美しい湖面の下には
俺とマルベーシは特に目的地無く森の中をぶらつく。俺の予定では、そろそろ死に戻っている頃だったのだが、敵が出てこないおかげで俺は平和に薬草採取に精を出すことが出来ている。
「平和だな……」
「そうね……」
「結構奥まで来たけど……」
「まだ一体も敵と遭遇してない……」
「もしかして、狩り尽くされたのかな?」
「まさか、確かに人はそこそこ居るけど、モンスターは結構頻繁にリポップするわよ」
「だよなあ……」
大きな湖の周囲をぐるっと散歩していると、ちょっとした崖上にやってきた。高台となっているそこから湖全体を見下ろすことが出来る。すべてを飲み込んでしまいそうなくらい大きな湖は自然の雄大さを象徴する物のように感じられる。
俺は何気に、その湖面を『鑑定』する。おや?
「この真下。結構魚がいるみたい」
「そうなの? 私には……見えないけど?」
「俺、実はまた変なスキルを手に入れてな。『漁業の心得』っていうサブスキルで、水面を鑑定したら、魚が居るかどうかが分かるんだ」
「へーー! ってことはもしかしてモンスターがこの真下に沢山いるという事?」
「いや、魚型モンスターは探知対象外って説明書きに書いてあった」
「なんだ、残念。……魚型モンスターねえ」
「?」
「実はこの周辺には陸上で行動するモンスターは全く生息していない……ってことあると思う?」
「誰も湖に潜る素振りを見せないし、それは無いんじゃないか? もし、水中モンスターの宝庫なんだとしたら、今頃この湖はイモ洗い状態になっているはずだよ」
「……セイは戦闘職にとっての水中ってどんなイメージがある?」
「え? どういうこと?」
「前のエリア……つまりゲートシティ周辺のマップにも川は存在していたわ。そして、そこは決して落ちてはいけない場所なのよ」
「そうなの? もしかして、体が溶けるとか?」
「そんな物騒なトラップないわよ。……いや、それよりも物騒かも」
「え……?」
「戦闘職は身を守るために鎧を付けているでしょ?」
「そうだな」
「武器や鎧って重いでしょ?」
「だな」
「そんな状態で川に落ちたらどうなる?」
「……まさか溺死?」
「ええ。そのまさか。といっても、ゲーム内な訳だから、本当に苦しくなることは無い。その代わり、目の前にタイマーが表示されて、カウントダウンが始まるわ。死に戻りまであと60、59、58って」
「一分も猶予があるのか。……それにしても、怖い描写だな」
「ええ。そういう訳で、戦闘職のモットーは『水辺は危険・近寄るな』なのよ。だから、誰も勇気を振り絞って湖に飛び込んでいないだけかも」
「なーるほどね。……それじゃあ、俺が先陣を切って飛び込んでみるか」
「え?」
「俺って、武器は持ってないし鎧と言っても木で出来た最低品質の防具だし。水中でもすぐに溺れないんじゃあないかな?」
「……確かに。危険だけど……お願いできる?」
「オッケー。死に戻っても気にしないでくれよ。死に戻ったら、その時はその時でしなくちゃいけないことがあるから」
「そうなの?」
「まあね。それじゃあ、潜ってみるよ。ジャーンプ!」
崖から飛び込む。5mくらいの高さからの飛び込みだから、正直、ちょっと怖かった。だけど、意志の力で恐怖心を抑え込むのだった。
◆
「ここが……水中……」
綺麗だった。その一言に尽きる。水面が波打つのにあわせ、湖底に光のダンスショーが映し出されている。……ダサいな、この暗喩。だが、何と表現すれば良いのであろうか。筆舌に尽くしがたいとはまさにこういう事であろう。そんなことを思った。
そんな中、視界に「水中に残れる時間:残り○○」というカウントダウンが映る。のんびりしている時間はない。モンスターが居るのか、必死で『鑑定』する。
おや、鑑定対象が見つかった。あれは何だろう?
溶解ダコ:近くによると、毒を受ける。
こわ!! 妖怪ダコではなくて「溶解ダコ」となっているのは……きっと、近くによると体が溶けるということを表しているのであろう。念のため、グロテスクな描写をOFFに設定しておこう。
「なんで淡水域にタコがいるんだよ!」と突っ込むのを忘れていたこの時の俺は、タイムリミットのせいで焦っていたのだと思う。
向こうにも、鑑定対象があるぞ。あれは一体……。
クロロ:水中植物。
ひどい説明文だ。句点を含めて5文字の説明文。かわいそうに。せっかくだから、採取しておこう。
いったん息継ぎをして再び潜水。鑑定対象を探す。
暫くクロロしか見つからない時間が続いたが、ようやく新種っぽいのを見つけた。山のような中央部から棘が生えている様はウニのよう。でも、棘の数は10本程度と少ない。どこかで見た気がする見た目。何だろう? 鑑定!
誘惑シア:近くによると、魅了の異常状態を受ける。
ああ。名前を見て思い出した。ウィワクシアという古代世物にそっくりな見た目だ。大きさが50cmくらいあるので、地球にかつて生息していた物の約10倍の大きさであるが。
それにしても、なんだかめまいがする。なんでだろう……。目の前が虹色に光ってる。ゲームのし過ぎかな?
そんなに長い時間ぶっ通しでゲームをしていたのだろうか? ステータス画面を開いて時間を確認する。時間的には問題なし。
うん? なんだこれ? 「異常状態:魅了」ってなってる。あ……そういうことか!
慌てて水面目指して泳ぐが、何故か上手く泳げない。上昇するつもりで泳いでいるのに、何故か湖底に頭をぶつける。平衡感覚も無茶苦茶になっているようだ。ああ……終わった。さようなら。
いつも読んでいただきありがとうございます。
少しずつ咲き始めている桜の花を見て、改めて春の訪れを実感した今日この頃です。
今後とも本作をよろしくお願いします!




