驚きと苦笑と
社の前に浮かぶ、三つのアイテムを手に取る。とっさに手に取ろうとしてしまったが、その前に『鑑定』しておこうと考えを改め、手を引っ込める。実は罠という可能性も無くはないだろう。鑑定っと。
枯れたチューリップ:枯れて茶色くなったチューリップ
<状態>
腐敗:特殊効果『腐敗の波及』が付与される
<耐久値>
100
<特殊効果>
腐敗の波及:1時間連続で隣接していた有機系アイテムに対し腐敗状態を付与する。ただし、極低確率で腐敗ではなく発酵を付与する。また、敵の口内に投げ入れることで腐敗の状態異常を付与する。
腐敗した魚肉加工食品:腐敗して変な色になっている魚肉加工食品
<状態>
腐敗:特殊効果『腐敗の波及』が付与される
<耐久値>
100
<特殊効果>
腐敗の波及:1時間連続で隣接していた有機系アイテムに対し腐敗状態を付与する。ただし、極低確率で腐敗ではなく発酵を付与する。また、敵の口内に投げ入れることで腐敗の状態異常を付与する。
あ、なるほど。ペナルティーエリアがゾンビエリアだったのはこれの伏線なのか。なるほどね。「腐敗状態を付与」という事は、このアイテムの傍にアイテムを置くと腐敗状態が次々と伝播していくという訳で……。うへえ、怖い。腐敗の波及という名前に相応しい特殊効果だな。
だが、それは些細な問題だ。もっと重要な文言があるではないか。「極低確率で腐敗ではなく発酵を付与」。これって、発酵食品を作れるという事なのでは? これは何と言いますか……。今まで多くの人が苦労して探していた物がこんなにあっさりと見つかると、かえって不安になるよなあ。「東の祠が発酵にまつわる」というヒントが隠されているならいざ知らず。全く持ってノーヒントだったじゃないか!! このゲームの完成度は確かに高いと思うが、これは如何なものかと俺は思う。
いや、まさかとは思うが「"east"=東」と「イースト菌」で洒落になっているとか? いやいや、それは違うでしょう。というか、「イースト菌」を英語で綴ると"yeast"だ。"east"とは違う綴りなのだ。それを無理やり結びつけるというのはなあ。
待てよ待てよ。そういえばこの上にある祠の上に祀られていたシンボルってどんな形をしていたっけ? 像がある訳でもなく、十字の形でもなく。確かYの形をしていたはずだ。Y+東(east)=酵母(Yeast)ってか?
なーるほど。あははは……。その時の俺の表情を第三者が見ていたらきっと「面白くないギャグをスベれどスベれど何度も繰り返す漫才を見ている時の顔」と表現していたであろう。そんな微妙な気分になってしまった。
さて、発酵という単語に少々興奮してしまったが、他にも注目するべきポイントがある。「敵の口内に投げ入れることで腐敗の状態異常を付与」。これはなんとも面白いシステムだ。
確か「毒薬」の場合、敵に当てるだけで毒の状態異常を付与することが出来る。
それに対し、腐敗は口内に入れる必要があるという制限が付いている。字面だけ見れば明らかに「腐敗」は「毒」の下位互換である。
だが、本当にそうであろうか? 何事も一長一短。「どこをとっても上位互換」とか逆に「どこをとっても下位互換」なんて事は無いのではなかろうか。例えば「毒は付与しやすいけど被ダメージが少ない」「腐敗は付与しにくいけど被ダメージが大きい」などの調整が入れられていると思う。
とはいえ、これは俺が確認出来るべきものでもなければ、俺が確認したいと思う物でもないな。腐敗の波及を使って腐敗したアイテムを増やしたら、その内いくつかをリオカに渡して検証してもらおうかな。
それじゃあ、ゲートシティに戻りましょうかね。……どうやって戻るんだろう? 困ったら取り敢えずステータス画面を開く。それが鉄則。
お、画面下の「転移」の項目がクリック可能になっている。という事は……ビンゴ。「始まりの町」「西の町」に転移可能になっている。そいじゃあ、戻りましょうかね。
……そう言えば、社前→ゲートシティに転移可能って事はその逆も可能なのかな? 確認してみました。可能でした。あれま、そうなのか。てっきり、毎回あの地下水路を抜けなきゃいけないと思い込んでいたよ。
◆
「……という事があったんだ」
俺はデスペナがある為、セーフティーエリア内から出られないリオカとフラウにコールをかけ、その後二人と合流。実際にアイテムを見せながら地下通路で起こった事を説明していた。
「へえ……。そんなことが」
「どう? なかなか面白いだろう? だがまあ、これではっきりしたが、この地下通路は生産職向けのイベントだったな。二人やその他の生産職にとっては別にありがたい物では無かったね」
「そうですね……」とちょっとフラウは落胆する。
「でもさ、お兄ちゃん。ちょっと気になる事があるんだけど」とリオカが発現。
「何だい?」
「この『腐敗状態』って察するに有機系アイテムにだけ付与されるんだよね?」
「だろうな。『金属が腐敗』って言うのはちょっと考えられないし」
「じゃあ、金属製の物をお供えしたら、何が返ってくるんだろう?」
「代わりに『錆状態』とか『酸化状態』とかが付与されるんじゃないかな?」
「私もそう思います。他のゲームでもそういう設定を見たことがあります」とフラウが俺に同意する。だが、リオカは首を振る。
「甘いよ、二人とも。このゲームでは金属の種類がはっきり明記されているでしょう? 例えば、多く広まっているのは鉄の武器だけど、高い商品になるとアルミで出来た防具とか見かけるでしょ?」
「そうなの、フラウ?」
「ええ、軽い分、動きやすいことで有名です。めっちゃ高額ですけど」
「へえ、そうなんだ」
「話の続きいいかしら? それでね、私が思うにこの先アルミ以外にも銅とか銀とか金の防具も登場すると思うの」
「そうだな。金の防具とかちょっとあこがれるな。俺には関係ないけど」
「そういったイオン化傾向の小さい金属に『錆状態』とか『酸化状態』が付くのはおかしいと思わない?」
「ああ、確かに」と同意する俺。
「イオン化傾向……? ああ、高校で習ったような気がするわね。大学入試以来、聞いたことも使ったこともなかったわ……」とちょっと困惑気味のフラウ。
「念のためフラウちゃんに説明すると、イオン化傾向は簡単に言うと錆びやすさの指標よ。鉄は金よりも錆びやすい=鉄のイオン化傾向は金のそれよりも大きいって事。ってことで、あってるよね、お兄ちゃん?」
「まあ、厳密には違うけど、いい説明だと思う。流石だな」
「ということは、アルミは鉄より錆びにくいからアルミの方がイオン化傾向は小さい?」
「そうだと思うけど……」
「いいや、違うぞ。アルミの方が鉄よりもイオン化傾向が大きい。アルミが錆びにくいのは、酸化アルミニウムがアルミの表面をコーティングするからだ」
「あ、そうだっけ?」
「セイさん、よくそんなの覚えてますね? そっち方面の学科なんですか?」
「いいや、違うぞ。このことは、小学生の頃に父親から教えてもらったからよく覚えてるんだ」
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この後、酸化アルミニウムについて、色々と語り合いました。ルビーやサファイヤの主成分が酸化アルミニウムと説明したときのフラウの驚きっぷりが面白かったです。
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「で、何の話だっけ?」
「ああ、そうね。だから、今度は金属製のアイテムを捧げたら何をもらえるのか試したいの。という訳で、私達もその『社』に行きたいの」
「ほう。行ってらっしゃい。気を付けて」
「だからお兄ちゃん。地図を頂戴」
「ああ、オーケー」
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