一方その頃:マルベーシは隠し部屋を見つける
<前回のあらすじ>
マルベーシこと七瀬葵は、スキル【武器転移】の仕様を利用して、地下エリアの探索を行った。その過程で、通路が存在しない空間の存在を見つけ、そこに隠し部屋があるのではないかと予想した。
「この辺りが空白地帯の隣接マスね……。何かないかな~」
地図を見ながら移動する事数分。マルベーシは目的の場所へ到達した。その場所から壁を隔てた先に、空白地帯があるはずだ。
「やっぱり、隠し部屋と言えば『幻の壁』かなあ?」
マルベーシが「隠し部屋」と聞いて真っ先に想像したのは「幻の壁に守られた場所」だった。つまり、壁があるように見えるが、触ってみると何もない場所があるのではないかという事だ。
そこで、まず彼女は壁に手を触れながら移動した。ヌルッとすり抜ける場所があるかもしれないと思ったのだが、どこを触っても物理的に壁が存在する。
「違うのかしら……。となると、隠された仕掛けとかあるのかしら?」
次にマルベーシが想像したのは、カラクリ屋敷などでありそうな壁の一部がボタンになっている隠し扉だ。壁の特定の場所が凹むようになっていて、その場所を押す事で扉が開く……的な。
壁をペタペタ触りながら移動する。傍から見たら完全に不審者だなあとマルベーシは思ったが、幸いここには人がほとんどいない。思う存分、不審行動を取れる。
「無いなあ……。あ、そろそろMPがヤバい。消費しないと」
MPがやばい。普段なら「MPが枯渇している。そろそろスキルを発動できないかも」という意味なのだが、今のマルベーシは状況が違っていた。武器転移による距離測定が出来る条件として「武器転移が失敗しなくてはいけない」のだ。つまり、MPが増えすぎると自分の位置を見失うのである。
そんな訳でマルベーシは定期的にスキルを発動してMPを枯渇する必要があった。しかし不幸にも彼女の周囲に敵がいない。先ほどまではアンデッド系の魔物がいたのだが、彼女がどんどん倒してしまったので、リポップが追い付いていないのだ(正確にはリポップした個体が、まだ彼女の下にたどり着けていない)。
「どうしようかな……。壁に向かってスキルを発動するしかないかな。『スラッシュ』!」
まるで隠し扉が見つからない事の恨みを晴らすかのように、壁に向かってスキルを発動するマルベーシ。これでMPは消費出来た。のだが。
「うん? 壁に傷がついた……? そんなことある?」
彼女が攻撃した場所が少し欠けている。これは本来あり得ない挙動だ。本来、壁や地面は破壊不可能オブジェクトに指定されている。である以上、基本的に破壊する事は不可能なはずなのだ。
メタい話になってしまうが、あくまでこの世界はゲームなのだ。最先端のコンピュータテクノロジーを取り入れているこのゲームでも、全てのオブジェクトを破壊可能にするほどの計算能力は搭載できなかった。物理演算を少しでも軽くする為に、破壊可能なオブジェクトと破壊できないオブジェクトをあらかじめ決めているのである。
しかし、この壁は欠けた。この壁、破壊可能に設定されているのである。
その事に気が付いたマルベーシはMP回復薬をぐびっと飲んだ。そしてスキルの準備を始める。彼女が出せる最高の攻撃、それは……。
「『三相聖剣』!」
聖剣系統のスキルは、アンデッド系モンスターを累計1000体単独討伐する事で解放されるスキルである。その効果は『物理攻撃力の1000%物理ダメージ与え、追加で弱点属性に対する魔法攻撃を与える』という桁外れの強さを持っている。
それだけ強力なスキルである代わりに、いくつかの制限がある。クールタイムが比較的長く、MP消費量も多い。これは強力なスキルに共通する制限だ。
加えて聖剣系統のスキルには、「型に沿った攻撃を繰り出す必要がある」という特殊な制限があるのだ。
・天誅之聖剣:剣を真上から真下に向かって振り下ろさなくてはならない。角度がずれるにつれて、攻撃力が減少。極端な話、真下から真上に向かって振ると、ダメージが0になる。
・竜之聖剣:剣を真下から真上に向かって振り上げる必要がある。竜の滝登りを意識していると思われる。
・三相聖剣:スキルコンボを二段階以上発動した時のみ、効果が表れる。つまりは三連撃する必要がある。
「やった! 壊れたわ!」
三相聖剣をもろに喰らった壁はまるでダイナマイトで破壊されたかのように壊れてしまった。実際、このスキルはスキルコンボが決まった時にそれまでのダメージが一気に押し寄せる。だから爆発を受けたかのように壁が崩壊するのも不思議ではない。
「さあて。この先には何があるのかなあ。やっぱり金銀財宝? それとも封印されし魔物? ワクワクが止まらないわ!」
◆
「ここが終着点かしら? 何かの部屋みたいね」
警戒しながら隠し通路を進んだマルベーシ。一分も歩かないうちに広い空間にでた。光の魔石が放つ光を頼りに周囲を観察すると、そこには沢山の本がある事に気が付く。
「図書館? それとも書庫? うーん、灯りが欲しいわ。どこかに無いかしら?」
探索する事数分。部屋の隅に水晶のようなものが置かれていることに気が付く。触れるとシステムメッセージが現れ『魔力を注ぎますか?』と尋ねられた。
「勿論Yesよ! その前に魔力を回復しないと」
魔力を回復してから、水晶に魔力を注いだ。
その瞬間、先ほどまでは真っ暗だった空間に光がともされた。天井に吊るされている光の魔石のようなものが明るく輝き始めたのだ。
あまりのまぶしさに目を瞑るマルベーシ。暫くしてから目を開け、部屋の全貌をみる。
「うわあ! これは凄いわね!」
そこは豪邸の書斎を彷彿とさせる空間だった。天井にはシャンデリアが備え付けられており、壁は全てが本棚となっている。床には高級そうな赤色のカーペットが敷かれており、部屋の中央にはクラッシックな家具が備え付けられていた。
「これは……ワクワクするわね!」
マルベーシは目を輝かせるのだった。