ケーキ屋さんにて(1)
ゴーレム「火焔」との戦いに敗れた俺達は、普通に死に戻ってしまった。
撮影した動画をリオカに共有した後、俺はアクアシティーへ向かった。街中をぶらぶらと散策し、偶然見つけたケーキ屋さんでケーキとコーヒーを楽しんでいた。
あーあ。恥ずかしながら「火焔」に振り下ろされた腕のショックが抜けきっていないようで、この後何かをする気になれない。これ食べ終わったらログアウトするかあ。
「いや、その前に。せっかくだからさっきの動画を見返すか」
別にログアウトしてからでも問題ないが、ゲームの事はゲームの中で考えたい。ケーキを口に運びながら、動画を見返す。
戦うリオカ達が写っている。しっかり注目して、効果がありそうな攻撃が無いか、あるいは何かギミックのようなものが見えていないかを探す。
例えば「ある場所を攻撃されそうになった時だけ、防御している」などの特性を見つける事が出来れば、そこが弱点である可能性がある。そう言った視点で戦いを観察するも、特にそう言った事は起こっていないように見える。
「となると、やっぱりこのレリーフに意味があるのか……?」
ボス戦前の扉に書かれていた模様や、ボス戦の部屋の中に書かれていた模様を観察する。前者はただの絵のようにしか見えないが後者は象形文字の様にも見える。
「えっと。部屋の中にあった絵は……これだけか?」
列挙した物は以下のようになっている。なお、ドラゴンと花の間は意味深な空白が空いていた。
・ドラゴンのイラスト
・
・花のイラスト。
・棒人間のイラスト。
・風のような記号。(こんな感じ→「~」)
・盾っぽい何かが描かれている。
・バツ印。
・川を表した絵に見える。
・時計っぽい記号である。
・折れた剣のイラスト
「何かの暗号かあ? でもそうだとしたら、ヒントがあるはずだよなあ?」
扉に書かれているレリーフが暗号の鍵か? うーん、全く分からない!
…
……
………
「にしても、ここのケーキ、美味しいな。これを食べても太らないって凄いなあ」
よし。暗号の件は忘れて、ケーキを楽しもうか。
◆
「あら、セイ? セイもこのカフェ、知ってたんだ」
「マルベーシ? いや、俺は初めて来たのだが、そう言うって事はマルベーシは常連なのか?」
「ええ、そうね。毎日……は言い過ぎだけど、よく来るわよ。おいしいでしょ、ここのケーキ」
「そうだな、ちょっとびっくりしてる。凄いクオリティーだよな」
「そうなの! 知ってる? ここの店主さんって向こうでパティシエをされていた方らしいのよ」
「なるほど、それでここまで繊細な味付けが出来るのか……ってリアルのネタはNGだろう?」
「でもね、ほら」
マルベーシは懐からパンフレットのようなものを取り出す。ふむ、このお店の紹介か。
「『故郷で培った技術。それを発揮させるのはこの空間しかないと感じた』? えーと、なになに」
『
私は小さなころからパティシエをしてきた。仏の国と独の国で修行を積み、そして故郷に戻ってケーキ屋を開いた。店は繁盛し、何もかも順調に進んでいるかのように思えた。あの時までは。
ある日、私の息子にケーキを出すと「いらない、ちょっと甘いものは食べたくないんだ」と断られた。そう言う気分の時もあるかと思ったが、次の日もその次の日もケーキを食べようとしなかった。
何か嫌なことでもあったのかと心配になって問いただすと、彼は「糖尿病になってしまったんだ」と言った。
』
「え? それって……」
「まあまあ、続きを読んでみて」
「お、おう」
『
幾ら私がパティシエだとしても、息子に甘い物ばかり食わせていたわけではない。それなのに、何故。そう思ったが、冷静に考えると食後のデザートに売れ残ったデザートを食べる事は多々あった。「私は自分の息子になんてことを……」と自責の念に駆られた。
なるほど。息子が始め、私に病気に罹っていることを隠そうとしたのは、その為だったのか。
』
「なんだか、結構重い話だな……」
「まあまあ。続き続き!」
『
自責の念から、思うようにケーキを作れなくなったある日の事だった。息子の病院に付き添った時に、私はある雑誌を見た。そこには、「新時代の食事療法『バーチャルミール』」と書かれていた。
曰く、脳に電気信号を送る事で、食べていないのに食べた気分にさせるシステムという事だ。古来、食事制限は様々な病気に構想すると言われているも、なかなか実践されていないのは、患者のQOLをかえって下げてしまうからである。それを『バーチャルミール』が解決するかもしれない。
このプロジェクトに興味が湧いた私は、パティシエとして、料理で人を楽しませるプロとして、そのプロジェクトに参加する事に決めた。凄くやりがいのあるプロジェクトだった。患者さんが「凄く美味しい」と笑顔を向けてくれた時の感動は、今でも忘れられない。
』
「良い話だな~」
「でしょでしょ! それで、退職後の今は、こうしてゲームの中でパティシエをされているんだって!」
「へー! うん? まだ続きがある?」
『
余談だが、私がバーチャルミールプロジェクトに携われることが決定した後の話となるが、息子の病気について衝撃的な事実が判明した。それは、プロジェクトに携わっていた医師と話していた時のことだった。
息子が糖尿病と言う話をし、「健康的な体つきの範囲だと思って油断していた」などと話すと、「それってひょっとしてI型なのでは?」と聞かれた。
詳しく話を聞くと、生活習慣が原因のII型糖尿病の他に、生活習慣とは全く関係なく起こるI型糖尿病という物もあるそうだ。そして、I型糖尿病の場合、食事制限は必要ないとのこと。人工膵島が実用化されて以降は普通の生活を送れるらしいのだ。
で、息子に話を聞くと、「そーいえば看護師がなんかそう言う感じの事を言っていた気がする」という。「でもほら、糖尿病ってあれでしょ? 砂糖が体に溜まっちゃう的な」と言っている。
結論から言うと、息子はI型だった。要するに、食事制限は息子の勝手な思い込みだったらしい。
息子の勘違いのおかげで、新しいパティシエとしての在り方を知れたのは良かったと思う。が、息子には「しっかり人の話を聞くように」と言い聞かせておいた。
』
「……」
そんなことある? 自分の病気のことだよ、しっかり聞きなよ!
普通、ちゃんと話を聞くよな。お医者さんに言われたことをちゃんと聞いていない人なんて……。
「正直、お医者さんとか看護師さんの話を真面目に聞いていない私には、耳の痛い話だったわ」
「いや、おるんかい!」