錬金ギルド
西洋風の町が広がっている。到着したぞ、ゲームの世界に! ここはいわゆる「始まりの町」というやつだ。正式名称は「ゲートシティ」だったかな。異世界と現実世界の間の門という意味だ。
町の中心には巨大な噴水があり、その周囲に広場がある。ログインしたプレイヤーは全てこの広場に出てくるようだ。
次々とプレイヤーがログインしてくる。こりゃあ、直に混雑するなあ。さっさと移動しよう。
まず向かうべき場所は「ギルドの本部」と呼ばれる所だ。異世界物の「ギルド」と言えば、「掲示板に依頼が掲載されていて冒険者たちがその依頼をこなすことでお金を入手できる」ような場所だが、AWTのギルドは少し違う。そもそも、ギルドとは中世~近世にかけてヨーロッパで作られた職業別組合の事で、現代日本の「農業協同組合」や「漁業組合」みたいな感じだ。この世界のギルドも似たような存在で、剣士ギルドでは剣士プレイヤーが集い、情報交換をする場となる。また、ギルドに行けば、初心者向けの手ほどきを受ける事も出来るらしい。なお、ドロップアイテムの売り買いはどのギルドでも出来るらしい。
俺の場合は無論「錬金ギルド」へと向かうことになる。プレイヤーでごった返す前に、錬金術の手ほどきを受けることにしよう。
◆
錬金ギルドの本部は何というか「魔女の館」のような見た目だ。ああ、別に陰湿な雰囲気が漂ってるとか恐ろしい雰囲気が漂ってるとかいうわけではない。アンティークな雰囲気と言えばいいのか? そんな感じだ。
中に入ると、妖艶な雰囲気の受付嬢がこちらを見てくる。頭には魔族特有の角が生えている。「女性魔王」みたいな雰囲気だ。
「あーら、いらっしゃい。錬金ギルドへようこそ。新米錬金術師君かしら?」
「あ、はい。そうです。錬金術師のセイです。よろしくお願いします」
「自己紹介ありがとう。私は、錬金ギルドのギルマスのローズよ。よろしくね、旅人さん」
「え、ギルマスだったんですか?」
「ええ。ただの受付嬢だと思った? うふふ、まあそうよね。普通はギルマスは受付で座ってたりしないけど、最近は暇でねーー。誰か来ないかな~って思ってたところにあなたが来たって訳よ。ああ、それと私に敬語は必要ないわよ。普通にタメ口で大丈夫よ」
「そうなんですね……そうなんだな。それじゃあ、ローズに受付してもらえるのは一番に錬金ギルドに来た俺の特権だった訳だな?」
「そうね。それで、今日は何をしに? 初心者講座を受けに来たのかしら?」
「ああ。よろしく頼む」
「了解。それじゃあ、最初のお客さんってことで、私が直々に教えてあげるわね」
彼女がそう言うと、俺の視界が歪み、気が付いたらこじんまりとした一室いた。強制転移したようだ。
「はい、じゃあそこに座って。錬金術を教えていくわね」
彼女の指示通り、椅子に腰かける。目の前の台には3×3=9つの穴が開いている。そして、その上面と側面には魔方陣が彫られており、微妙に光を放っている。
「なんだこれ……?」
「これは錬金台って言うの。この上に素材を載せて錬金スキルを発動させるの。早速やってみましょうか。錬金術師なんだから、錬金スキルは持っているわよね?錬金レシピ一覧の中から『HP微回復薬』ってのを検索してみて」
「分かった。えっと……あった。なになに『これを飲むとHPが10回復する。クールタイムは1分。』これで合ってるか?」
「そう、それよ。回復量が小さい代わりにクールタイム、すなわち次に使えるようになるまでの時間、が短いのが特徴ね。それのレシピを見てみて」
「えっと、ヒールウィードを中央においてその上下左右に水を設置する」
「正解。これがヒールウィードで、これが水よ。それじゃあ、早速設置してみて」
「はい」
ヒールウィードという草(?)を中央の穴に入れて、上下左右四か所の穴に水を入れる。
「次に、錬金台に手をかざして『合成』って唱えて」
「分かった。合成!」
魔方陣がピカー!っと光る。光が収まると、中央のくぼみに小さな団子っぽい物が4つ残っていた。成功したのか?
<錬金に成功しました。錬金スキルの経験値が1増加しました。これにより、錬金スキルの熟練度が0→1になりました。なお、今後このメッセージはログに表示されるのみとなります>
「あ、成功したみたいだ。経験値を得て、熟練度が上がったらしいな」
「ええ。スキルの発動が成功すると、『スキルの経験値』がもらえるわ。これはモンスターを倒したときに得られる『ベース経験値』とは別物だから注意してね。スキルの経験値が一定以上溜まったら、『スキルの熟練度』が上昇するわ。熟練度はスキルの成功確率などに影響を及ぼすものよ。例えば、剣術スキルなら熟練度の上昇は攻撃力の上昇につながるらしいわ。そして、錬金スキルの熟練度の上昇は成功率の上昇につながるの。それに伴って器用さのパラメーターも増えるはずよ。理解できた?」
「ああ。要するに錬金スキルを何度も繰り返したら、徐々に熟練度が上昇して、成功確率も上昇するってことであってるか?」
「理解してもらえたようね。それから、何か伝えるべきことはあったかしら……」
「あ、オリジナルレシピについて教えてくれ」
「ああ、そうだったわね。言うのを忘れていたわ。9マスのどこに何を設置するかによって合成結果が変わるわ。すなわち、10種類の素材があるとしたら11の9乗=2357947691通りの組み合わせがあるって事ね」
「計算はや!!あれ、なんで10の9乗じゃあなくて11の9乗なんだ?」
「だって、『マスに何も置かない』という選択肢もあるでしょう。それから、さっきの計算については『算術スキル』のおかげよ。電卓を使う事が出来るスキルね」
「へえー。そんなのがあるのか……」
「それはともかく、そうした無数にある組み合わせの大半は『ゴミ』のレシピね。錬金の結果『ゴミ』が出来るわ。ちなみに、錬金失敗の場合は何もできないから、錬金失敗なのか組み合わせが悪いのかは区別できるようになっているわ」
「なるほどな。それはありがたい。うん? ということは何度試しても成功しなかった組み合わせが、結局ゴミだったってこともあるんだよな?」
「ああ、それはないわよ。ゴミレシピの錬金成功確率は100%だから」
「そうなんだ。その点はかなり甘いんだな」
「まあ、それだけ組み合わせが膨大にあるからでしょう。多少は甘くしないと、錬金術師になる人がほとんどいなくなるわ。ただでさえ『面白みがないジョブ』って言われてるのに」
「え、なんでそんな風に呼ばれてるんだ?隠し要素とかありそうで研究しがいがあるじゃあないか」
「あなた、掲示板見てないの?」
「ああ、掲示板は見ない派だが?」
「βテスターたちが掲示板にそれぞれのジョブの特徴を書き込んでるんだけど、本当に散々な書かれようだったのよ。というのも、このジョブは戦闘能力が低いでしょう?だからモンスターを倒す為にゲームを始めた人たちにとって、このジョブは退屈なのよ。もし、あなたもモンスターと戦うのを楽しみにしてこのゲームを始めたのなら、ジョブチェンジをお勧めするわ。私としては、一人でも多くの人が錬金術師になって欲しいのだけど、離れていく者を引き留めることはしないわ」
「そっか……。まあ俺は別に戦闘とかそんなに興味ないし、このまま錬金術師を極めるよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。実際、オリジナルレシピを見つけたら、かなりの大金を得る事が出来るから、やりがいはあると思うわよ! 頑張ってオリジナルレシピを沢山見つけてね。もう質問したいことはないかしら?」
現実世界の研究職と似ているな。現実世界でも、新薬を発見したら年収20億とか行っちゃうらしい。そんな感じで、夢のあるジョブという事になるかな。
他に質問は……あ、そうだ。
「はい。あ、最後に質問。さっき、βテスターとか掲示板とか言ってたけど、ローズはPCなのか?」
「いいえ、私はNPCよ。けど、私達NPCもこの世界がゲームの世界だって知ってるし、あなた達がどんな世界から来ているかも知っているわよ」
「え、そうなのか?」
意外だ。まさか、人工頭脳がリアルの知識を知っているなんて。
「ええ」
「へ、へえーー。うーん、質問はもうないかな」
「分かったわ。それじゃあ、戻りましょうか」
視界が歪み、錬金ギルドの受付前に戻ってきた。
「久しぶりの新人教育、楽しかったわ。また分からないことがあったらいつでもいらっしゃい」
「ありがとう。それじゃあ、またいつか」
ローズに手を振りながら、錬金ギルドの本部を出た。