか?」


「国語はなにしろ、いちばん得意でしたからね。古文とか、つねに満点でした」


「え?? マジで??」


「はい。マジです。ちなみにアラキさんは?」


「訊くな! って。こら。階級で言えばおれの方が上官なわけだ。上官の黒歴史を、あ、あまり部下が、暴きたてるもんじゃない」


「ああ、それは失礼しました――」




「…なあ、おれたち、やっぱり、死んじまったのかなぁ?」


「だと、思いますね。前後の状況から考えると。」


「やっぱりそうだよなあ」


「でも、まさかあそこのローカルな武装勢力がT86まで揃えてあそこで網を張ってるとは、僕らも想定してませんでしたね。あれは確実に、本部の情報収集不足でしょう」


「ん。そこは否定しない。そのとばっちりで、おれら、死んじまったわけか」


「はい。残念ながら」


「そうか―― ん――」


「まあでも、ここもなかなか、興味深い世界ではありますね」


「ん。そうか?」


「はい。自分はわりと、楽しんでいる部分もあります」


「すげえな。おまえ、精神力ありすぎるだろう。おれは毎日、クラクラしてるよ」


「でも、アラキさんも、その着物はお似合いですよ?」


「うっさいわ! 言うな!」


「あ、また叩く。アラキさん、いったい女の子を何だと思ってるんですか」


「うっさいわ! 男だろおまえ!」



 ともかく――


 その午後、そうして――

 おれは予期せず、前の世界の同僚と――


 再会して―― いや。遭遇してと。言った方がいいのか。


 そしてますます、おれのここでの異世界生活は――

 さらに混沌とした、よくわからんものになっていく。。


 やれやれ。よりによってまた、あんな、可愛げな女神ビジュアルで転生しやがってからに、あいつ、ノナカめ!





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